第334話 当たらぬモノに当てるためには

 ――本当に攻撃を当てられないというのは非常にやりにくい。ただそれだけでこちらに対するストレスとプレッシャーになる。


 大成は姿を消したヨハンがいつ出現してもいいように、周囲を警戒。少しでも遅れれば命取りとなるのに、異空間へと入り込んでいるせいで、出現するその瞬間までその気配を察知することすらできないというのは、どこまで言っても理不尽としか言いようがなかった。


 奴に異空間へと潜らせないようにしたいところである。だが、それができうる手段は未だ見えてこない。少なくとも、異空間へと潜ることを可能とするのは、奴がいまも纏っているベールのようなものが必須であることは間違いない。あれに相当の損害を与えることができたのであれば、異空間に潜るという絶対的な回避方法を取らせないようにできるはずである。


 とはいっても、奴が纏っているもの自体、傷つけるのが難しいはずだ。能力の使用に制限をかけられる程度の損害となると、多少傷ついたくらいでは不可能だろう。身体の一部が露出する程度は必要であると思われる。


 斜め下方向から、気配を察知。その瞬間大成は異空間から現れたヨハンとすれ違うようにしてその方向へと飛び込んだ。ヨハンの攻撃を紙一重で回避しつつ、カウンターを仕掛ける。


 大成の変形した腕はヨハンの身体へと命中。しかし、手ごたえはなかった。とてつもなく硬い感触が腕に広がる。ヨハンが纏っているものに攻撃を阻まれたことは間違いなかった。


『……さすがだ。こちらを完全に認識できない状態から的確に反撃を仕掛けてくるか。これだけできる奴はなかなかおらん。有用性を考えれば、貴様を始末するのは少しばかりもったいない気もするが――我々の明確な敵として排除の命令を受けている以上、俺の一任でそう判断するわけにもいくまい』


 大成が振るった腕は、ヨハンの腹のあたりで止められていた。防御態勢を取らずにこれを防いだとなると、相当の硬さであることは間違いない。


 奴が纏っているものも竜の力であるはずなので、こちらの呪いは有効なはずである。ただ触れるだけでも蓄積していくが――傷をつけられないと強い効果は発揮しにくい。なによりいまは、長時間ここで戦っているわけにもいかない状況だ。すぐにでもここを突破しなければならないところである。


『それにしても厄介な力だ。触れられるだけでもこちらに影響を及ぼすというのはな。あいつも、我々と同じように保存などせず、滅ぼしておけばよかったのだ。まあ、いまさらそれを俺が言ったところでどうにかなるわけもないが』


 そう言ったヨハンは自身の周囲に力を放った。それを受けた大成は後ろに弾き飛ばされ、その衝撃でわずかな間、動きが止まる。


 その隙にヨハンは後ろへと飛んで離脱。そのまま距離が開き、睨み合いの状態となる。


「…………」


 先ほどまで触れられることすら許さなかったヨハンには明らかな余裕が感じられた。一度触れられただけであるうえ、呪いの効果が発揮されるには多少の時間を要する。現段階では、その影響はほぼない状態であろう。


 そして、向こうはこちらの呪いの力が持つ性質のことをある程度は把握していることは間違いない。この先、こちらに触れられることすらさせないように立ち回ってくるだろう。普通であればそれは極めて困難であるが、異空間へと潜り込むという絶対的な回避手段を持っている奴であれば、それを実行することはそれほど難しくない。


『奴への呪いの影響はどれくらいだ?』


 大成はブラドーへと問いかける。


『まだ弱いな。とはいっても、奴が纏っているものは竜の力によるものである以上、傷をつけられなくともその影響は確実に現れるはずだ。傷をつけられずとも、攻撃を当て続けてさえいれば、いずれは目に見えてわかる影響を及ぼすはずであるが――』


『異空間へと潜られてしまう以上、そもそも当てること自体、難しいってのが問題、か』


『ああ。そうだ。奴は俺の力の性質をよく知っている。自分の能力の性質上、傷をつけられなくとも触れられるだけでそれなりの影響が現れることくらいは。あいつは、そういう奴だからな』


 そう言ったブラドーの声にはなにか含みが感じられた。過去になにか因縁があったのかもしれない。そう思ったが、いまはそれを聞いている場合ではなかった。とにかく――


 攻撃を当てることだ。異空間から一方的に攻撃できない以上、こちらに攻撃を仕掛けるにはその姿を現さなければならない。そこが隙であるが――その隙は奴自身が一番理解していることであろう。奴は能力が強力であることに加え、その戦闘能力自体もかなり高い。能力だけでそれ以外は二流のような奴が、このような場を任されるはずもなかった。


 とはいっても、それが隙であることに間違いない。その隙を突くために、どれだけ積み上げることができるか。奴を打ち倒し、前に進むのであれば、そうする以外に手はなかった。


 大成とヨハンの睨み合いは続く。


 先ほどこちらを阻んでいた自律型起動兵器の制御装置を破壊した力であれば、奴の堅牢な防御能力を貫通してダメージを負わせられるはずだ。こちらの放った力を回避している以上、それは間違いないはずである。攻撃のために異空間から出てきた瞬間にそれを合わせられればいいが――


 言うだけなら容易いことであるが、それを実際に行うのは非常に難しい。


 なによりこの場は全方向遮るものがない空なのだ。地面や建物といったものはどこにもない。そのため、どこから出てくるかが地上で戦ったときよりもその選択肢は遥かに多いのだ。選択される手段が多くなれば、必然的に予測はしづらくなる。ここで奴が出てくる場を完璧に予測するのは、奴の思考を完全に読み取るか、もしくは未来予知ができなければ不可能に等しい。当然のことながら、それら二つともいまここで行える余地などなかった。はじめから持ち合わせていないカードがどこからともなく都合よく出てくるはずもない。


 もしかしたら当てずっぽうで当たる可能性もゼロではないが――それが起こりうるのは万に一つあればいいほうだろう。万に一つしか起こらないようなことが、いまここで都合よく起こってくれるのは奇跡に等しい。ほとんど起こらないような奇跡に頼るなど想像を絶する馬鹿だけだ。そういった奇跡というものは、しっかりと積み上げていかなければ起こるものではない。


『奴の能力に支障をきたす程度まで呪いの効果が発揮するには、どれくらい奴に触れる必要がある?』


『だいぶ楽観的に見積もっても、十数回は必要だろう。絶対的な回避手段を持っている奴にそれだけ触れるのは、とてつもなく困難だな』


 ろくに触れられない相手にそれだけ触れるというのはとてつもなく困難であることは間違いなかった。なにより、いまは戦いが長引けば長引くほど不利になる状況だ。できることなら、長期戦は避けたいところである。


 とはいっても、奴は絶対的な回避手段を持っている以上、ある程度長引いてしまうのは確実だ。長引くのを恐れた結果、足もとを掬われてしまっては元も子もない。


 やはりここは、残ったあと一つの命を消費する場面かもしれなかった。消費を恐れた結果、あったはずのチャンスをみすみす潰してしまうより、適切に使ったほうがいいのは間違いない。


 奴の能力は極めて強力であるが、完璧でも完全でもないのだ。完全も完璧も、有限の存在である以上それは許されない。竜という超常の存在であっても、それを否定することは不可能である。


 しかし、その隙を突くのはとてつもなく難しい。どうにかして、その隙を突けるような手を考えなければならないが――


 未だにそれは見えてこない。それが見えてこないまま戦っても、いつかは見えてくるとも思えなかった。


 確実に隙はあるが、その隙を突くのはとてつもなく難しいというのは、なかなかもどかしい状況だ。


 それでも、この先へと進むのであれば、それもどうにかしなければならなかった。奇跡というものは、都合よく起きてくれないからこそ奇跡なのだから。


 わずかではあるが、確実に存在する隙を突く戦いは、まだ止まる気配はなかった。

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