第331話 異形と化したヒト

 見知っている相手が原型もわからなくなってしまうほど変異してしまうというのはとてつもない衝撃を受けた。


 グスタフはタイラーたちの仲間であったナルセスとは面識はあったものの、何度か一緒に仕事をした程度のそれほど深い仲ではなかったが――


 苦しんでいるようにも、悲しんでいるようにも聞こえるナルセスだったものが上げる声なのかどうかも判別できない異音を聞くたびに、心に突き刺さるものがあった。


 異形と化したナルセスだったものは、腕と一体化した弓に矢を番え、それを放った。大型の獣すら一撃で射抜けるような巨大な矢が飛ぶ。


 グスタフは横に飛び巨大な矢を回避。回避と当時に方向転換をして異形と化したナルセスへ接近。自身の間合いで捉え、赤い剣を振り下ろした。


 異形と化したナルセスは腕を変形させ、グスタフが振り下ろした赤い剣を防御。変形した腕は丸太ほどの太さがあり、甲殻類のような形状になっていた。異形と化したナルセスの腕と接触した赤い剣から硬い衝撃が伝播。伝わってきた衝撃でそれがどれほどの強度を持っているのか一瞬で理解させるものであった。


 攻撃を防がれたグスタフは剣を支柱として異形としたナルセスの背後へと回る。回り込んだグスタフは黒い剣を真横に振るった。


『――――』


 異形と化したナルセスは禍々しい異音を響かせながら、先ほどこちらの攻撃を防ぐために、先ほどの攻撃で使用した弓と一体化した腕を使用して攻撃を防いだ。同じくいままで経験したことがないほどの硬さが感じられた。そのまま異形と化したナルセスと鍔迫り合いとなり――


 数秒膠着したところで、お互い後ろに飛んで距離を取る。そのまま睨み合いとなった。


 グスタフは改めて異形と化したナルセスへと目を向けた。そこにいるのは、甲殻類の足のような両腕を持つ、異形としかいいようのない存在。それは、いままで見たことのあるどの存在とも似ていない。いまのナルセスを見て、百人が百人、もともと人間だったことがわからないだろう。そう断言できるほど、彼には原型が残っていなかった。


 それは、その姿を見ているだけで精神を侵食されていくと思えるほど禍々しい。同時に、怒りも湧いてくる。人をここまで変えてしまった竜という存在に対して。見知った相手をこのようにされて黙っていられるような人間ではなかった。


「……ナルセスさん。俺はあなたとはそれほど深い関わりがあったわけじゃないが――それでもあなたこうした奴らを許すことはできない」


 竜の力による交信で語りかけたところで、いまのナルセスは叫び声ともうめき声ともつかない異音を発するだけだ。反応はないだろう。そうわかっていながら、言葉を発せざるを得なかった。たぶんそれは、異形と化したナルセスからの反応が欲しかったわけではなく、自分に言い聞かせたかったからだろう。


「俺はあなたを救えない。救うことができなかった。あなたを助けられなかった俺たちを恨んでくれ。それは俺たちが背負わなければならない罪だ」


 グスタフは、異形と化したナルセスを見据えた。


「あなたがいまの状態となっても生きたいのかどうかはわからない。でも、俺たちには守らなければならないものがある。そのために、ただ巻き込まれたあなたを殺さなければならない。許してくれとは言わん。許されるとも思わない。それでも、俺は未来をつかむために、あなたを殺させてもらおう。恨みたいなら恨んでくれ。いつか俺もそっちに行くだろうからな」


 こちらの言葉が異形と化したナルセスの耳に届いているのかどうかは不明だ。依然として苦しそうな叫び声ともうめき声とも取れない異音を発しているが、それがなにを意味しているものなのか、いまもなおまるで見当もつかない。


「……それじゃあな」


 最後にそう言って、グスタフは両手に持つ剣を構え直し、空を蹴って前へと出た。空を駆ける感覚はなんとも不思議な感じである。その身だけで空を飛んでいることを、未だに信じられないほどだ。これがいつか終わる夢であったとしても、一生忘れることはないだろう。自分の身体だけで空を飛ぶことなんて、普通に考えたら人間にできるはずもないことなのだから――


 前に出たグスタフは、異形と化したナルセスを剣の間合いで捉える。先ほどの感触から考えると、ただ剣を振るっただけではわずかな傷をつけることすら難しい。なにか、策を考える必要があるが――


 グスタフは赤い剣を振り下ろす。当然のことながら、異形と化したナルセスは、先ほどと同じように腕を変形させてそれを防ごうとする。グスタフの赤い剣と異形と化したナルセスの変形した腕が接触。


 接触したその瞬間、ナルセスの身体が炎に包まれた。赤い剣が接触と同時に炎を放ったのだ。炎の包まれた異形と化したナルセスは一瞬だけ怯む。その隙を突き、グスタフは黒い剣での追撃を仕掛ける。振り下ろされた黒い剣は、炎に包まれていた異形と化したナルセスを叩き落とした。


 しかし、異形と化したナルセスは途中で踏みとどまる。全身が炎上しているのも関わらず、こちらへと接近を仕掛けてきた。燃えている腕を変形させ、それを大きく薙ぎ払った。丸太のような腕が迫る。


 グスタフはそれを後ろに飛んで回避。豪快ではあるが、力任せで大振りなその一撃は冷静さを保っていれば回避するのは容易い。


 とはいっても、わずかにでも触れれば痛手となるような攻撃の回避は相手を充分すぎるほどに委縮させ、重圧を与えるものだ。


 大振りの一撃を回避された異形と化したナルセスは、弓と一体化した逆の腕を構えた。そこには、先ほどと同じく巨大な矢が番えられており――


 それを放つ。


 こちらへと飛んでくる矢はたった一人の人間に対して向ける威力ではない。攻城兵器と言っていいほどの威力を誇っていた。それだけの威力を持つものをその身に受ければ、どうなるかなど誰の目から見ても明らかである。


 グスタフ放たれた矢を充分な距離を取って回避。距離を取って回避したはずなのに、自分の身体の間近を通り過ぎていったかのようだった。こちらにはどうあっても持ちえない威力。恐るべきものであるが――


 当たらなければいいだけのことである。一対一の状況であれば、よほどのことがない限り、あのような大きな攻撃を避けるのは容易い。だが、威力の大きい攻撃というのはただそれだけで脅威となり得るものだ。当たらなかったとしても、確実にこちらの余裕を削り取っていく。


 矢を避けたグスタフは再び接近を図る。


 離れている状態で撃ってくるあの矢は非常に危険だ。自分の戦い方も考慮に入れれば、接近していた方が安全だろう。人だったナルセスは弓を主武器としていた。あのような異形となってしまったいまでも、得意としていたものは変わっていないはずである。であれば、彼の得意とするところで戦うのは得策ではない。


 異形と化したナルセスの身体はまだ炎上していたものの、その炎に怯んではいなかった。全身を燃やされてもなお動いていることを考えると、相当の耐久力があるのも間違いない。下手をすれば、致命傷となるような攻撃を受けても死なない可能性もある。


 しかし、やるしかなかった。自分たちの未来を勝ち取り、あのような姿にされてしまったナルセスをはじめとしたティガーたちを少しでも救うのであれば。


 接近したグスタフは黒い剣を振るう。当然のことながら、異形と化したナルセスは腕を変形させてそれを防御。変形した腕はやはり想像を絶するほどの強度を誇っていた。彼を倒すのであれば、それをどうするかも必要であるが――


 異形と化したナルセスは、それを考えさせる時間を与えない。こちらの攻撃を防いですぐ、反撃に転じる。腕を槍のように変形させて突きを放ってきた。先ほどのまとは違い、その攻撃は大振りではなかった。当てることを重視した一撃。ある程度の知性が残っていなければ、そのような対応をすることは不可能だろう。


 グスタフはその突きを両手に持つ剣で受け流した。圧倒的な膂力によって放たれたそれは両腕が痺れるような感触が支配する。少しでも悪い体勢となってこれを受けたら、容易に崩されてしまうだろう。


 突きを受け流したグスタフは、受け流した力を利用して距離を詰め――


 二本の剣を振り下ろした。

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