第316話 道を開け
空を飛ぶ――それは想像以上に驚異に満ちていた。人であれば誰でも一度は夢見るであろう、その身だけでの飛行――それをいま、自分たちは成し遂げているのだ。十年前の自分に、お前は空を飛んで竜たちと戦うぞ、などと言っても信じないだろう。いや、それを信じるほうがどうかしているが。
「おっと」
あたりを飛び回っている無数の目玉のような自律型迎撃兵器が光線を放ってくる。ロベルトはそれを、空を蹴って横に飛び回避。ロベルトが回避した光線は無数にいる他の機体に命中したが、意思のない自律型迎撃兵器はそれを気にすることはない。時機が他を巻き込むことも、他の機体の攻撃に巻き込まれることを厭わないそれらは、兵器としては理想的なものだ。戦いの場において最も危険なのは、恐れと躊躇を持たぬ相手である。無数にある目玉はまさしくそのような存在だ。一体あたりの戦闘能力はそれほど強力ではないが、圧倒的な物量を誇り、なおかつ恐れと躊躇を持たない相手を敵とするのは、とてつもない脅威であった。
ロベルトは炎の矢を自律型迎撃兵器に向かって放つ。赤く燃えさかる炎の矢は金属のような質感をした自律型迎撃兵器数体を容易く貫き、撃ち落とした。
炎の矢に貫かれなかった自律型迎撃兵器がこちらへと特攻を仕掛けてくる。こいつらはある程度消耗すると、こちらに接近して自爆攻撃を行ってくるのも、とてつもなく厄介だ。組みつかれて爆発に巻き込まれれば、ひとたまりもないだろう。自分の身体が汚い花火と化すことは確実だ。
そして、積極的に自爆攻撃を行っておきながら、一向に数が減る気配すらもない圧倒的な物量。ただでさえ物量というのは戦いにおいてとてつもない優位だというのに、倒せども自爆をしようともそれがまったく減りもしないのは一体どういうことなのか? あれだけ巨大なものを相手にしているのだから、相応の戦力があるのは当然だが――さすがに無限ということはないはずだ。どこかに限界があって然るべきであるが――
数個の火球を放ち、それらを一気に爆発させた。爆発によって無数の自律型迎撃兵器を破壊したものの、こちらを遮る奴らの壁に穴を空けるには至らない。
こちらの目的はあくまでもタツオとタイセイをあの『棺』とやらに到達させることだ。それを達成するには、奴らを全滅させる理由はない。二人が通り抜けられる突破口を作れればそれでいいが――
自分と同じようにその身のまま空を駆るティガーたちも同じく、無数にいる恐れも躊躇もない戦うための存在に苦戦を強いられている。まだ余裕はあるものの、このままこれが続くのがとてつもなく厳しいのは火を見るより明らかであった。二人の助太刀に来たというのに、この体たらくというのは情けない限りだが――
そのうえ、こちらは空中の戦闘はぶっつけ本番のはじめてである。全方位どの方向にも動けることを前提とした戦い方にも慣れていないのも不安要素の一つだ。いまのところこれまで培ってきた経験で誤魔化しているものの、それがいつまで続けられるかはまったくわからない。
しかし、彼らを行かせるのであれば、自分たちが生き残るためには、なんとしてもこの状況を脱しなければならなかった。奴らの物量には、なにか秘密があるはずだ。それさえ特定できたのなら――
全方位から自律型迎撃兵器の光線は離れてくる。わずかな時間差をつけてこちらを撃滅戦と他機体を巻き込むことを厭わず放たれる攻撃。ロベルトは空中を駆けまわりながらそれを次々と回避していく。回避しつつ反撃し、自爆特攻をされないように的確に破壊していった。
だが、ほどなく機能停止する損壊を受けた個体がこちらの攻撃をすり抜けて接近。死にかけの個体がやってくる攻撃は考える間でもなく――
『危ねえ!』
自律型迎撃兵器とこちらとの間にエリックが割って入り、自爆攻撃を仕掛けてきた個体を大槌で叩き落とした。大槌によって殴られたそれは地に向かって落ちていき、地面に落ちる前に爆発して吹き飛んだ。
『助かった、ありがとう』
ロベルトはこの危機を寸前で救ってくれたエリックに礼を言う。
『気にすんな。いつかの借りを返したまでだ』
そう言い残し、エリックは空を蹴って敵へと立ち向かっていく。大槌で豪快に自律型迎撃兵器を叩き落としていくのはとてつもなく痛快だ。まさか、アレクセイの仲間と背中を預けて共闘することになるとは、これもまた十年前の自分が聞いたら信じないことだろう。勇猛果敢なエリックの姿を見て、ロベルトの心はさらに燃え上がった。
『俺だ、聞こえているか?』
ロベルトは共闘する他の仲間へと語りかけた。
『近くに、あの目玉みたいな奴を制御しているようなのは確認できるか?』
ロベルトの言葉に対し、他の仲間たちはそれぞれの言葉で『見ていない』と返答する。
こちらも確認できていないとなると、恐らくタイセイも同じくそれらしきものを確認できていないだろう。できていたのなら、苦戦などしていないはずだ。
となると考えられるのは、近くにはあるものの、こちらには通常では認識できない、あるいはしにくくなっているか――ここからある程度離れた場所にあるかだ。どちらかは不明であるが、戦闘区域の中、あるいは周辺にそれがあることは間違いないはずだが――
保有する戦力の中枢となるものを、わざわざ戦闘区域内に配置する必要があるとは思えない。となると、それがあるとすれば――
ロベルトは『棺』へと向ける。
あそこしか考えられない。外部へと出る戦力を制御するものであれば、それは恐らく外縁部にあるはずだ。
『タイセイ!』
ロベルトは声を張り上げる。
空中を飛ぶ練習はできなかったものの、戦闘中の連携のために竜の力を駆使した交信とやらをできるようにしておいて本当によかった。いまだにどういう原理になっているのかわからないが、現在進行形で直接連絡を取り合えるというのはとてつもなく便利だ。これがなかったら、ろくに連携などできなかっただろう。
『目玉どもを生み出している〈なにか〉が〈棺〉の外縁部にあったとして、それをここから狙うことは可能か?』
『場所さえ特定できれば、できるが――ここからじゃかなり距離がある。これだけ目玉の邪魔がある状況では、正確に狙うのは厳しいな。もっと近づくか、目玉の邪魔をなくさないと』
彼の言葉はもっともだ。いくら巨大であるとはいえ、このあたりから『棺』までは相当離れている以上、その的は相当に小さく、必然的に狙い撃つのは難しい。
これだけの物量の壁に阻まれている状態で、もっと近づくのはかなり厳しいだろう。向こうの目的の一つはこちらを阻むことなのだ。それをさせてくれるとは思えなかった。
となると、ここから狙うしかないが――当然のことながら目玉どもがなにも理由なく攻撃の手を休めるはずもない。
そもそも、それ以前に、目玉どもを支配している中枢を特定しなければ。それができるのは――
『アースラ』
ロベルトがそう呼びかけると、すぐさま『なんでしょう』と言葉が返ってくる。
『あの目玉どもを操っている場所を特定できるか?』
『あれだけ巨大なものですから、ここからでも可能でしょう。少しだけ、時間をください』
苦しみに耐えるような声で、しかし淡々と、澱みなく言う。ただでさえ負担をかけているというのに、さらなる負担をかけるのはどうかと思ったが、彼以外にこれをできる者がいるとは思えなかった。
『……頼む』
『わかりました。同時にタツオ殿たちのほうも同時に特定を行います。厳しいかもしれませんが、なんとか耐えてください』
お願いします、と彼は苦しみを滲ませながら言う。
……本当にこれでよかったのだろうか? アースラの返答を聞いてロベルトは自問する。だがすぐに、それを否定した。
彼はもう自分が助からないことをわかっていてこちらに協力してくれているのだ。彼の意思を尊重するのであれば、自分が彼の身を案じて退かせるというのは正しくない。
ロベルトは首を振って雑念を払い落した。
いまやるべきことは、この場を打開すること。余計なことを考えている暇も余裕もない。
そして、目玉どもを制御している場所がわかったとしても、もう一つやらなければならないこともある。
それをどうするかも見つけなければならない。
人と竜による大空の決戦は、まだ止まらない。
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