第309話 再びの防衛

『あれが直接出向いてきたか。いつか起こり得たことではあるが、まさかここでやってくるとは』


 こちらの目を通して動き出した『棺』の映像を見たブラドーは感心するような声を響かせた。


『向こうから近づいてきたのは好都合ではあるが――なにしろこっちの戦力は少数である以上、このままでは押し潰されるのは目に見えているな。果たして、どうしたものか』


 ブラドーの言う通りだ。近づいてきたところで、抵抗できる手段がなければどうすることもできない。竜の遺跡の中に籠っていれば、物理的な被害だけは避けられるだろうが、外部との繋がりを断たれた状態での籠城はいつまでも続けられないのは明白である。


「……一応訊いておくが、あれをどうにかできそうな武器はここにあるか?」


「ここにあるのは、遺跡に潜る人間が護身用に使う小火器やあとは発破用の爆薬くらいだ。地上から上空に対して有効に攻撃できるような兵器なんてどこにもない。いや、そもそも――」


 一般的な地対空砲程度で、あの巨大な『棺』をどうにかできるはずもない。あれは超常の存在である竜が創り上げた兵器なのだ。人間が生み出した通常兵器など蚊に刺される程度の被害しか与えられないだろう。あれに充分な被害を与えられるとすれば、同じ竜の力を持った兵器である。ここはかつて竜たちが創り上げたものを保管している空間だ。『棺』に対して有効な兵器がある可能性もあるはずだが――


 いま、それが都合よく見つかってくれるはずもない。それ以前に、いまの状態では探索を進めること自体不可能だ。仮に探索ができたとしても、こちらに許されている時間は数日から十数日程度であろう。そんな短期間で、ピンポイントでいま求めているものが手に入る可能性はゼロではないが、限りなく低い。そのような勝ち筋のないギャンブルなどやるだけ無駄である。


「空を飛んでるってのが厄介だな。そうでなければ、まだなんとかなったかもしれないが――」


 ロベルトが悔しそうな声で口を挟む。


「上空の敵に対し、有効的な戦力になりそうな人は?」


 氷室竜夫が続けて問う。


「空中戦ができるとなると、さすがに少ないな。一応、ここにいる中だとレイモンがこなせるはずだが――」


 ウィリアムの言葉を聞き、大成はレイモンへと視線を向ける。


 異形の大樹との戦闘でレイモンは宙を自由に駆けていたことを思い出す。


「俺にできることならなんだってやるつもりではあるが――あんなでかいのを相手にするのはいくらなんでも無理だ。あんたらがいたとしてもな。一般人が素手で戦車を破壊しようとするくらい無謀だろう」


 レイモンは大成に向けて言い放った。


 確かにその通りである。なにしろ敵は、自分と氷室竜夫が竜に変身したとしてもかなり厳しいと言われているのだ。空中戦ができるティガーが一人加わった程度では、焼け石に水であろう。なにより、こちらのためにレイモンに死ねと言えるはずもない。彼にだって、自分の命を守る権利くらいあって当然なのだから。


「地上からの援護は?」


「どうだろう。遥か上空にいる相手と戦うなんてことは、竜の遺跡ではまずないからな。やる前から無理とは言いたくないが、そう簡単にできるとは思えない。能力の性質によってはある程度は可能だと思うが」


 グスタフが続く。


「それに、あの『棺』とやらは相当の高さにあるはずだ。ここからでもはっきり見えるくらいでかいから、低い場所にあるように思えるが。俺みたいに近接戦闘を主体とする奴は、地上からの援護も無理だろう」


『空を飛べるようになる――なんてことはできたりするか?』


 グスタフが言い終えた直後、大成はブラドーへと問いかけた。


『その力の大元にもよるが、不可能ではない。お前らのように完全に竜と化すことができなくとも、その力の一端を限定的に発現できれば、ある程度は飛ぶこともできるが――』


 響いたブラドーの声にはどこか濁りが感じられた。


『なにしろ、人間は自力で空は飛べん存在だ。である以上、それを否定するのはなかなか難しい。できたとしても、たった数日では付け焼刃にすらならん。無駄死にをする可能性がとても高い』


 やっぱり厳しいか。だが、ティガーであっても空を飛ぶことは不可能ではないと分かっただけでも収穫か。


「レイモンさん以外に空中での戦闘ができそうな人は?」


 ウィリアムとタイラー、エリックも首を横に振った。


「一応、ティガーであっても空を飛ぶことは可能だが、そう簡単にはいかないようだ」


「それは……技術的に難しいってことか?」


 その言葉にリチャードが反応し、問い返してくる。


『どうなんだ?』


『技術的にはそれほどでもない。問題なのはその在り方だ。さっきも言ったが、人間は自力で空を飛ぶことが不可能な存在だ。それは、その存在の根本にあるものといってもいい。それが、大きな枷となっている。それを否定するのは、そう簡単にできることじゃない』


「話によると、その在り方として人間は自力では飛ぶことができないもので、それが強い枷となっているらしい。で、その枷を否定するのがとてつもなく難しいという話だ」


 ブラドーから聞いた話をリチャードへと伝える。


「じゃあ、それさえどうにかできればあとは技術的な問題ってことか?」


 リチャードの返答を聞き、ブラドーが『そうだ』と声を響かせ、大成はその問いかけに頷いた。


「逆に言えば、その在り方の問題さえ乗り越えられれば、俺たちでも空中戦闘が可能になるってことか?」


 ブラドーは再び首肯し、それをリチャードへと伝える。


「在り方の問題となると、その否定はとてつもなく困難だろうな。下手をすれば、自分自身の否定に繋がりそうだ」


 リチャードが悔しそうな声を出した。


「……待ってください」


 全員が沈黙しかけたその時、アースラが声を挟んだ。


「在り方の問題であれば、なんとかできるかもしれません」


 予想外の言葉に、全員の視線がアースラへと注がれる。


「……本当か?」


「確実に、とは言えませんが」


「どういうことか、説明できないか?」


 ウィリアムの言葉を聞き、アースラはその方法について説明する。苦しそうな声で、時おり途切れながらもはっきりと。


 その方法を聞き、大成は雷を打たれたかのような衝撃が走った。暗い雰囲気に呑まれつつあったこの場所に明るさが戻ったように感じられた。


『どう思う?』


 アースラの説明を聞き、大成はすぐさまブラドーへと意見を求めた。


『理論的には不可能ではないが――いまのままではどうすることもできん以上、賭けてみるよりほかにない。どうせ、できなければならんのだ。であれば、やるしかない』


「となると、あとは俺たちの問題か。なんとかできなきゃ、どうにもならないんだ。やるしかない、か」


 かみ締めるような調子でロベルトが言葉を発する。


「それじゃあ、さっそく準備を始めよう。光明が見えた以上、ここで話していても仕方ないからな」


 ウィリアムの言葉と共に全員が立ち上がった。


「やるだけやってみよう。俺たちの力を見せてやるんだ」

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