第308話 空から脅威がやってくる
「ウィリアムがあんたらを呼んでいる。なにやら、非常事態らしい」
竜夫たちが滞在するテントを訪ねてきた若い男は、こちらが顔を出すなりそう言った。
「どういう内容か俺は知らん。それについてはウィリアムに訊いてくれ。それじゃあな」
若い男はそれだけ言ってテントから離れていく。先ほどテントに戻ってきたばかりであったが、ウィリアムがたいしたことではない用件で『非常事態』という表現を使うとは思えなかった。こちらを呼び出すということは、間違いなく――
「竜たちが動き出したってことか?」
メッセンジャーの若い男が見えなくなったところで、大成が言葉を漏らす。
「……だろうな。向こうだけでどうにかできることで僕らを呼び出すとは思えないし。とりあえず行ってみよう」
どうせ、現状できそうなことなどたいしてないのだ。竜が動き出したのであれば、今回は恐らくいままで以上に大きなものとなるだろう。であれば、ウィリアムたちティガーとの協力は必須だ。
「私も……行きます」
苦しげな声とともにアースラが姿を現した。いままでもいつ死んでもおかしくないような顔色をしていたが、この町での一件が終わってからさらにひどくなったように見える。このような状態になっている者をこれ以上働かせるべきではないと思うのだが――
「…………」
ここで休んでいろと言ったところで、彼が止まるとも、止められるとも思えなかった。いまさらどうにかできるのであれば、とっくの昔に止められていただろう。間違いなく、彼は止まらない。その先にあるものが苦しみながら死に絶えることであったとしても。
「……わかった、行こう」
アースラの能力はこちらが背後を気にしないで存分に力を発揮するため必要なものである。現状、彼の代役になれる力を持った者はいないのだ。なにより、はるか上空にある『棺』に向かうためには、アースラの力による支援は必要になるだろう。
それから三人はテントを出て歩き出した。
竜の遺跡の中はどんな時間帯であっても明るさが変化しないせいで、時間の感覚がおかしな感じになってくる。一体、外はどのようになっているのだろう? 以前の戦いが終わってから竜の遺跡から出ていないせいで、外がいま朝なのか夜なのかすらもまったくわからなかった。だが、どちらであったとしても――
この町に再び脅威が差し迫ってくることは間違いなかった。竜という存在は人の社会を奪わんとする侵略者である。もはや、自分たちがここを去ったところでこの町の人間たちが安全になるわけではない。自分たちを守るのであれば、竜という存在を打ち倒す必要がある。
「あんたのほうで、なにかあったか把握しているか?」
テントを出てしばらく進んだところで、大成がアースラへと問いかけた。
「さすがに、ここから外の状況を把握するのは不可能ですね。なにより、このところあまり調子がよくありませんでしたから」
苦しそうな声で、しかしはっきりとした声で大成の問いに返答するアースラ。こちらに彼を蝕んでいる苦痛がどの程度なのかはわからない。だが、この五日の状態を見た限り、いままで一番悪いように思えた。
「一つだけ、言っておきましょう」
大成の問いに返答したアースラは言葉を続ける。
「以前も申し上げましたが、私はもう長くありません。いや、もうすでに長くないどころか、それがいつ訪れてもおかしくない状態です。私は恐らく、あなた方の戦いを見届けることはできない。最期の瞬間まで、苦しみながら死んでいくことでしょう」
アースラはそこで一度言葉を切る。わずかな間を置いたところで――
「たとえ、私が苦しみながら死んだとしても、あなた方はその歩みを止めないでもらいたい。あなた方が、私のような大それた願望を持った愚か者のことなど気に留める必要はありません。こうなることは、ハンナ殿からその力を引き継いだことは明らかでしたから」
「…………」
アースラの言葉に、竜夫も大成も返すことはできなかった。アースラの苦しげな言葉から言い知れない迫力のようなものが感じられたからかもしれない。
「死が間近であったとしても、それでも私は役目を果たすつもりです。その役目を果たすまで、死ぬつもりはありません」
その役目とはこちらが『棺』への突入の手助けだということは言うまでもなく理解できた。
「……まあ、いまさら言うことでもないんだが――もう一度訊いておこう。あんたは、それでいいのか?」
歩きながら、大成はアースラへと問いかける。
「ええ。構いません。大それた願望を持ったことも、その結果、地獄のような苦しみを追いながら死ぬことも後悔していないし、するつもりもありません。竜の力を引き継ぐとどうなるかなど、嫌というほど理解しておりましたから」
苦しそうな声で、しかしはっきりとした声でアースラは断言する。とてつもなく苦しそうな声であっても、そこに一切の迷いはなかった。
「……そうか。なら俺はなにも言うことはねえ。俺は他人にどうこうものを言えるほど高尚な立場でも生まれでもねえからな。でもまあ、俺たちに協力するつもりなら、しっかりと役目は果たしてくれ。なにぶん、他に頼れるものがあまりないからな」
大成の言葉に「もちろん」とアースラは返答する。その短い言葉からは、はっきりとした強さが感じられた。
そこで、ウィリアムたちが滞在している大きなテントの前まで辿り着く。そのまま足を運び、中へと進む。
「……来たか」
テントに足を踏み入れると同時に、グスタフの姿が目に入った。変な髪型をした寡黙な実力者。
「もう全員いる。こっちに来てくれ」
グスタフはそう言ってこちらを先導する。三人はそのあとに続き、布で仕切られた部屋へと足を踏み入れた。
その中には、五日前の戦いに参加していた全員の姿があった。あの戦いを切り抜けた、アレクセイを除いた全員。
「これで全員そろったか。空いているところに座ってくれ」
ウィリアムにそう促され、三人は空いている席に腰を下ろす。ウィリアムはこちらが席についたところを確認して――
「それじゃあ、余計な前置きはしないでさっさと始めようか」
こちらが座ると同時に、ウィリアムは切り出した。
「僕らにも声をかけたってことは、やっぱり外でなにかあったんですか?」
「ああ。口で説明するより、実際に見たほうが早いだろう。あれを映してくれ」
ウィリアムがそう言うと、部屋の入り口近くに立っていた男が、部屋の隅にある装置を動かし始めた。それと同時に、部屋の明かりが落とされる。それから、一分ほど経過したところで――
ウィリアムの横に映像が映された。そこに映っていたのは、白黒で画質も極めて荒いものであったが、間違いなく動画であった。それは、上空に浮かぶ『棺』を映したもの。一体なんだろう? と思ったものの――
「動いてる、のか?」
真っ先にその言葉を口にしたのはタイラーであった。
「その通りだ。わずかではあるが、空に浮かんでいるあの建造物――『棺』だったか? あれが動き出したらしい。しかも――」
「動いている方向はこっち――ってことか?」
大成がそう言うと、ウィリアムは無言のまま頷いた。
「いくつかの方角から撮影し、それをここに滞在している大学の先生にも協力してもらったが、間違いなくこっちに向かってきているそうだ」
「もはや、悠長に籠っている場合じゃねえ、ってことか」
アレクセイの仲間であるロートレクがそう言うと、重苦しい空気が流れていった。
「空を飛んでいるものをなんとかできるかはわからんが、だからといって指をくわえて眺めているわけにもいかないからな。俺たちの身を守るのであれば、あれは早急になんとかする必要があるだろう」
事態は動き出した。早急に対策する必要があるが――
遥か上空を飛ぶ要塞に対してできることがあるのかどうか、それはまったく見えていなかった。
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