第297話 異常震域
一体、なにが起こった? 突如感じられた激震に直後、竜夫はあたりを見回した。目に見える範囲では先ほどと変わったものはなにもない。
だが、先ほど感じられたあれがただの気のせいであるとは思えなかった。こちらが戦っている最中に、別の場所でなにかが起こったのだろうか?
その可能性は充分にある。ここには、復活した竜どもが現れているのだから――
『聞こえますか?』
そこで声が響いてくる。アースラの声。
『ああ。どういう状況だ? なにか起こっているのか?』
『住民の方々はこちらでできる限り避難させました。どうやら、他の方々もなんとか勝利した模様です。ですが――』
アースラの言葉はそこで言い淀んだ。
『どうやら、ウィリアム殿のところで問題が発生したようです。彼らが接触した敵は倒したようですが――』
ウィリアムたちも含め、この町に残って竜たちと戦っていた人間が勝利したと聞き、竜夫は少しだけ安心できた。この町が、ローゲリウスのようにならずに済んでよかった。それでも、決して少なくない人々が犠牲になり、町にも相応の被害が出たのだから、手放しで喜んでいいものではないだろうが。
『なにか罠でも仕掛けられていたのか?』
敵が、自分が倒されたあとに発動するような置き土産の類を仕掛けていた可能性は充分にある。
『いえ。それはウィリアム殿たちが意図せず防いだ模様ですが、その結果別の問題が生じました。恐らく、戦闘で消耗したウィリアム殿たちだけではこれを抑え込むことはできないでしょう。とにかく、そちらに向かってください。案内しますので。その道中に説明させていただきます』
アースラの言葉の直後に、道の先に光点が発生する。竜夫はその光点へと向かって走り出した。この町は、ローゲリウスとは違ってそれほど大きいものではない。何事もなければすぐにウィリアムたちのところまで行けるはずであるが――
ざわ、と嫌な感触のものが心臓を撫でるような感覚が広がる。
『それで、ウィリアムさんたちのところで起こった問題ってのはなんだ?』
先ほどの口ぶりでは、竜を撃退したものの、その結果起こったという話であったが。
『わかりやすく言うと、植物です』
『……植物?』
予想外のものに竜夫は驚きの言葉を返した。
『どういうことだ?』
植物はウィリアムがの力であるが――何故それが問題を起こしているのだろう?
『ウィリアム殿たちが戦っていたのは、この町で起こっていた人間消失を引き起こしていた元凶でした。奴が何故そのようなことをしていたのかはいまとなっては不明ですが、彼らが奴を倒したことで、この町で人間消失自体は止まったものの、ウィリアム殿がそいつを倒すために使った力が少し問題のようで――』
アースラはそこで大きく咳きこんだ。その直後、水っぽい音も響いてきた。
『……大丈夫か?』
『ええ。少しばかり無理をしたようです。心配はいりません。ここで止まるわけにはいきませんから。死ぬのには、まだ早い』
先ほどの水っぽい音は恐らく、喀血をしたのだろう。それも決して少なくない量だ。
アースラを蝕む苦痛がどれほどのものかは不明である。結局、他人の苦しみなどわからない。だが、喀血したとなると、相当危険な状態であろう。いまの彼に残されている命は、もう長くないのは明らかであった。
『説明を続けます。ウィリアム殿たちが戦っていた相手が、自分以外の力を奪うという能力を持っておりました。ウィリアム殿がそいつを倒すために使ったのが、竜の力を吸収して成長する植物のようで、それがその相手を食い破ってこちらにまで侵食を始めているという状況です』
喀血をしてもなお、アースラは澱みなく言葉を紡ぐ。そこから滲み出る苦しさはさらに増しているようにも思えた。
「……あれか」
最短距離を進むために建物の上に飛び乗ったところで、先を示す光点の方向に見えたのは、この距離からも圧倒的な存在感のある大樹であった。それは、いまもなお目に見える速度でその根を広げ、この町を呑み込まんとしている。すさまじい成長速度であった。
『あれを放っておけば、この町はあの樹に呑み込まれてしまうでしょう。場合によっては、他の害もあるかもしれません。この町を守るのであれば、あれをなんとかする必要があります』
『ウィリアムさんたちはどうなっている?』
ウィリアムたちが戦っていた場所で発生したのであれば、最初に影響を受けるのは彼らである。無事であればいいのだが――
『なんとか、その場からは後退できたようですが、生み出した本人であるウィリアム殿にも手がつけられない状況のようです』
ウィリアムたちが生きていることを聞き、よかったと思うと同時に、彼らが敵を倒すために意図せずして生み出してしまったあれをなんとかせねばという気持ちも生まれてくる。
『他の連中は?』
『この交信はこの町に残って戦っていた全員に向けて発しています。無論、双方向で交信できるのはタツオ殿とタイセイ殿だけになりますが。彼らもみなウィリアム殿たちのところへ向かってもらっております。私もできる限りのことはさせていただきましょう』
『…………』
喀血をするような状態の人間をこれ以上動かすというのはよくないと思ったものの、外部から状況を俯瞰できる存在は必要である。なにより、彼がここの状況で止まるような人間でもないだろう。
建物の上を飛び、異常な成長を続ける大樹へとさらに近づく。唸るようにその勢力を拡大する大樹はどこか禍々しい。嫌な気配がはっきりと感じられるものであった。
もう一つ建物を飛び越えてさらに近づいたところで、ウィリアムたちの姿が目に入った。竜夫はさらに加速し、彼らに近づく。
「ウィリアムさん!」
竜夫の声を聞き、彼らがこちらへと振り向いた。
「大丈夫ですか?」
「ああ。なんとかな。敵はなんとか倒したが、下手をこいた。本当なら俺たちだけでどうにかすべきなんだろうが――」
ウィリアムの声からはとてつもない疲労の色が感じられた。相当の強敵と戦っていたのだろう。あのような植物を生み出さなければならないほどの。
ウィリアムの返答を聞いた直後、こちらに近づいてくる気配が感じられた。そちらを振り向くと――
「思っていた以上にヤバそうだな」
次に現れたのは大成であった。彼にも同じく、疲労の色が見て取れた。相当の強敵と戦っていたのだろう。
「敵を倒すためとはいえ、とんでもないものを生み出しやがって。あとのことを考えろと言ってやりたいところだが――てめえに文句を言うのはあとだ」
続いてアレクセイとその仲間が現れた。相変わらずどこか偽悪的であったが、彼らもまた敵を倒し、この場に馳せ参じてくれたことに間違いない。
「それにしてもすごい状況だ。とはいっても、あれをなんとかしなきゃ元通りってわけにはいかないから、やるしかないか」
アレクセイに続いてタイラーたちも姿を現した。彼らも全員無事だ。無論、彼らもまた相当に消耗しているはずであるが。
「で、あれを止めるにはどうすればいい?」
大成がウィリアムへ問いかける。
「どこかに核となっている部分があるはずだ。そこを破壊できれば、止められると思うが――」
唸りながら勢力を広げ続ける大樹に核となるものなどまったく見えなかった。
「まあいい。とにかくやるしかねえんだ。最後の仕事をやらせてもらうぜ。いまさら逃げようったって許さんからな」
アレクセイの言葉に全員が頷く。誰一人として、この場から逃げ出そうというものはいなかった。
竜夫は大樹へと目を向け――
広がり続ける異形の大樹を止めるために、刃を創り出して前へと躍り出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます