第293話 決別
かつての妹へと接近した大成は直剣を振るう。当然のことながら、直剣は固められた錆によって防がれる。硬さと柔軟さを併せ持った錆は難攻不落で、そのうえ接触するのも危険が伴うというおまけつきだ。厄介なことこの上ないが――
こちらの血が奴の身体にまで届けば倒せることは間違いない。奴が竜である以上、この呪いの血の影響を避けることは絶対にできないのだ。いまやるべきことは、あの錆を一瞬でも取り払うことであるが――
そのためには、血が必要だ。いまの状態では量が足りない。命を失わない程度に、血を消費する必要がある。戦いながら直剣を構成している血を増やさなければならない。
大成の直剣を防いだかつてに妹は硬化させた錆の塊をこちらに突き出してくる。いくつもの棘が大成を襲う。
真正面から襲いかかってきたそれを大成は飛び上がって回避。宙を飛びながら、直剣を自身の腕に当てる。
自身の身体から、直剣に血を移動させていく。ゆっくりと身体から血が抜けていった。できることなら高速で行いたいところであるが、急速に血を放出させるのは少々危険だ。虚血を起こして、最悪の場合、意識を失う可能性もある。こちらの再生能力をもってすればすぐに増血も可能であるが、一瞬とはいえ意識を失うのは致命的であると言わざるを得ない。厳しい状況である以上、避けられるリスクは避けておくべきだろう。
地面に着地すると同時に、血の移動を停止する。身体に問題ないことを確認。この程度であれば命を失うことはないが――
『まだ量が足りないな。一瞬とは言え、こちらの呪いの力が、奴が一度に生み出せる錆の量を超える必要がある。急ぐ必要はあるが、焦るなよ。わかっているとは思うが』
ブラドーの冷静な声が響く。
『さっきにペースだと何回くらいやる必要がある?』
『あと四、五回といったところか』
それは少しばかり厳しいかもしれない。一度に移す量を増やして、回数を減らしたほうがいいだろう。一応、まだ余裕はある。ぎりぎりまで増やせば、充分な量を確保するまでの回数を減らせるはずであるが――
かつての妹は着地した大成に向かって錆の弾を放ってくる。細かい散弾のような錆が拡散しながらこちらに迫ってくる。
大成は錆の散弾を横に飛び退いて避けた。回避された錆の散弾は着弾した場所を溶かすように侵食し、消える。
戦いである以上、こちらがいつも想定通りの動きができるという確証もない。隙を見ながら、血を移動させていくしかなかった。そうなると、当然のことながら時間がかかってしまう。時間がかかればかかるほど、こちらのリスクも上昇することでもある。
それに攻撃しなかったら、敵にこちらがなにかしようとしていることを察知される可能性もあるだろう。この敵がそれを察知できない馬鹿であるとは思えなかった。そうなってくると、擬装のために攻撃を仕掛けていく必要もあるだろう。
散弾を回避した大成は接近し、直剣を振り下ろす。血の色の軌跡を描きながら、その刃がかつての妹へと迫った。
かつての妹は大成の直剣を、錆を膜状に展開させてそれを防いだ。硬さと柔軟さを合わせ持った錆の膜。斬ることも、砕くことも、貫くことも難しい代物。こちらの直剣と触れることによって発生する呪いの影響を避けるために、奴は次々と生み出した錆を自身から切り離しているので、確実に消耗はしているはずであるが、こちらからはその翳りはまったく見えてこない。こちらを阻む錆は未だに強靭だ。
攻撃を防がれた大成は距離を取りつつ、再び自身の身体に直剣の刃を当てて血を移動させる。その速度を先ほどよりも加速させた。
「……っ」
少しばかり速すぎたせいか、わずかに頭が眩んだものの、なんとか耐える。この程度で弱音を吐くわけにはいかなかった。これができなければ、ここで終わるだけだ。それだけは絶対に避けたかった。
『いまの量だとあと何回必要だ?』
大成はブラドーへと問いかける。
『あと二回というところだろう。少しばかり速すぎるように思えるが――』
『大丈夫さ。この程度だったらなんとか耐えられる。どちらにせよ、これ以上長引くのはごめんだ。さっさと終わらせて――』
そこまで言ったところでかつてに妹が接近してくる。こちらに近づいてきたかつての妹は錆の刃を振るった。ギロチンのごとき巨大な刃が真横から迫ってくる。
大成はそれをすり抜けるようにしてそれを回避。距離を詰めてさらに接近。突きを放った。
大成の突きは再び錆の膜によって防がれる。直剣の切っ先から、硬さと柔軟さを併せ持つ錆の不思議な感触が伝わってきた。
突きを防がれた大成は横に回り込みながら、身体に直剣を当てて血を移動させる。まとまった量の血を瞬間的に失うのはなんとも言えない不快な感触であった。命が身体から抜けていくような感覚。できることなら、やりたくないことであるが――
やりたくないことであっても、勝つためにはやるしかなかった。命がかかっている状況で、嫌なことだからやらないというわけにはいかないのだ。他にできる手段があればいいが、ない以上、不快であってもやる以外選択肢は残されていなかった。
これで、あと一回。結構な量の血を失った。再生能力によって失われた血も再生されていくものの、命を失わない程度に留めていく必要がある以上、一度に移動できる量は限られている。少しばかり失われた血が補填されるまで時間が必要かもしれない。
距離を取った大成に向かってかつての妹は錆の刃を放ってきた。
右から振るわれた錆の刃をすり抜けるようにして回避し、続いて振り下ろされた錆の刃を横に回り込んで避ける。その刃は巨大で、少しでも触れてしまえばその質量によって押し潰されてしまうだろう。こちらの武器で受け止められるものではなかった。
二連撃の錆の刃を回避した大成は自身の身体を確認。
移動させ、失われた血は再生を果たしていた。いまなら、移動させることも可能だろう。
だが、それをさせてくれるほど敵は甘くなかった。かつての妹は、錆の刃による二連撃を回避したこちらに対しさらなる追撃を仕掛けてくる。地面を伝いながら錆が周囲へと広がっていく。それを見た大成は急速に広がっていく錆から離脱する。
錆が広がった直後、地面に広がった錆は無数の棘を突き出してきた。
少しでも遅れていたらあの棘によって風通りのいい身体にされていただろう。やはり、変幻自在の錆は脅威だ。一筋縄ではいかない。
錆の棘を回避した大成はもう一度身体に直剣を当てて血を移動させる。身体から脈動とともに血が失われていく。
「…………」
少し早すぎたのか、血が身体から失われたことによって意識が暗転しそうになった。だが、それをなんとか耐え――
地面から突き刺していた錆の棘が溶けるように弾けた。それを視認した大成は再び接近し――
直剣を両手に持ってそれを振り下ろした。それは錆の膜に防がれたものの――
防がれると同時に、大成は固められ、刃を構成していた血を解放し――
その血は錆の膜に浸透し――
竜の血に仇を為す呪いの影響を受けて弾けて消えた。かつての妹の姿が目に入り――
そのまま接近し――
腕を変形させ、そのままかつての妹の身体を刺し貫いた。
「な……」
変化した大成の腕によって心臓を貫かれたかつてに妹は驚愕の声を上げる。
ブラドーの力は血を操る力だ。血は体内を流れ、身体の隅々にまで行き渡っているものである。それが、身体の隅々まで行き渡っているのであれば、それを操ることで身体を変形させることも不可能ではないはずだ。
腕で心臓を貫いた大成は抉るようにして腕を引き――
そのまま、かつての妹の身体を引き裂いた。
心臓を貫かれ、身体を引き裂かれたかつての妹はそのまま力なく倒れ――
残った血を垂れ流すだけの肉塊と化した。
「…………」
動かなくなったかつての妹は別の姿へと変わった。殺されたことで能力の効果が消え、もとの姿に戻ったのだろう。
そこにいた存在が偽りのものであることはわかっているのに、何故か不快感があった。しかし、それを振り払って――
動き出そうとしたそのときであった。
どこからか、底知れぬなにかが広がっていくのを察知した。
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