第289話 狙うべきは……

 弱点は見えたものの、問題はそれをどのようして突くかである。


 奴自身も、自身の能力の弱点を把握しているはずだ。であれば、それを突かれるような真似はしないはずである。簡単にできるはずもなかった。


 とはいっても、弱点を突かなければこの男に勝てるはずもない。なにしろ奴は力を吸収して無効化してしまうのだ。真正面からの殴り合いで勝利できる可能性はとてつもなく小さいだろう。


 どうすればいい?


 圧倒的な力を持って立ちはだかる黒衣の男を注視したまま、ウィリアムは思考する。


 奴が持つ力の吸収を無効化しうる手段。こちらが持っている手札でそのようなことを可能にするものがあるのだろうか?


 だが、そのような都合のいい手段が見つかるはずもない。戦いにおいて持てる手札というものははじめから決まっている。その決まっているものをどのように組み合わせ、切るかが戦いなのだ。持っていないものがどこからともなく現れることなど万に一つもないと言っていい。


 前衛を一人で努めているグスタフが前へと飛び出し、黒衣の男に接近。彼が持つ二本の剣で連撃を放つ。


 しかし、黒衣の男は自身の能力で創り出した黒い杭でグスタフの連撃を軽く捌いていく。接近戦に長けるグスタフですら未だに奴のことを崩せずにいる。奴は能力だけでなく、単純な戦闘技能に置いてもこちらを上回っているのは明らかであった。


 もう一人――ジニーが奴らの手に落ちていなかったらどうなっていただろう? そう思ったものの、そのような仮定をしたところでなにも意味はなかった。ありもしない仮定の話をしたところで、いまそこにある現実が変わるわけではない。とにかく、いまある手札だけでなんとしても奴を打ち倒さなければならなかった。


 なにか、兆候はないだろうか? 奴が吸収したエネルギーが上限近くになったときに現れるなにかがあれば。ウィリアムは黒衣の男を見る。涼しい顔をしてグスタフの連撃を捌いている奴に異変らしきものはわずかすら見えてこなかった。


「……ぐ」


 グスタフが黒衣の男に払い除けられる。払い除けられたグスタフの姿勢が崩れた。当然のことながら、黒衣の男はその隙を逃さない。距離を詰め、グスタフに追撃をしようとする。


 黒衣の男が動き出そうとした瞬間、奴のまわりに火球が出現。発生したそれはすぐさま巨大化して弾け飛び、炎をまき散らした。黒衣の男は回避する間もなくその炎に呑み込まれる。姿勢を崩されていたグスタフがそこで立て直した。通常の相手であれば、これで割っているはずだが――


 その炎はすぐさま消え去った。消えた炎の中から、黒衣の男が現れる。わずかな火傷どころか身に纏っているその黒衣の端すらも燃えていなかった。こちらの攻撃が完全に無効化されているのは考える間でもなかった。


「食らわぬとはいえ、遠くから茶々を入れられるのは厄介だな」


 平坦な口調でそう言い、黒衣の男は手に持っていた黒い杭をロベルトに向かって投げつけた。禍々しい力を纏う黒い杭がロベルトへと迫る。


 それを見たウィリアムはロベルトの前に樹木の壁を創り出した。ロベルトに迫っていた黒い杭は樹木の壁によって遮られ、突き刺さる。その隙にロベルトは離脱。


 その直後、樹木の壁とそれに突き刺さった黒い杭が弾けた。恐らく、樹木の壁にあった力を吸収した結果、力を吸い過ぎたことによってその限界を超えたのだろう。


 樹木の壁の力を吸収し、弾け飛んだところを見るに、あの黒い杭が保有できる力の総量はそれほどでもないはずだ。ということは、先ほど投げつけたあの黒い杭は本体とは独立していることになる。


 黒衣の男は極めて強大であるが、その力は無限ではないはずだ。どこかに必ず限界が存在するはずである。である以上、いずれその力は尽きるはずだが――


 ウィリアムはグスタフとロベルトに視線を向ける。


 グスタフもロベルトも相当疲労が濃いように思えた。それに対し、黒衣の男は変わることなく余裕を見せている。向こうの力が尽きるまで耐久を続けるのはどう考えて不可能だ。どのようにやったとしても、先に力尽きるのはこちらだろう。耐久を仕掛けるのは愚策とすらいえない無謀だ。である以上、積極的に攻めていくことで奴を崩すよりほかに選択肢はないが――


 どうすれば、力そのものを吸収して攻撃を無力化してくる相手を崩すことができるのだろう? 吸収できる力に限界があるのは間違いないが、その限界はこちらには認識することはできない。それさえわかればなんとかできるかもしれないが――


 ウィリアムは再び黒衣の男へと目を向ける。やはり、なんらかの兆候らしきものは確認できなかった。


 くそ。どうすればいい? 弱点らしきものが見えても、それを突くことができないもどかしさに苛立ちを隠せなかった。


 闇雲に攻撃を仕掛けても、その弱点を突くことは不可能であろう。こちらには見えない限界量は、奴自身はしっかりと把握しているのは間違いないからだ。その弱点をこちらに突かせないように戦いを運んでいくのは当然である。その程度のことすらできない相手であるとは思えなかった。


 グスタフが再び前へと出る。あれだけの強敵をたった一人で抑え込むのは相当の負担であることは間違いなかった。いまはなんとか食い下がっているものの、誰か一人でも欠けたらその均衡はすぐさま崩れるだろう。三対一でなんとかやっていた相手を二対一でなんとかできるとはどうしても思えなかった。


 グスタフの剣を黒衣の男は再び杭を創り出してそれを軽く捌いていく。その動きは大人が子供をあしらうかのようであった。


 どうすれば奴を倒せる? 力そのものを吸収するという理不尽すぎる能力を持った相手に打ち勝つ方法。あるいは、奴が持つ能力の弱点を、奴に把握されないようにそれを突く方法。それさえ見つかれば――


 そこまで考えたところで、ウィリアムは気づいた。力そのものを吸収するという能力を逆手に取った方法に。


 奴は吸収できる力には限界が存在するのであれば、これは間違いなく有効であるはずだ。問題があるとすれば――


 それが本当にできるかということ。もう一つは、その効果が現れるところまでこちらが耐えられるかどうかということだろう。


 しかし、これ以外奴をどうにかできる手段があるとは思えなかった。とにかく、やってみるしかない。博打は嫌いだが、極限状態においてはそれをやらざるを得ないことは往々にしてあることだ。


 自分の力を信じろ。


 できるはずだと自分に言い聞かせろ。


 やるまえから否定をするな。否定してしまえば、そこで歩みは止まるのだから――


「グスタフ! ロベルト!」


 ウィリアムは声を張り上げた。


「お前らには負担をかけるが、もう少し耐えてくれ!」


 そう言いながら、ウィリアムは奴を打ち倒しうる手段の構築を行う。


「言われなくても、やるさ」


 グスタフが静かな調子でそう言葉を返した。


「耐えられなくなったら終わるのはこっちだからな。まだ俺は、ここで死んでいいと思えるほど生きちゃいないんでね」


 ロベルトがグスタフに続く。それは、いつも通りの軽快さがありつつも、彼らしくない熱さが感じられる言葉であった。その言葉を聞いたウィリアムの心に、火が灯る。


 二人は信じてくれたのだ。自分だってそれに答えるよりほかにない。なにしろ彼らは、いままで多くの死線をともに潜り抜けてきた仲間なんだから――


 思いついた手段ができることを確認する。理論上は問題ないはずだ。あとは――


 それを実践し、効果が出てくるところまで耐えるだけだ。


 ウィリアム黒衣の男にもう一度目を向け――


 最大の敵に向かって、力を放った。

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