第281話 解析
白衣の男を打ち倒すのならば、相手がどのような力を持っているのかしっかりと把握する必要がある。リチャードは白衣の男へと目を向けた。
白衣の男はこちらが創り出した猛毒を食らったのにも関わらず、平然としていた。奴の力がこちらと同系統である以上、それは嘘ではない。自分自身も、奴と同じく毒物の類にはある程度の耐性があるからだ。
そうなってくると、自分だけでは決定打となり得る攻撃は難しい。その条件は無論、向こうにも適用されるものであるが、他の仲間はそうではないということを考えると、もともとの力の差も相まってこちらが不利なのは疑いようがなかった。
奴の創る薬物を無効化できるような中和剤を創れればいいが、自分たち以上の強者と戦いながら未知の物質の解析をするのは不可能に等しい。薬物や毒物は複雑な構造体である。複雑な構造体がどのような形をしており、それがどのように結びつくのかを理解するのは非常に困難だ。知識はもちろん、高度な実験器具も必要になってくる。竜の力という異能があれば、高度な実験器具がなかったとしてもある程度のことはできるものの、本格的に行うのであればやはり不可欠だ。
いま精製できるものでなにか効果のあるものがあればいいが、それも奴がどういうものを使っているのかある程度わからなければやりようがなかった。
考えれば考えるほど厳しい状況。唯一の救いは、奴の目的がこちらを殺すことではないことだ。奴はなんらかの命を受けてティガーたちを攫っている。できれば殺したくないようであるが、あくまでもそれはできればの話である。殺せない、というわけではないのだ。なにかあれば奴はこちらを容赦なく殺すだろう。
「いま貴様が私に投げかけたものは――なかなか興味深いな。我々の記録にはないものだ。さすがに戦いながらでは精密な解析は難しい。せっかく動ける身体を手に入れたのだ。それを有意義に使うとしよう。時間はいくらでもある」
猛毒を浴びながらも平然としている白衣の男は感心するような声を上げた。
「ふむ。特に貴様は私によっては有用だ。他の奴らはともかく、貴様だけは殺さぬほうがいいか。いまのところ、貴様は私に対して有効打となるような手もないだろうしな」
毒に耐性があったとしても、酸をはじめとした物理的な影響を及ぼすものは無効にはできないはずだ。いくらなんでも、あらゆる毒物劇物に対する耐性を持っているとは思えない。
そうなってくると、常温で自然発火するような物質などは奴にも有効であるはずだ。能力を駆使して精製できる物質の中にはそういうものもいくつかある。だが、常温でも自然発火するような物質は極めて危険だ。なにより、こちらが創れるのは毒物である。下手に使えば、他の仲間を巻き込みかねない。
「では、さっさと他のことは済ませてしまうとしよう。楽しむのはそれからでも遅くあるまい」
そう言っていくつかの瓶を投げつける。投擲されたそれは地面に接触して砕けると、あたりに刺激臭をまき散らした。
「気をつけてください! 吸い込むのは危険です!」
リチャードは声を張り上げた。
あたりに広がった匂いからして刺激物の類であることはわかった。それと似たような構造の物質の記録がある。死にはしないものの、わずかでも吸い込むと戦闘に支障出る程度の苦痛を味わうことになるものだ。
他の仲間はそれが漂う場所から離脱。見たところ、吸い込んだ者はいないようであった。
リチャードは刺激物が漂っている場所に瓶を放り投げる。奴が使ったと思われる刺激物の中和剤であった。似た構造であれば、戦いに支障がでない程度まで無力できるはずだ。
パトリックが能力で実体を持つ幻影を呼び出した。刃を持つ人型の幻影が白衣の男に攻撃を仕掛ける。
白衣の男は軽やかな動きでそれを回避。その直後、幻影の足もとに向かって瓶を放り投げる。砕けた瓶からばら撒かれた物質が実体を持つ幻影を一瞬にして融解する。
奴はそれを融解剤と言っていた。確か錬金術に万物融解剤というものがあったはずである。そのようなものは現実に存在しないものであると思っていたが、奴の能力をもってすればそれすらも創り出すことが可能らしい。能力を駆使して調べたいところであるが――
奴が使っている融解剤が錬金術の万物融解剤であったのなら、採取するのも非常に危険だ。なにしろ、万物を溶かすものである。それがどのような構造であっても、いまこちらが持っている手札で無効化できるものがあるとは思えなかった。
パトリックの幻影を融解させた白衣の男に対し、レイモンが追撃。白衣の男のまわりにいくつもの風の刃は生み出される。無数の風の刃は白衣の男を無残に切り裂いた――かのように見えた。
風の刃をまともに受けたにもかかわらず、白衣の男は傷一つついていなかった。レイモンが生み出した風の刃は間違いなく命中していたはずだ。奴は一体、なにをしたのだろう?
風の刃を退けた白衣の男に無数の岩塊が地面から襲いかかる。
地面から突き出した岩塊は白衣の男に命中。しかし、巨大な岩塊を受けたにもかかわらず、男はわずかに後ろへと押し出されるだけに留まった。それはまるで、奴の身体がとてつもなく重くなったかのようであった。
「悪くない。非常にいい連携だ。人間という存在でありながら、ここまでできるのは驚嘆に値する」
白衣の男はそう言うと、重量感のある動きで自身を弾き飛ばした岩塊に掌を叩き込んだ。岩塊は一瞬にして融解する。恐らく、攻撃と同時に融解剤を叩き込んだのだろう。
そこに再びパトリックが幻影を呼び出す。それは、いままで呼び出していたものよりも強い現実感があるものであった。実体化した幻影は剣を振り下ろす。
だが、白衣の男はそれを真正面から受け止める。幻影の剣は白衣の男に腕によって受け流された。そのまま幻影に拳を放つ。
男の拳を叩きこまれた幻影は弾けて消えた。同時に幻影を生み出していたパトリックがうめき声を上げる。
「どうやら、呼び出した幻影に力を注げば注ぐほど、呼び出した本人との結びつきが強くなるようだ。いまの反応を見るに、なかなかの衝撃だったようだな」
幻影を素手で打ち倒した白衣の男はそこで後ろに飛んで距離を取った。
奴は一体なにをしたのか? レイモンの風の刃、タイラーの岩塊、パトリックの幻影その身で受け止めるなど尋常ではない。なにかやっていたに違いないはずであるが――
奴がなにをしたのか、まったく見えなかった。
「仕方なかったとはいえ、身体で受け止めるのはあまりやりたくないものだな。硬かろうが、痛いことに変わりはない。難儀なものだ」
こちらと十歩ほど離れた距離で白衣の男はそう言った。その言葉はまるで、自分の身体が硬化していたとしか思えないものであった。
奴が先ほど行ったのは、生み出した薬物によって自身の身体を硬化させたのだ。どんなものを使えばそのようなことを行えるのかは不明だが、現実として行っている以上、奴にはそれができるのであろう。効果は一時的なようであるが、その間こちらの攻撃をほとんど受けつけなくなるのはとてつもなく厄介であった。
そうなると、奴が見せた異様な身体能力の向上もそれと同じものであろう。創り出した薬物によって一時的に身体機能を強化したのだ。
「やはり、戦いという行為は野蛮だな。やらねばならんことは承知しているが、気が進まぬものだ。そう思わないかね?」
白衣の男はそう問いかけたものの、その言葉に対し誰も返答しなかった。
「まあいい。面倒なことはさっさと終わらせることにしよう」
白衣の男がそう言うと同時に――
奴の身体から、なにかが溢れ出した。
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