第252話 街道にて

 竜夫は町を離れ、ローゲリウスへと続いている街道へと足を運んだ。町から少し離れると広々とした田園風景が広がっている。それはまさしく田舎と言えるもの。東京生まれ東京育ちの竜夫にはあまり馴染みのない風景であるが、何故か懐かしさが感じられた。


 一体、どのあたりでアレクセイの仲間の姿が消えたのだろう。できることなら、あまり町からあまり離れていないといいのだが――


「わかるか?」


 竜夫は街道を歩きながらアースラに問いかける。


『ええ。まだ町が近いのでいつも通りとはいきませんが、幾分かマシになりました。この状態であれば、痕跡を見つけるのはできるでしょう。どれだけの情報が得られるかは未知数ですが』


 アースラの言葉を聞き、竜夫は少しだけ安心する。有望な手がかりが見つかってくれたらいいのだが――


 街道の人通りはほとんどなかった。やはり、ローゲリウスが壊滅したのが原因だろうか? 恐らく、その影響がゼロということだけは絶対にないだろう。なにしろ、ローゲリウスはあれだけの大都市だったのだ。そこと結ばれている周辺の町に影響が出るのは必然である。


 念のため、あたりを警戒しながら竜夫は街道をローゲリウスの方面へと進んでいく。不審な影はいまのところない。


「なあ、前から気になっていたことがあるんだが」


 竜夫は再びアースラへと話しかけた。


「あんたはなんで竜の素性なんかを知っているんだ?」


 アースラと同化している竜は、大成と同化しているブラドーとは違って敵対的で、彼自身を乗っ取ろうとしているはずである。大成とブラドーのようにコミュニケーションを取って、自由に情報を引き出したりできるとは思えない。


『ああ。それですか。簡単ですよ。私と同化している竜から無理矢理情報を引き出しているのです』


「……そんなこと、できるのか?」


『ええ。理由はどうであれ、いまの私は竜の転写された魂と同化しているわけですから、その竜だって私の一部であることに他ならない。であれば、それを引き出せるのも必然ではありませんか?』


「自分の知らない記憶を思い出す――みたいな感じか?」


『その通りです。恐らくですが、あなたも同じことができると思いますよ。あなたと同化した竜は力だけを残して消えてしまったとしても、そこに残されている記憶が消えたわけではないでしょうから。もしかしたら、なにか力になることを思い出せるかもしれませんよ。私とは違って邪魔をされないでしょうから、それほど難しくはないはずです』


「確かに、そうかもしれない。考えておこう」


 自分の知らないはずの記憶を思い出すというのは一体どのような感覚なのだろう? そんな経験などあるはずもないので想像できないが――


 最後の竜は膨大な時間を生きてきた存在だ。その分だけ、こちらに与えられた力に残っている記憶も同じく膨大であろう。軽い気持ちでやったら、その膨大な記憶に圧し潰されてしまいそうだ。やるのなら、相当の気合いがないと困難であろう。


 竜夫はなおも街道を進んでいく。町を出てから数分ほど経過し、町から結構離れたところであるが――


「まだ先か?」


 竜夫はアースラに問いかけた。


『わずかにですが、竜の力の残滓が感じられます。それほど遠くありません。もう少し進んだ先に、アレクセイ氏の仲間が行方不明になったと思われる場所があるはずです』


「わかった。もう少し先に進んでみよう」


 アースラの言葉にそう返した竜夫は、さらに街道を進んでいく。


 自分にもそれを探知できるだろうかと集中してみたものの、残された力がわずかなのか、こちらの探知能力が優れていないせいなのかはわからないが、まったく感じ取ることはできなかった。やはり、こういったことに関しては任せてしまったほうがいいだろう。餅は餅屋に任せろとも言う。ここはアースラを信じて、任せるべきところだ。


『止まってください』


 アースラの言葉が聞こえ、竜夫はすぐさま足を止める。


『恐らくですが、この周辺がアレクセイ氏の仲間が行方不明になった場所です。あなたを介して、このあたりを調べてみることにします。少しだけお時間をいただけますか?』


「それは構わないが――こっちでなにかすることはあるか?」


『少し集中したいので、足を止めてもらえませんか? 動かれてしまうと雑音が多くなって、逆に時間がかかってしまいます』


「了解した」


 竜夫はそう言い、街道の真ん中で腰を下ろす。足を止めるのなら、ここに座ってしまったほうがいいだろう。幸い、いまのところ人通りはほとんどない。何時間も座っているわけでもないはずなので、別に迷惑にもならないだろう。


 アースラがこの周辺を調べるのにどれだけかかるかわからないが、少しだけ手持ち無沙汰である。ぼーっとしていてもいいが、どうせならこの時間も有効的に使うほうがいいように思えた。ここで、なにかできることはあるか? そう思っていると――


 どうせなら、さっき言っていたことをやってみよう。自分に力をくれた最後の竜の記憶を思い出すこと。本当にそんなことができるのだろうか? そう思ったが、すぐに気づく。


 知らない記憶を思い出すなんてこと、いままで幾度となくなってきたことに。そもそも、いまのように戦えるようになったのだって、それと同じことだ。であれば――


 できるはずだと、竜夫は確信する。目を瞑り集中し、自分の奥のほうに入り込んでいく。


 深い海へと潜っていくような感覚。もっと深く、さらに下へと進んでいく。


「――――」


 声が聞こえた。なにを言ったのかも、誰であるのかもわからない声。だが、それはまるで質量があるのかと思えるほどずっしりとした重みが感じられるものであった。


「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」「――――」


 濁流のように質量のある声が一気に流れ込んできた。やはりそれらは、なんと言っているのか聞き取ることができなかったが、異様なほどのエネルギーに満ち溢れ知多。突如として押し寄せてきた暴力的な質量の前になすすべなく押し潰されそうになる。その暴力的な奔流に圧し潰されそうになった竜夫は、このまま続けるのは危険だと判断し、自分の奥底へと入り込んでいくのを中断。すぐさま上へと這い上がり――


 目を開くと、そこには変化に乏しく、少しだけ退屈な風景が広がっている。


 危なかった。やっぱり、最後の竜の記憶を思い出そうとするのは軽い気持ちでやらないほうがいい。下手したら、膨大すぎる記憶の量でこちらの精神が押し潰されて消えてしまう可能性もあるだろう。


『……どうか、しましたか?』


 そこでアースラの声が聞こえてきて、竜夫は「いや、なんでもない。気にしないでくれ」と言葉を返した。


『一応、いまできることはやってみました。結論から言いますと、やはりこの事件には竜が関わっています』


「……その根拠は?」


『そうですね。ここに残っている力が二つだったことがその一つです。一つは当然、ティガーを攫っている竜のもの。もう一つは恐らく、さらわれる前に抵抗をしようとしたアレクセイ氏の仲間のものでしょう。見てわかる痕跡が残っていないことを考えると、アレクセイ氏の仲間が抵抗したものの、すぐやられてしまった可能性が非常に高いですね』


「相手がどういう力を使ったのかはわかるか?」


『いえ、残念ながらそれはできませんでした。ここに残っていた力は、どういうものか判別するには微弱過ぎました。判別をするのならもっとはっきりと残っていないと難しいですね』


「そうか。なら仕方ないか」


 とはいっても、竜が関わっているという確証が得られたのなら上々だろう。


「じゃあ、これからどうする?」


 あたりを見回すと、まだ明るいものの陽が傾きかけているようであった。


『もう少し調べてもいいですが、別行動をしている大成殿の動向がどうなっているのかも気になりますから、報告も兼ねて話をするのがいいでしょう。もしくは、いまのことをアレクセイ氏に伝えるかですが――その判断はお任せします』


「……ふむ」


 こちらとしてもどちらでも構わないが――アレクセイに報告をするのであれば、大成と一緒に行ったほうがいいような気がした。


 そう考え、大成に交信をしたが――


「繋がらないな」


 竜の力による交信を行ったものの、大成から反応が返ってこない。もしかして、なにかあったのだろうか?


『もしかしたら、竜の遺跡に情報収集のために竜の遺跡に入っているのかもしれません。相手が竜の遺跡の内部にいると、その外からの交信ができなくなったはずですから』


 やはり、竜の力を駆使したこの交信も万能なものではないらしい。彼も相当の実力者だ。そうやすやすとやられたりはしないだろう。彼を信じて待つしかない。


「それじゃあ、少し早いけど僕は戻るとするよ。あんたはどうする?」


『私はあなた方と違って実際に動いているわけではありませんから、どう動くかはあなた方にお任せします。動くのであれば手伝いますし、戻るのであれば私も休憩をしましょう。無論、警戒は解きませんが』


 アレクセイへの報告は大成が戻り次第――明日でも構わないだろう。


「それじゃあ、僕らのほうはこれで終わりにするとしよう。彼と交信できるようになったらわかったりするか?」


『大丈夫です。すぐ連絡をさせていただきます』


 アースラの言葉を聞き、竜夫は街道を戻ってカルラの町へと足を傾けた。

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