第216話 血を捧げて

 狼たちと大成は互いがいた場所の中間あたりで衝突する。大成に向かってきている狼は小さな個体三体。


 大成は直剣を振るい、一番近くにいた狼に攻撃。直剣と狼の牙がぶつかり合い、狼を後ろに弾き飛ばした。


 一体目を退けたところに二体目が迫る。身体を巨大な刃に変形させて行う一撃。ギロチンのごとく巨大な刃が回転しながらこちらへと向かって飛んでくる。派手なため見誤りやすいが、実際のところこの攻撃は大振りで同時に複数迫ってきたり、姿勢を崩されたところを狙われなければ回避はそれほど難しくない。大成は冷静に回転して飛んでくる巨大な刃を引きつけたのちに軸をずらして回避。冷たい空気を切り裂きながら刃と化した狼は背後に通り抜けていく。


 二体目の隙を補うようにして、三体目が向かってくる。身体をドリルのように変化させて行う突撃。それは、先ほどの二体目が行ってきたものよりも隙が小さかった。大成はそれを直剣で軌道を逸らして受け流す。じりじりと痺れるような感覚が両手に広がった。


 大成は三体の攻撃を凌いだ後にさらに前に出る。狙うのは敵のリーダーである大きな個体。巨大な身体を持つ狼はかなりの存在感と重圧感があった。だが、その程度で止まるはずもない。恐れていてはなにもつかむことなどできやしないのだ。もとの世界にいたときも、この世界においてもそれは変わらない。


 大きな個体を守るようにして四体目の小さな個体が割って入ってくる。大成は直剣を細く長く変形させて突きを行う。伸びた直剣は狼の目玉を抉り――


 目玉を抉られた四体目は地面へと墜落し、動きが止まる。大成は直剣を収縮させ、四体目の狼を踏み越え、大きな個体を目指してさらに距離を詰めていく。


「――――」


 狼はそこで咆哮を上げた。こちらの耳をつんざく爆音があたりに響き渡ると同時に、狼のまわりに氷の刃がいくつも突き出していく。


「ちっ……」


 それを見た大成は横方向に剣を伸ばして突き刺し、それを収縮させて強制的に移動方向を変えてそれを避けた。あのまま突っ込んでいたら、生み出された氷の刃によって身体中を穴だらけにされていただろう。どうやら奴は、ただ突っ込んだりかみついたりする以外にも能があるらしい。意外と器用な奴である。


 近場の建物の壁に張りついたところに、先ほど退けた四体がこちらに迫ってくるのが見えた。大きな個体と小さな個体四体に挟まれる状態。集団での狩りに優れた狼を相手にして挟まれるのは危険であるが――


 奴らをまとめて倒すには、挟まれなければ実現は難しかった。


 それに、できることならあと一体は倒しておきたいところだ。まとめて倒しうる手段があるといっても、それは確実なものではない。であれば、できるだけ不確定要素を潰し置くべきである。


 とはいっても、この状況で一体を倒すのは非常に難儀だ。なにより敵は集団での狩りに優れた狼どもである。奴らは、人型の敵よりも遥かに機動力に優れた存在だ。ある程度のリスクを許容しなければ、この状況で一体倒すというのは難しい。


 ならば、取るべき手段は一つ。そのリスクを許容するしかない。リスクを必要以上に恐れた結果、機会を逃してしまうのが一番駄目なのだから。


 こちらを取り囲んだ四体はわずかな間を置いて――


 大成へと迫ってくる。的確にタイミングをずらしつつ、四体一斉に行われる攻撃。狼の巨大な顎が四方向から迫りくる。一斉にかみつかれれば、人間の身体など容易に四散させられてしまうだろう。


 壁に張りついていた大成は突き刺していた直剣を引き抜き――


 それを、爆発させた。その瞬間、あたりは一気に赤い霧に包まれ――


 赤い霧に襲われた狼どもの動きが止まり、ほどなくして全身を痙攣させながら爆散し、消滅。


 大成は直剣の刃を構成していた血を霧状に拡散させたのだ。霧状になり、表面積が増えたことで、狼の身体に竜を仇なす呪いの血が一気に降りかかり――


 その影響によって、即死したのだ。ブラドーの呪いの血は影響を及ぼすのに多少の時間を要するが、大量になれば即死させることも可能だ。


 しかもあの狼どもは竜の力によって生み出された存在である。ブラドーの呪いの力は、竜の力に仇なすものだ。竜の力によって生み出された存在であるあの狼どもが受ける影響は、本体が受ける影響よりも遥かに大きい。だからこそ、奴らを即死させられたのだが――


 赤い霧が晴れる。取り巻きを倒されてもなお大きな狼の戦意は健在だった。こちらに禍々しく鋭い目を向けている。


 無論、この手段には当然対価は必要だ。それは一度身体の外に出して操った血を再び変化させた場合、戻すことができずそのまま消費されてしまうことであった。


 しかし、もともと七度まで死からも復活できるほどの再生力を持つ大成にとってそのリスクは限りなく小さくできる。強力な再生力があるのだから、一度体外に出した血も即座に修復されるのだから。当然、それも再生力を消耗するが、刃を創る程度であれば大きなものではない。


 大成は自身の手に刃を伝わせて切り裂き、血を吸わせて再び直剣を創り出す。


「さて、これで一対一だ。手下がやられた程度でビビってるのか?」


 大成は狼に向かってそう言ったものの、当然のことながら狼がそれに返答することはなかった。牙をむきながら、ぎらついた目をこちらに向けているだけである。


 場合によっては、再び他の個体を呼び出す可能性もあるが――先ほどブラドーは、奴は大元から切り離されていると言っていた。であれば、いまの奴は他の個体を呼び出すことはできないはずだ。なにしろ、リソースの供給源を断たれているのだから。


 狼はぐるぐると唸り声を上げながらこちらの様子を窺っている。逃げる様子はなさそうだが――


『大砲の位置は?』


『いま狙われそうなのは一ヶ所だけだ。五時の方向。もう撃つ準備はできている。警戒しておけ』


 ブラドーの言葉を聞き、そちらに目を向けないまま大砲の位置を刻み込む。できることなら状況を視認しておきたいところだが、敵を目の前にしているいま、そんなことできるはずもなかった。狼とは一対一になったものの、遠くから狙ってくる砲兵どもが消えたわけではない。遠くから狙われている状況というのは依然として脅威である。


「…………」


 狼は黙したままこちらに鋭い目を向けていた。そのまま睨み合いが続き――


 いくばくかの時間が経過したところで――


「――――」


 狼は再び開戦の鐘を鳴らすかのように大きな咆哮を上げた。

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