第209話 果てなき延焼
必殺の魔弾を撃ち込まれた歩兵は身体の内部から引き裂かれて爆炎をまき散らしたのちに消滅する。
これで、奴らを倒したのはどれくらいになっただろうか? 燃える旧市街を闊歩する歩兵を倒したのはもうすでに二十あまり。最初に戦った隊長個体のような強力なのとは再び戦闘にはなっていないものの、終わりが見えないというのはとてつもなく負担である。早く、この街を地獄に変えた元凶を見つけ出し、倒すべきであるが――
相変わらず旧市街は燃え続け、歩兵どもはいくら倒してもどこからともなく出現してくる。そして、それらを生み出している元凶らしきものはまったく見えてこない。この旧市街は、色々な意味でまさに地獄であった。
「……くそ」
竜夫は燃え続ける旧市街の通りで吐き捨てる。
一体、この地獄を生み出した元凶はどこにいるのか? これだけ広範囲に影響を及ぼしているのだから、この旧市街のどこかにいるはずだが――
こういうとき、大成のように助言をくれる相手がいればよかったのにと思う。だが、そう思ったところで、自分に力を託して消滅した最後の竜が蘇ってくれるはずもなかった。そうである以上、一人で敵を見つけ出さなければならない。
目の前十数メートル先が、火事によって倒壊した建物によって塞がれる。倒壊した建物の燃える瓦礫は三メートルほどの高さまで積み重なっていた。
竜の力を以てすれば、三メートル程度の瓦礫は容易に飛び越えられるが――
どうする? 塞がれた道を前にして竜夫は自問する。
他に迂回できそうな道はなかった。一応、すぐ横に狭い路地があったものの、このあらゆるものが燃えている状況でそこを通るのはあまりにも危険だろう。狭い道を通ったせいで焼死してしまったらなにも意味もない。
竜夫は小さく息を吐いたのち、あたりに敵の姿がないことを確認して飛び上がった。飛び上がった竜夫は道を塞いでいた瓦礫の上を飛び越えて、そのまま着地。すぐさま動き出した。
瓦礫を飛び越えた先も、どこまでも燃えていた。果てのない地獄。ひねりのないものだが、いまの旧市街にこれほど適した表現はないように思えた。
「あっちはどうなってるのか」
燃える街を進みながら、新市街のほうに向かった大成のことを思い出した。
大成が向かった新市街はこちらとは真逆にすべてが凍結しているらしい。それほど離れていないところで真逆の事象に襲われるのは異常という他になかった。
間違いなく、すべてが凍りついているという新市街も方向性は真逆であれど、こちらと同じく地獄の様相を呈しているだろう。
竜夫の目の前に、完全に炭化した黒焦げの焼死体が目に入った。小さなものが複数個。もしかしたらこのあたりで遊んでいた子供たちかもしれない。
「……っ」
もうすでに数える気もおきなくなるほど見かけた焼死体を前に、竜夫は力強く歯を食いしばる。一切の罪もなかったのにも関わらず原型すら残らずに亡くなった名も知らぬ彼ら彼女らが目に入るたびに言いようのない怒りが湧き上がってきた。これを生み出した元凶に、それを生み出す原因となってしまった自分自身に。
なんとしても、この地獄を生み出した奴を倒さねばならない。そうしなければ、自分自身すらも許せなかった。
『そちらの状況はどうですか?』
そこで目の前に文字が浮かび上がる。アースラからの連絡だ。
「酷い状況としか言いようがない。どこもかしこも燃え尽きて原型を留めていない死体ばかりだ」
竜夫の言葉を聞き、アースラは『そうですか』と文字を浮かび上がらせる。無機質な文であるはずのにもかかわらず、そこからは悲しさのようなものが感じられた。
「そっちの状況はどうだ?」
『こちらにも火が回ってきました。崩落する危険がありましたので、いまは外に出ています』
竜夫の声に、アースラは素早く反応する。
「大丈夫なのか?」
『ええ。逃げるのと隠れるのは得意なので、いまのこところは。ですが、これだけ激しく火が回っているとどうしようもないというのが正直なところですね。いつまで耐えられるか』
浮かび上がった文字からは焦りのようなものが見えた。それも当然だろう。この大きな街のどこもかしも燃えている状態なのだ。それでいつもと変わることなく冷静でいられる人間のほうが異常だろう。
「あんただって逃げてもいいんだぞ。命を賭けてまで僕に付き合う必要なんて――」
『いえ、そういうわけにもいきません。先ほども言った通り、この地獄を生み出した原因は私にもあるのですから』
竜夫の言葉に割り込むような形で言葉が浮かび上がる。そう言われてしまうと、反論ができなかった。
「それじゃあ、少し手伝ってくれ。敵の居場所はわかるか? この状況だと、僕じゃあ敵がどこにいるか見当もつかない」
竜夫の言葉を聞き、すぐさま『わかりました』と文字を浮かべてアースラは返答する。しばらく進んだところで――
『東の方に移動する強い反応があります。確証はありませんが、そこが発生源の可能性が高い』
「わかった。とりあえずそっちに行ってみる」
竜夫の言葉を聞くと、アースラは『そちらまで案内します』と文字を浮かべて返答。その直後、視界に青い色の光点が浮かび上がる。
「ところで、子供たちとクルトのほうはどうなっている? そっちもわかるか?」
『ええ。無事のようですから、安心してください。ギャングの隠れ家にある脱出用通路らしく、かなり頑強に造られているようですね』
アースラの言葉を聞き、竜夫はひと息をついた。少なくとも、いまのところは無事であるらしい。できることなら、何事もなくこの街を脱出し、カルラまで辿り着ければいいのだが――
そう思ったところで、いまの自分にどうにかできる力などなかった。みずきたちのことは無事であると祈るしかないだろう。
『タツオ殿もこれ以上どうにもならないと判断したら、手遅れになる前にさっさと逃げてください。そのときは私もできる限りお手伝いしますので。この状況をどうにかしたいのはわかりますが、意固地になって死んでしまっては元も子もありませんから』
「……わかってるさ」
竜夫は苦々しくアースラの言葉に返した。
「新市街の様子はどうなっている?」
『そちらも無事です。彼のほうも幾度か戦闘があったみたいですが、すべて撃退しているようです。彼のほうには優秀な相棒がいるので、新市街にある強い反応がある方角へと向かっていますね。いまのところ私の案内は必要なさそうです』
「……そうか」
なにか言おうかと思ったが、いい言葉が思い浮かばなかった。恐らく、いう必要もないだろう。大成は強い。それは三度刃を交えた自分自身がよくわかっていることだ。
『どうやら、近くに敵がいるようです。気をつけてください』
アースラの文字が浮かび上がり、竜夫は足を止めた。差しかかっていたT字路の前で立ち止まり、その先を確認する。
その先に見えたのは、燃えるボロ布を身に纏った小柄な人型の存在であった。それは兵士というより、いかにも奴隷という出で立ち。そいつは、こちらに気づかずに背を向けている。
建物の上に登って移動すれば戦闘は避けられそうであったが、これだけ燃えていると崩落の危険がある。崩落に足もとを掬われて命を落としてしまってはなにも意味がなかった。できることなら、いまはやめておくのが無難だろう。
「それじゃあ、なにかあったらまた連絡する。それじゃあ」
アースラにそう言い残し、竜夫はT字路の先にいる敵に集中する。小さく深呼吸して――
T字路から飛び出し、その先にいる敵に接近。背後から刃で胸を貫き、そのまま横に引き裂いた。竜夫の刃によって引き裂かれた敵は音を立てることなく倒れ、それから消滅する。倒した。そう思ったところに――
自身の頭上から無数の火の矢が降り注ぐのが見えた。竜夫は横に飛んで火の矢を回避する。
燃える建物の上に、弓を番えている兵士が見えた。その数は少なくとも三体。矢の数から察するに、こちらからは見えないところにもっといる可能性は充分にある。
矢を回避してすぐ、横から気配を感じ、そちらに振り向く。そこにいたのは先ほど倒したのと同じようなみすぼらしい格好をした敵の姿。小柄な身体に不相応な大きな剣を担いでいる。そいつはその大きな剣を振るってきた。
竜夫はそれをバックステップして回避。わずかに掠めた燃える刀身がじりじりと皮膚を焼いていった。
どうやら、息を吐かせる暇すらも許してくれないらしい。ならば、やるしかない。
敵の姿を見定めた竜夫は、刃と銃を構え――
奴隷兵士へと向かって、飛び出していった。
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