第200話 狂い咲く炎
炎はどこまでも続いている。旧市街は見渡す限り、ありとあらゆるものが燃えていた。そこにはもうすでに雑然としながらもどこか感じられた美しさは完全に消え失せていた。
地獄。陳腐だが、そうとしか言えなかった。それくらい、ローゲリウス旧市街の惨状は痛ましい。
燃える旧市街の至るところに焼死体があった。この街を飲み込みつつある炎によって焼かれた人たちだ。それを見るたびに心が痛くなる。自分がこの街にいなければ、このような事態になることはなかったのだから。
誰か生きている人はいないだろうか? そう思いながら街を見回すが、あるのは焼死体ばかりだ。
そもそも、生きている人を見つけてどうするのか? 旧市街はどこもかしこも燃えている。避難できる場所などどこにも見当たらなかった。
生存者を見つけたら、自分たちがいたセーフハウスの地下通路を教えようと思っていたが、これだけ激しく炎が渦巻いていると、そこに辿り着けるのかどうかもわからない。
竜夫は燃える街を進んでいく。
炎はどこまでも舞い踊り、あざ笑い、狂い咲いている。それはまるで、意思を持って動いているかのよう。それくらい、この街に渦巻いている炎は異常だった。
また一つ、焼死体を見つけた。性別すらもわからないくらい焼け焦げた死体だった。小さかったので子供かもしれない。だが、ここまで焼け焦げてしまうとそれすらも判別できなかった。
年恰好や性別すらもわからなくなった焼死体を見つけるたびに、心の中に怒りが湧き上がってくる。たった三人を始末するためだけに、ここまで街を破壊し、住人を虐殺した竜たちの刺客。許せるはずもなかった。
身体が熱い。まわりにある炎のせいなのか、この惨状を引き起こした竜たちに対する怒りのせいなのか――どちらなのかよくわからなかった。恐らく、どちらもなのだろう。
しかし、燃えようが熱かろうが、足を止めるわけにはいかない。この事態を引き起こし、街を破壊して罪のない住人を虐殺した竜どもの刺客を絶対に殺す必要がある。自分たちの安全のためだけではない。これだけのことを引き起こした報いを受けさせねばならない。そうしなければ、この原因を作った自分すらも許すことができないから――
竜夫はさらに街を進んでいく。
敵らしき姿はいまだ見えない。これだけ派手なことをしているのだ。隠れるような真似なんてしないはず。どこにいる? そうしている間も街はどんどんと燃えていく。焼死体を、激しくなる炎を見るたびに竜夫の心に焦りが生まれていく。早く、この状況をなんとかしなければ。
再び焼死体を見つけた。完全に炭化した、かつて人であったことしかわからなくなった無残な死体。炭化して崩れかけたその死体は手を伸ばしているように見えた。きっと、突如街を襲ったこの荒れ狂う炎の嵐から逃げようとしていたのだろう。
「…………」
できることならば、死体など見たくなかった。だが、この事態を引き起こした一端は間違いなく自分にある。それが見るに堪えない無残なものであっても、目を背けるわけにはいかなかった。
できることならせめて弔っていきたかった、だが、いまはそんなことをしている時間も、死体を弔えるような場所もない。いまできることは――
この街をこのような地獄に変えた竜たちの刺客を倒すことだけ。そいつを始末したところで、罪もなくただ巻き込まれた人たちが生き返るはずもないことはわかっているが――わずかばかりの救いになってくれるかもしれない。それ以前に、自分自身がこのような事態を引き起こした刺客のことを許せなかった。
もっと進んでいくと、街を襲う炎はさらに強くなった。どこもかしこも煌々と輝く炎が意思を持っているかのように渦巻いている。すべてをあざ笑い、なにもかも燃やしていく炎。いまここにあるのはそればかりだ。他にあるものは、炎によって完全に炭化し、まったく判別ができなくなった死体だけ。未だに、生き残っている人の姿は見られない。死体ばかりが、ただ増えていく。
一体、敵はどこにいる? ただ街を燃やして帰っていったとは思えない。そいつはこの広い街のどこかに潜み、いまもなお火を点けているはずだ。
竜夫は足を止めて集中し、この街のどこかにあるはずの竜の力を探知してみた。
しかし、竜の力によって発生した炎が至るところで渦を巻いているのせいで、まったく判別することができなかった。もっと集中すればできるかもしれないが、そんなことをすれば自分も炎に飲まれかねない。これ以上、立ち止まるわけにはいかなかった。
竜夫は再び歩き始める。
じりじりと皮膚が痛んだ。まわりにある炎のせいで、皮膚を徐々に焼かれているのだろう。いまのところはまだ大丈夫だが、長くとどまっていると無視できるものではなくなるかもしれない。早くなんとかしなければならない。竜夫はそれを強く実感した。
炎はさらに強くなる。これだけ強く、激しく燃えているのに街は静寂に包まれていた。それがさらに異常さを引き立てる。ここはもはや街ではない。炎熱が渦巻く地獄そのものだ。
建物の上に登って高い場所から街の様子を確認してみるかと思ったが、本来耐火性能に優れているはずの石造りの建物すら燃えている状況だ。そんな場所に降り立つのは危険すぎる。そう判断し、竜夫は建物の上に登ることを諦めた。
角を折れる。
その先に――
まわりにある炎と同じ色をした燃える甲冑を纏った兵士の姿が目に入る。長槍を携えた巨躯の歩兵。そいつは即座にこちらに気づき、振り向く。
それは人の形をしているが、明らかに人ではないとわかる存在であった。ただの歩兵が、この燃える街の中で平然としているはずもない。こいつは、間違いなく――
ローゲリウスの街を地獄へと変えた存在だ。そう判断した竜夫は、刃と銃を創り出した。
「…………」
燃える歩兵も持っていた長槍を構える。言葉を語らず、不気味な兜にすっぽりと覆われたその顔はなにもかもが見えてこない。まわりを支配する炎と同じく、異様なほど静かであった。
「…………」
槍を構えた歩兵が左手を上げた。すると、そいつのまわりから浮き上がるように別の兵士が姿を現した。槍を携えた燃える甲冑を身に纏った歩兵五体。そいつらを呼び出した歩兵よりもひと回りほど体格が小さかった。
他の兵を呼んだということは、奴は指揮官なのだろうか? いや、前線にいるのだから隊長というのが正確かもしれない。となると――
こいつのような兵士がいくつもいることになる。これだけ大規模に燃えているのだから、こいつとこいつが従えている兵だけしかいないということはないはずだ。
五体の歩兵は槍を構える。囲まれてはいないものの、戦闘は避けられそうにもなかった。敵の全貌がわからない以上。ここで戦闘を避けたところでどうにかなるわけでもない。
全身を強固に守る甲冑の隙間から歩兵の赤い瞳が見えた。それは渦巻く炎と同じく静かに輝いている。
敵の数は六。奴らの強さがどれほどなのかは不明だが、仮にそこまでの力がなかったとしても六対一という状況は誰の目から見ても不利なのは明らかだ。
しかし、それでもやるしかない。それができなければ、こちらがやられてしまうだけだ。奴らすらも打ち払えないのであれば、無残に焼かれてしまった人たちを満足に弔うことすらできないのだから――
前に進め。いま自分にできることはそれしかない。竜夫は心の中でそう自分に言い聞かせた。
竜夫は刃と銃を握る力を一瞬だけ強め――
六体の歩兵たちに向かって踏み出した。
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