第199話 究極の二択

「起きろ」


 そんな言葉が聞こえてきて、竜夫は目を覚ました。そこにいたのは大成とアースラ。どうかしたのか、と言おうとして、彼ら二人がただならぬ雰囲気を身に纏っていることにきづき、竜夫は「なにか起こったのか?」と問いかけた。


「街が燃えている。それもとんでもなく大規模に。間違いなく――」


「僕たちを始末する追手が来た……ってことか?」


 竜夫の言葉に大成は「ああ」と短く返答する。


「……随分と早いな。もう向こうは準備万端ってわけか」


「そのようだ。俺たちを休ませるつもりなど毛頭ないらしい。本当に嫌になるぜ」


 忌々しい、と吐き捨てるような調子で言う大成。竜夫もまったく同じ気持ちであった。


「どういう状況なんだ?」


 竜夫の問いかけに対し、大成は首を横に振って「まだ詳しいことはわからん」と返答。


「だが、炎を纏った兵隊が街を闊歩して、そいつらがあたりを見境なく燃やし回っているらしい。それに――」


 大成はそこで一度言葉を切り――


「新市街のほうでは、逆に冷気を纏った兵隊が闊歩して、無差別に街を凍りつかせているって話だ」


 その言葉を聞き、竜夫は驚愕する。


「僕たちをおびき出すために、街を無差別に攻撃してるってことか?」


「残念だが、そうらしいな。奴らはどうやら、この大都市を潰してでも俺たちを始末するつもりのようだ」


「ここは大丈夫なのか?」


 ここにはみずきや、クルトが連れてきた子供たちがいる。自分や大成、アースラならなんとかできるかもしれないが、彼女たちは違う。なにより――


「いまのところはな。だが、ここまで被害が及ぶのは時間の問題だろう。すぐにでも動き出したほうがいい」


 大成がそう言ったところで、アースラとクルトがみずきと子供たちを連れて居間へと入ってくる。


「なんだか、とんでもないことになっているようだな」


 そう言ったクルトの口調は落ち着いているように聞こえたが、その裏には明らかな動揺が見て取れた。連れてきた子供たちを不安にさせないように精一杯冷静であろうとしているのだろう。


「ああ、このままじゃまずい。あんたらは子供たちを連れて、さっさと逃げてくれ」


「とはいっても、この状況で外に出るのも危険ではありませんか? 確かに、ここに留まっているよりはいいかもしれませんが――」


 大成の言葉にアースラが割り込む。確かに彼の言う通りだ。ここにいるのは危険だが、街中が燃えているのなら、そこを進んで逃げるのも同様に危険である。


「それなら問題ない。ここには確か脱出用の地下通路がある。これだけいると少し手狭だが、通ることはできるだろう」


「そんなものが?」


 竜夫はまわりを見渡す。少なくとも居間にはそんなものがあるようには思えなかった。


「なにぶん、職が職なんで念のためにな。使うことなんてないと思っていたが、わからんもんだ」


 クルトはそう言ってあきれるような調子で息を吐いた。


「それはどこに続いているんだ?」


 大成がすかさず問いかける。


「旧市街の外れだ。西の方に続いているはず。どこから燃えているのかはわからんが、中心部よりは安全だろう」


「ここを脱出したらどちらに?」


「……そうだな。いまの俺がアテにできそうなのは――カルラだな。歩いていくのは少し遠いいが、事態が事態だ。仕方ない。あそこにはウィリアムたちがいるはずだ。あいつなら、信用できる」


 それならあんたも心配ないだろ? とクルトは竜夫に問いかけた。


「……ああ」


 竜夫は同感した。彼らと一緒にいたのは短い期間であったが、お互い背中を預け合った間柄だ。彼らならば信用できる。


「ところで、あんたらはどうするつもりだ?」


 クルトはそう言って竜夫たちに目を向けた。


「奴らが狙っているのは僕らだ。僕らがあんたらと一緒に逃げれば、そっちにまで危険が及ぶ。それじゃあ、意味がない」


 竜夫の言葉に大成とアースラは頷いた。


「その通りだ。この街にこんな事態を招いたのは間違いなく俺たちの責任だからな。そうである以上、逃げるわけにはいかない。少なくとも、いまはまだ」


「なにより、逃げたところで脅威を排除できるわけではありませんからね。私たちが逃げれば、今度は逃げた先がこのローゲリウスと同じことになるかもしれませんから。逃げるのは、最終手段です」


「……それで、いいのか?」


 クルトは重苦しい表情をして三人を見つめ、言葉を返してくる。


「いいさ。仕方ない。なるようになるさ」


 クルトの言葉に竜夫はそう返答し、他の二人も頷いて同意する。


「……そうか。あんたらの意思は硬そうだ。俺にそれをどうにかできそうもないし、そもそもそんなことをしている時間もない」


 少しだけ残念そうな表情を見せてそう言ったのち、クルトは子供たちに向かって「話は訊いていたな。逃げるぞ」と号令をかけた。


「あんたもだ。俺が先導するから、あんたは一番後ろにいてくれ。本当ならあんたに任せるべきじゃあないとは思うが――」


 クルトはみずきに向かって言う。


「いえ、大丈夫です。クルトさん以外の大人は、わたしだけですから」


 少しだけ間を置いて、みずきはクルトの言葉に答えた。彼女のその言葉からは、小さな強さが感じられた。


 クルトの言葉に答えたみずきはこちらに向き――


「絶対に、無事に戻ってきてください。待ってますから」


 みずきは竜夫を注視し、先ほどよりも強く言う。


「……わかってる。そっちも、気をつけて」


 竜夫がそう言ったあと、クルトが「じゃあ、俺についてきてくれ」と言い、みずきと子供たちを促した。彼らはぞろぞろと台所のほうへと向かっていく。クルトたちの姿が居間から見えなくなったところで――


「あんたも残るのか?」


 大成がアースラに問いかけた。


「ええ。私も、あなた方と同じく、この街がこのようなことになってしまった原因の一つでしょうから。それに、予想外の事態が起こって、あなたたちも逃げざるを得なくなったとき、多少の時間を稼ぐことができますからね。それとも、私の力は不要ですか?」


「……いや、そういうわけじゃない。逃げざるを得なくなったとき、あんたが手助けしてくれるのなら助かるのは間違いない。だが――」


 大成はアースラに目を向ける。


「どうにも、いまにも死にそうな顔色をしているあんたをコキつかうのはどうも気が進まなくてな」


「絶対に大丈夫――と言い切ることはできませんが、耐えてみえます。それがいまの私の使命でもありますからね。ここで倒れるわけにはいかない。そのくらいの根性はあるつもりです」


 いまにも死んでもおかしくない顔色とは裏腹に、その言葉はどこまでも力強い。とてつもない執念や強固な決意が感じられる。


「……俺もあんたをどうにかすることは無理そうだ。その時間もない。やってくれるのなら存分にやってもらうとしよう。俺には、他に頼れるものなんてなにもないからな」


 大成の言葉を聞き、アースラも「私もです」と軽い口調で返答する。


「じゃあ、あんたは後方で僕らの支援をしてくれ。無理はしなくていい。やばいと思ったら、先に逃げても構わない」


 竜夫の言葉にアースラは頷く。


「僕たちも行こう。あんたは大丈夫か?」


「問題ない。疲弊した状態で戦うのは慣れてるからな。そっちこそどうなんだ?」


「万全とは言い難いが、やるしかない。そういう状況で戦うのは、この異世界に来てから嫌というほどやってきている」


 状況がどうであろうと、やるしかない。それしか、いまの自分たちにできることなどないのだから。


「それじゃあ、俺は凍りついている新市街のほうに行ってみよう。あんたは燃えてる旧市街を頼んだ」


 それじゃあ行こうか、と大成はこちらを促した。


「二人ともご武運を」


 死地へと歩き出す二人にアースラが優雅に一礼する。それを一瞥したのち――


 二人は死地と化したローゲリウスの街へと出ていった。

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