第185話 嫌なもの

 こちらよりも先んじて動き出した彼を竜夫は待ち受けた。こちらへと向かてくる彼の動きに合わせ、竜夫は一歩前に踏み込み、赤い直剣による攻撃を防御。


 彼の攻撃を防いだ竜夫はそのままもう一歩前に出て、追撃。両手で持った刃を振るう。


 だが、竜夫の攻撃は空を斬る。彼は後ろへとステップし、竜夫が放った斬撃を華麗に回避。わずかにこちらの間合いの外へ。


 後ろへとステップしてこちらの攻撃を回避した彼はすぐさま攻撃に転じ、今度は距離を詰めてきた。禍々しき光を放つ赤い直剣が不気味な軌跡を描きながら竜夫の命を刈り取るべく襲いかかってくる。


 竜夫は一歩後ろへと引いてその攻撃を冷静に対処。引いて回避すると同時に刃を片手に持ち替え、左手に銃を創り出しそれを放つ。


 こちらが行った突然の銃撃に対しても彼は冷静であった。こちらが銃を織り交ぜて攻撃を行ってくるのを読んでいたのだろう。自分の攻撃を回避された彼は身体をわずかにずらして放たれた銃弾を紙一重で回避。その動きは、敵ながら見事と言わざるを得ないものであった。


 銃弾を回避した彼は持っている赤い直剣を針のように細く長く変形させ攻撃を行ってきた。とてつもなく速い一撃であったものの、その動きは直線的であったため、竜の力を得て人智を超えた反応速度を持つ竜夫にとって回避は容易だ。翻るようにして身体を半身にずらしこちらを刺し穿つべく迫ってきた赤い直剣を避ける。距離を詰め、攻撃を仕掛けようとするが――


 背後から音が聞こえてきて、竜夫の追撃は中断された。先ほど回避したはずの、伸ばされた赤い直剣の切っ先が反転して再びこちらに襲いかかってきたのだ。


「ち……」


 竜夫は大きく横に飛んでそれをなんとか回避したものの距離が開き、追撃を行うことができなくなる。彼も伸ばした赤い直剣を収縮させてもとの形状に戻した。再び、睨み合う状態へとなる。


 あの赤い直剣は脅威だ。あの直剣にはわずかに触れただけでこちらに対し決して無視できない力が作用してくる。連続戦闘に加え、彼の血を浴びて弱体化しているいまの自分にとっては致命打にもなり得るだろう。


 そこで思い出したのは先ほどのローレンスの状態。全身から大量に出血し、生きたまま身体の内部から引き裂かれていた奴は、彼の力が大きく作用した結果だろう。彼との戦闘が続き、攻撃を受け続ければ、自分もローレンスのような状態になってしまうことは容易に想像がついた。もしかしたら自分もああなるかもしれないというのを見させられるのは非常に厄介だ。嫌でも頭を過ぎるそれは嫌な未来を想像させ、こちらの動きを鈍らせてくる。


 そして、動きが鈍った結果、致命傷となり得る攻撃を受けてしまうかもしれない。なにしろこちらは彼と違って死から復活できるわけではないのだ。心臓を刺されば、頭部を潰されれば、大量に出血すれば死に、それで終わってしまう。


 わずかでも当たれば影響を及ぼしてくる力というのは本当に嫌な力だ。ただそれだけ相当なプレッシャーをかけられてしまうのだから。プレッシャーによって消極的になって戦いが長期化すれば、不利なのは消耗しているこちらのほうだ。体力勝負になればこちらと比べて消耗の度合いが小さいうえに死からも復活できる彼のほうに軍配が上がるのは必然である。


 長期戦を避けるのであれば、プレッシャーに負けずに積極的に攻めていくよりほかにないが――


 とはいっても、玉砕覚悟で前に出ていくのは愚策だ。向こうも強いのだから、無策で前に出ていったからといってどうにかなってくれるわけではない。長期戦を嫌がって無謀な攻めを行った結果やられてしまったら元も子もないだろう。


 竜夫の背中に嫌な汗が滲む。彼とのにらみ合いを続けながら、竜夫はこの状況を打開しうる策を思案する。


 逃げるのは難しい。煙玉をばら撒いて、この場から逃亡することは恐らく可能だろう。だが、それができたとしてもその場を凌げるだけだ。彼がなんらかの方法でこちらを捕捉している以上、逃げ切ることは難しいだろう。自分一人なら彼がこちらを捕捉できなくなるまで逃げ続けてもいいが、みずきがいる以上、そんなことをするわけにはいかない。逃げ続けるというのは相当の負担になる。彼女の負担になることはできる限りしたくない。却下だ。


 となるとやはり、彼もローレンスと同じく倒すよりほかにない。


 しかし、死からも復活できる彼をどうすれば倒せるのか? こちらの攻撃を回避している以上、死からも復活できる回数に限りがあるのは間違いないが――それがどれくらいなのかはこちらにはまったくわからない。わからないというのは本当にくせ者だ。彼が復活できるのはあと一回かもしれないし、もしかしたら何十回とある可能性もゼロとは言い切れないのだから。


 死ぬまで何度でも殺せればいいが、いま目の前にいる彼は強い。一度だって殺すのも難しいのだ。そんな相手を何度も殺すというのは、どこまでも続く苦難に満ちた果てしない道である。そんな苦行を行えるだけの余裕がいまの自分にあるか?


 しかし、こちらには彼の再生能力を妨害する力などない以上、彼を撃退するには、彼が死ぬまで何度も殺すしか他に道はない。


 結局はいつも同じだ。できなければ終わるのは自分。ただそれだけ。どこまでもシンプルだ。


 竜夫は、彼にもう一度目を向ける。


 見た限り、彼がこちらよりも余裕があるのは間違いなかった。


 竜夫はそこで、アースラがこちらの援護をしてくれるだろうかと考える。だが、アースラと彼がローレンスを倒すために取引をした以上、奴がこちらに有利になることをしてくれるとは思えなかった。無論、アースラが彼との約束を反故にする可能性は充分にあるが、来るかどうかわからないそれに期待するべきではないだろう。


 この異世界に来てから、難しいことばかりしているような気がする。よくもまあここまで自分に襲いかかってきた困難を乗り越えられたものだ。何故そんなことができたのか自分でも不思議でならない。


 ここさえ、彼さえ打ち破ることができさえすれば、しばらくは余裕ができるはずだ。みずきに負担をかけないで済むだろう。


 であれば、なんとしても彼を打ち破るしかない。彼女を、そして自分自身がもとの世界に戻る手段を見つけるために。


 彼の能力になにか穴はないだろうか? 竜夫はそれを考えた。


 彼はどういうわけか二つの能力を持っている。


 一つは、死亡からも復活できる再生能力。もう一つは、こちらを弱体化させ、ローレンスをあのような無残な状態させた力――


 再生能力に関しては、こちらに干渉できる力はない。なにか阻害できるものがあったとしても、いまこの場に都合よくあるとも思えなかった。


 もう一つ。ローレンスを殺し、こちらを弱体化させている彼の血の力。当然のことながらこれも、こちらにはその力を阻害するものはない。血液を分解できるなにかを作れるのならばどうにかできるかもしれないが、自分の能力ではそんなものは創ることは不可能だ。こちらが創れるのは武器だけだ。薬品だの毒物などは専門外である。

 やはり、敵の能力の穴を突くというのはできなさそうだ。である以上、真っ向から強敵である彼をあと何度か殺さなければならない。


 笑いたくなるくらい追い詰められた状況だ。恐らく、ローレンスとの戦いがなかったとしても相当厳しかっただろう。


 しかし、やるしかない。やらなければ、できなければ自分とみずきの未来が閉ざされてしまうのだから。


 竜夫は左手に持っていた銃を消し、刃を両手に持ち替えて――


 立ちはだかる彼を打ち破るために動き出した。

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