第184話 三度目の決闘

 六歩ほどの距離を保ったまま、ケルビンはヒムロタツオと睨み合う。


 見た限り、ヒムロタツオは自分以上に消耗しているように見える。それも当然だろう。彼は自分だけではなく、一人で遠くから無数の他人を操るローレンスとの連続戦闘を潜り抜けてきたのだから。こちらも幾度の戦闘で消耗しているものの、客観的に見て、有利なのは間違いなくこちらであろう。


 だが、油断はできない。敵が手負いのときこそ十全の注意が必要だ。それが、ヒムロタツオほどの強者であればなおさらである。


 ヒムロタツオが動き出すのは見えた。ケルビンはそれを待ち受ける。彼は一瞬で自身の間合いに入り込んできた。右手に持つ武骨な刃を振るう。


 ケルビンはそれを自身が持つ赤い直剣で受けて防御。どこか寂れたように見える誰もいない礼拝堂の中に甲高い音が響き渡った。


 刃での攻撃をケルビンに防がれたヒムロタツオは左手に持った銃を構えた。ケルビンの身体に銃口が向けられ、引き金が引かれる。


 しかし、ケルビンは揺るがない。銃身を押しつけるようにして打ち払い、向けられた銃口を自身の身体から逸らした。銃口が逸らされ、放たれた銃弾は地面を穿つ。


 銃弾を逸らしたケルビンは反撃に転ずる。手に持った赤い直剣を振るう。それは音もなく赤い軌跡を描きながらヒムロタツオの身体へと向かっていく。


 銃弾を防がれてもヒムロタツオは冷静だった。彼はケルビンの斬撃を後ろに飛んで回避しつつ、再び銃弾を放ってくる。音速を超える弾丸がケルビンへと迫ってきた。ケルビンは放たれた弾丸を赤い直剣で弾いて防ぎ、距離を取ったヒムロタツオを追撃。再び赤い直剣を振るう。


 距離を取ったヒムロタツオは左手に持っていた銃を消し、武骨な刃を両手に持ち替えた。彼はケルビンの赤い直剣に振るい当て防御。ケルビンの攻撃を防いだ直後に刃を振るう。


 ケルビンはそれを後ろに飛んで回避。再び距離が離れる。五歩ほどの距離。お互い、一瞬で詰めることができる間合いとしては心許ない距離を保ったまま睨み合う。


「…………」


 やはり、ヒムロタツオは強敵だ。自分以上に消耗しているはずなのに、付け入る隙がなかなか見いだせない。恐らく、彼に影響を及ぼしている呪いは消えてないはずであるが、まったくその動きには翳りがないように思えた。呪いの影響を受けながら戦ってきたことで、それに慣れてきたのだろうか?


『奴に影響している呪いの状況はどうなっている?』


 ケルビンは自身の相棒たるブラドーに問いかけた。


『若干ではあるが、弱まっているようだな。それなりの時間に影響され続けたことで、身体が慣れてきたのだろう。その適応能力はさすがだと言える。あまりよくない状況だな』


 ブラドーの言葉を聞き、ケルビンは嫌な汗が滲んできた。


 いつも冷静なブラドーがいまの状況を分析し、あまりよくないと断じたとなると、このままだとこちらの優勢が崩されていく可能性がある。


 そうなってくると、ヒムロタツオを押し返す手段が必要だ。ローレンスを相手にしたときのように、直剣を構成している血をすべて解放するべきか? うまくいけば、ローレンスのように致命打を与えられるが――


 だが、ヒムロタツオがローレンスと同じようにそれを食らってくれるかが難点だ。他人の身体を自分のものとして操っていたローレンスは、自身の身を守ることを軽視していた。だからこそローレンスはケルビンの血の霧をまともに受けてくれたのである。


 しかし、ヒムロタツオはそうではない。彼はローレンスのように他人の身体を操っているわけではない。自分の身を守ることは徹底しているはずだ。そうである以上、ローレンスのように食らってくれるという保証はない。


 それに、うまくいかなければ血を消費することになる。一度解放した血は、回収することが不可能だ。そうなると、まとまった量の血を補充するためには、また命を消費する必要が出てきてしまう。


 ケルビンに残されている命はあと三つ。普通、命は一つしかないのだから充分すぎる数ではあると思えるが――


 ケルビンはすでに、ヒムロタツオとの戦いで命を三つ消費しているのだ。一つは二度目の奇襲のために。一つは血を補充するために自身の手によって。もう一つは純粋にヒムロタツオの実力によって。


 純粋な戦闘能力は、ヒムロタツオのほうが上だ。いままでのことを考えれば、それは認めざるを得ない。もし、連続戦闘の疲弊や呪いの影響がなかったらどうなっていただろう? それはあまり考えたくないことであった。


『いまの状況を、ブラドーはどう分析する?』


『お前が有利なことに変わりないが――手負いの獣というのはときにこちらの想像を超える力を発揮するからな。追い詰められた奴が発揮したその力で、こちらがやられる可能性は十二分にあり得る。油断はするな。賭けに出るな。手堅く行け。下手に賭けに出ると裏目に出る可能性があるからな』


 確かにブラドーの言う通りだ。なかなか倒せないからといってしびれを切らして下手を打ってしまったのなら、こちらがやられかねない。状況的にこちらが有利なのは間違いないのだ。長期戦に持ち込んでもいい。疲弊しているあちらとしては、長期戦に持ち込まれるのが一番嫌なはずだ。


 とはいっても、ヒムロタツオほどの実力を持つ相手に長期戦に持ち込むのはこちらにとっても危険である。戦いが長引けば長引くほど、奴の刃や銃がこちらを貫く機会が増えるのだから。


 どうする? ケルビンはヒムロタツオに目線を向けたまま思案する。


『ローレンスのときのように、血を解放するのはどうだ?』


『確実に仕留められる状況であればいいが、それ以外で使うのは少々危険だな。即座に発動できるわけではない以上、失敗すればこちらの優位がなくなりかねない』


『……そうか』


 ブラドーの意見が、先ほど自身が下した判断と同じであることを聞き、ケルビンはわずかに落胆した。


『まあ、相打ち覚悟で行くのもいいだろう。あと三つ残っているからな。その判断はお前に任せる』


 確実に仕留められる状況。ヒムロタツオを相手にしてそんなものが来るのだろうか? 恐らく、ただ待っているだけでそれは訪れないだろう。


 ならば、自分でそれをつかみ取るしかない。結局、やることに変わりはなかった。


 こちらが有利である以上、一発逆転を狙う必要は一切ない。こちらが持つ直剣で身体を切りつければ、それだけでも呪いはヒムロタツオを蝕んでいく。向こうも、こちらから受ける呪いが強力なものであることはわかっているはずだ。消耗している状況で、それはかなりの重圧になるのは間違いない。


「本当に、難しいものだ」


 そんな言葉がケルビンの口から漏れる。


 だが、そんな弱音を吐いたところで、これをやらねばならないことに変わりはない。


 やるしかないのだ。自分の大切なものを守るために。


 ケルビンは直剣を構え直し――


 ヒムロタツオに先んじて動き出した。

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