第178話 呪いと炎

 ローレンスによって放たれた炎は地面を伝いながら、通り抜けた場所に溶岩だまりを生み出しながらケルビンを焼き尽くすべく接近してくる。


 ケルビンは接近してくる炎を横に飛んで回避。すぐさま溶岩だまりの横を駆け抜け、ローレンスへと近づく。ローレンスを自らが持つ直剣の間合いで捉え、それを振るう。


 ローレンスは一切顔色を変えることなく、ケルビンが振るった直剣を燃える刀身を持つ曲剣で防いだ。燃えさかる曲剣から火の粉が飛び、猛烈な熱が伝わってくる。


 何事もなくケルビンの攻撃を防いだローレンスは手を発火させて、炎を放ってきた。それは放射状の武骨な炎。単純であるが、火力は強力であった。ケルビンは後ろへと飛び、放たれた炎を避ける。当然、炎が放たれた地面には溶岩だまりが作られていた。炎自体を防いでも、炎が放たれた場所に残る溶岩がある以上、ローレンスの炎を防御するのは悪手だ。炎自体は防げても、足もとに生み出される溶岩によって足もとから焼かれてしまうだろう。


 やはり、やりづらい能力だ。特に炎を放った場所の地面に溶岩だまりが作られてしまうのが非常に厄介である。攻撃と同時にこちらの動きを制限されてしまうと、反撃の糸口もなかなかつかめない。


 自分の能力であれば、地面に残る溶岩に焼かれることを覚悟して、反撃するという手段を取ることは可能だ。恐らく向こうは、こちらが死からも復活できることは知らないはずである。しかし、このあとヒムロタツオとの戦闘が控えているうえに、ここにいるローレンスを倒せたとしても、奴本体を倒せるわけではない。


「どうした? 随分と消極的だな」


 ローレンスは挑発的な言葉を放ってくる。


「あんたみたいに自分に被害が及ばない場から戦ってるわけじゃないんだ。それなりに慎重にもなる。こっちは不死身じゃないんでね」


「ほう、道化がなかなか面白いことを言うじゃないか。貴様のような道化にも皮肉を言うことができるわけか。意外にも頭が回るんだな」


 そんな言葉を言い放ったローレンスは余裕そのものだ。恐らく奴には、こちらの呪いによる影響は少なからずあるはずだが――


 やはり、まだ影響が小さいのか? ケルビンはローレンスを見る。その見た目からは、呪いの影響は見えてこない。奴をさらに弱体化させるためには、もっと血を浴びせるか、自身の血を固めて作ったこの直剣による攻撃を当てなければならないか。


 攻防一体の脳力を持つローレンスに対し、接近戦を仕掛けて攻撃を当てるのは非常に難しい。なんとか、もっと奴の力を削りたいところではある。


 はっきり言って、こちらは遠距離での攻撃手段が乏しい。できなくはないが、血を消費する必要がある。そして、血を消費するということは自らの命を削ることに等しい。いまは、あとのことを考えなければならない状況だ。無闇に使って浪費するのはいただけない。


『ブラドー』


 ケルビンは相棒に話しかける。


『いま俺が突けそうな弱点は奴にあるか?』


『残念だがない。見ての通り奴の能力は炎を操るという単純なものだ。単純であるがゆえに、わかりやすい弱点はない』


 この状況であってもブラドーの言葉はどこまでも冷静だ。敵のことも、こちらのことも極めて客観的に分析している。それは非常に頼りになるのは間違いない。だが、先が見えない状況で、率直に真実だけを告げられるのもなかなかつらいところでもある。


『いま奴の呪いの影響はどれくらいだ?』


 奴が操っている人たちに対して含ませた呪いの血の力は間違いなく影響を及ぼしているはずである。


『無視できるほど小さくはないが、いまの状態のままでは、奴の優勢を覆すほどではないというところか。奴も自分に影響を及ぼしている力のことを把握しているしな。俺の呪いは影響を及ぼすまである程度の時間を要する以上、不意を打ってこそ真価を発揮する。戦っている最中に影響を及ぼしたのなら結果は違ったかもしれんが』


 その言葉が響いた直後、ローレンスが距離を詰めてきた。接近したローレンスは燃えさかる曲剣を振るう。ケルビンは直剣でその攻撃を防御。火の粉が飛び散り、ケルビンの身体に降りかかる。飛び散る火の粉は小さなものではあるが、小さなものであっても燃えさかる炎の熱さが変わるわけではない。ほんのわずかずつではあるが、確実にこちらを削っていく。いまはまだ無視できるが、戦いが長引けばどうなるかは不明だ。


 ローレンスは燃えさかる曲剣を振るった勢いのまま飛び上がり、回転するようにしてそれを叩きつけてくる。振り下ろしてきた燃えさかる曲剣に、自身が持つ直剣を当ててその一撃を防いだ。


 燃えさかる曲剣を防いだ直後、曲剣の刀身から煮えたぎる溶岩が流れ落ちてくるのが見えて、ケルビンはすぐさま背後へと飛び、離脱。しかし、完全に避けることはできず、煮えたぎる溶岩が身体を掠めた。正真正銘の、焼けるような痛み。


 くそ。やはりその場所に残る攻撃というのは非常に厄介だ。どうにか、これに対抗できる手段はないものか――


 そこまで考えたところで、ケルビンは気づいた。


 いま自分が行っているのはローレンスの邪魔である。奴を妨害して、奴が狙っているヒムロタツオに奴を倒させるのが目的だ。


 そうである以上、自分がローレンスに勝つ必要はまったくない。こちらは奴を充分に弱体化させられればそれでいいのだ。


 できることなら、先ほどと同じように奴がどこかから操っている人々に呪いの血を流し込めればいいが――ローレンスが本腰を入れてこちらに襲いかかっている以上、背を向けて逃げるのは非常に危険である。最悪の場合、逃げるのに失敗して、こちらがやられてしまう可能性もあるだろう。


『ヒムロタツオはいまどうしている?』


『どうやら、ローレンスの手下と戦っているようだ。なんとか奴を撒くことができれば、あの男との約束を破ってヒムロタツオを背後から殺すという手段も取れるが』


『いや、やめておこう。裏切るのは別に構わないが、いまローレンスを撒くことができるとは思えない。それに――』


 ケルビンはそこで言葉を切った。


『正直な話、自分は安全なところから他人を操って、その命をゴミのように扱い、消費している奴が我慢ならない。奴のようなのを生かしていくことが正しいとは思えないからな』


『奇遇だな。俺もだ』


 珍しく、ブラドーは楽しそうな声を響かせる。


『お前も思い出したと思うが、いまの俺たちは、ここにいるローレンスが操っている人間を倒す必要はない。ヒムロタツオが無事ローレンスを殺してくれるように、奴を弱体化させられればいい。まあ、奴を殺せば、それだけ奴に波及する呪いの力は強くなるがね』


 奴を殺せなくとも、充分な邪魔ができればよし。殺せればそれはそれで、それだけ影響が強くなってそれもまたよし。


『操られている人は竜もなにも関係ない人なんだろう? それなら、できれば殺さないようにしたいところだな』


『それならいい手段がある。こんなのはどうだ?』


 ブラドーはそう言って提案をする。


『確かにそれはいいな。奴もこっちの血が力の正体であることはわかっているだろうし。少し血を消耗するのが厄介だが――奴を相手にしてこちらがなにも失わずにいるのは難しいし、必要経費か』


 ケルビンはブラドーにそう言葉を返し、直剣を両手に構え直して――


 溶岩だまりを避けて、ローレンスへと突進。そのまま刺突を放ち――


 あたりは赤い霧に包まれた。

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