第165話 不思議な力の使いかた

「あの……どうすればあの力って使えるようになるんですか?」


 みずきは半歩前を歩くアースラにそう質問をした。


 確かに不思議な力を使ったという実感はある。だが、自身の身を守るために無我夢中だったので、どうやったのかいまいちつかめていなかった。本当に、あの力を再び使うことができるのか? できるのなら、多少は自分の身を守ることができると思うけれど――


 考えてみたけれど、よくわからなかった。現代日本の住人である自分に不思議な力などあったことはないのだ。わかるほうがおかしいのであるが――


「そうですね――」


 アースラは足を止め、こちらを振り向いた。それから少しだけあたりを見回し、「ここなら大丈夫でしょう」と告げる。


「そうですね。まずは集中し、自分の内側を見つめ直してみてください」


 アースラにそう言われ、みずきは目をつぶり集中する。


「自分の内側に、なにかあるような感触がありませんか? その『なにか』を押す、あるいは引くようにしてみてください」


 言われるままに、みずきは集中し、自身の内側にあるはずの『なにか』を探ってみる。


 外から入ってくる情報を極力遮断し、何秒か自身の内側を探ってみる。すると――

 その中に、『なにか』があるような感覚が感じられた。それは、人間には存在しないはずのもの。言うなれば第三の目や三本目の腕のようなものに思えた。


 その『なにか』を、アースラに言われた通り、押してみる。ゆっくりと、丁寧に。自分の中でなにかが嵌まるような音が感じられた。


「私が覗き見た限りでは、あなたの力は外に放つもののようです。腕を構えて、それを飛ばすようにしてみるといいでしょう」


「……はい」


 みずきはそう答え、腕を前に突き出した。


 自分の身体のどこかから、腕に向かってなにかに力が流れ込んでくる。それを慎重に、外へと放つようなイメージをしながら――


 それを放った。


 人間にはないはずのエネルギーが、手から放たれた感覚があった。目を開き、その力を放ったほうを見ると――


 しかし、そこにはなにもなかった。


「失敗?」


 確かに、なにかを放った感覚はあったが――


「いえ、失敗ではありません。あなたがいま手から放ったほうに近づいてみてください」


 そう言われ、みずきはアースラが指した方向へと足を傾ける。


 ……やっぱり、なにもない。やっぱり、自分には不思議な力などないのではないかという落胆が襲いかかってくる。


「あなたの力は目に見えやすい破壊やわかりやすい攻撃を行うものではありません。ここを見てください」


 アースラに言われたところに目を凝らしてみる。やはり、なにかあるようには見えない。


 だが、アースラが出まかせを言っているとも思えなかった。先ほど手から『なにか』を放ったあたりを触れてみると――


「針?」


 いましがた自分が放った壁のところに、細い針のようなものが突き刺さっていることに気づく。こんな細い針が硬い石造りの壁にしっかりと突き刺さるとは思えなかった。


「針を放つのが、私の力――なんですか?」


 硬い石造りの壁に突き刺さったとしても、こんな細くて小さい針で人間を傷つけられるとは思えなかった。


「ええ。そうです。先ほども言いましたが、あなたの力は破壊をもたらすような力ではありません。私と合流する前に撃退した相手も傷つけたわけではなかったでしょう? そうですね、あなたの力は――自分以外の存在を操る力です」


「操る、力」


 みずきはアースラに言われた言葉を繰り返して、かみ締めた。


「ええ、そうです。あなたの力はなにかを操作することに特化した能力です。先ほど撃退した相手が動かなくなったのは、あなたが使用した能力によって、操作されたためです。それは恐らく、自分に迫ってきた相手をどうにかしようと思っていた結果ですが、本来であれば、自身の思うままに操れることも可能です」


「そんなすごい力が、私に?」


 言われてもまったく実感がなかった。


 しかし、現に自分はあのとき、迫ってきた相手を動かなくしたのは間違いなく事実である。確かにあのとき、自分は迫ってくる相手に、動かないでほしいとか、思っていた――かもしれない。無我夢中で覚えていないけれど、この力が自分以外のものを操る力なのだとしたら、そうなってもおかしくはないと思う。


 そこまで考えたところで――


 気づく。


 先日、自身を襲った不思議な現象のことを。家の中にあった家具やらなにかが勝手に動き出したあれは、もしかして――


 そう思い、それをアースラに告げてみる。


「ええ。それは恐らく、なにかの拍子でいま使った力が暴発したか、もしくは無意識的に使ってしまった結果でしょう。あなたのように竜石を身体に埋め込んで竜の力を手に入れた人間にはそういった現象が起こるというのを耳にしたことがあります」


 みずきの言葉を聞いたアースラはそう答える。


「ですが、意識的に使えるようになれば、そのようなことは起きなくなります。あなたの場合だと多少時間はかかるかもしれませんが」


 彼の負担にならないためには、すぐに使えるようになりたいところではある。だが、勉強を始めたばかりのことがすぐにできないのと同じように、不思議な力もすぐに使いこなせるようにはならないのだろう。都合のいいことは、不思議な現象であっても起きてくれないらしい。


「じゃあ、能力が暴発したときに、家具が動いたってことは、力を使って操れるのは生物だけじゃないってことなんですか?」


「察しがいいですね。その通りです。力の使い方を習熟すれば、あなたの能力は多くのものを操れるようになる。生物も、非生物も関係なくです。タツオ殿のような攻撃的な能力ではありませんが、使いこなせれば非常に強力と言えるでしょう」


 本当にそんなことができるのだろうか? と思ったけれど、すぐにできないと思うのは駄目だと自分に言い聞かせる。それくらいできるようにならなくては、自分の身を守ることも、彼の重荷にならないようにすることもできやしないのだから。


「あの、もう一つ訊きたいんですけど、アースラさんはどうして私の能力がわかったんですか?」


 遠くからこちらを覗き見たからと言って、近づいて目を凝らさなければ見えない針を放つ力がわかるとはどうしても思えなかった。


「そうですね、あなたが使えるようになった能力の持ち主を知っていたから、ですね。正確に答えるとなると、かなり時間がかかってしまうので、いまのところはそういうことにしておいてくれると助かります」


「……わかりました」


 別にアースラがこちらの能力のことがわかったからといって、なにか実害があるわけではない。訊かなくてもいい話は訊かずにしておくのも礼儀というものだろう。なにより、いまは悠長に話をしている場合ではない。


「……どうやら、タツオ殿が敵と接触をしたようです」


「ほ、本当ですか?」


 アースラの言葉を聞き、みずきは反射的にそう言葉を返した。


「できることならこちらも援護したいところではありますが――下手に手を出すと、こちらの居所が敵にバレてしまいます。あなたを助けるときに手を出してしまいましたからね。今後のためにも、いまは大人しくして、彼が無事であることを祈りましょう。大丈夫ですか?」


「……はい」


 みずきはアースラの問いに頷いた。


 彼が強いことは知っている。彼を心配するあまり、彼の足を引っ張るようなことになっては元も子もない。時には、信じていることも大事だろう。きっといまはそのときだ。


「一つ、言っておくことがあります」


「なんですか?」


「もし、敵がいる状態で私の状態が急変したら、そのときは迷わず私のことを見捨てて逃げてください。私のために、あなたが命を賭けることはありません。いいですか?」


 アースラは、静かなながらも強い調子で言う。それに気圧されて、みずきは頷いてしまった。


「ですが、私もそうはならないように気をつけておきますから、まあもしもの話です。頭の片隅にでも入れておいてください」


 それでは、そろそろ行きましょう、とアースラは歩き出した。


 相変わらず、街には自分たち以外の人間の姿は見られない。どこまでも無人の街が続いている。それはまるで、自分たち以外の人間が消えていなくなってしまったと錯覚するほどであった。


 それから、二人は無言で無人の街を進んでいく。


「彼に指定した場所はこのあたりですが――敵に襲われているようですし、少し待ちましょう」


 そう言ってアースラは足を止める。みずきもそれに続いて足を止めた。


 アースラが彼に指定したという場所は、どこにでもありそうな街中であった。見渡す限り、目につくようなものは特にない。そんなところで待ち合わせなどできるのだろうかと不安になったが、アースラを信じるよりほかに道はなかった。


 そんなとき、だった。


 どこかからガラスが砕けるような音が突如響く。そちらに振り向くと――


 一瞬だけ、若い男の姿が目に入った。赤い剣を持った、黒髪の男。その男は、アースラに接近し――


 その剣で、アースラの身体を貫いた。


 だが――


「もう来ましたか。あなたと接触するのは、彼と接触してからがよかったのですが――仕方ありません」


 男の剣に刺されたアースラの姿は消え、すぐに少し離れた場所に現れる。


「お前が、ハンナか?」


 突然現れた男はアースラへと問う。


「その問いにはそうであるとも、そうでないとも答えられますね。なにしろ私は、彼女の遺志を継いだわけですから」


 飄々とした調子で男の質問に答えるアースラ。それは随分と挑発的に見えるものだった。


「どちらでもいい。お前が俺の邪魔をするのなら、始末するだけだ。覚悟しろ。さっきみたいに逃す真似はしない」


 男は剣を構える。彼からは、離れたこちらの空気を揺るがすような気迫が感じられた。


「まあまあ、待ってください。少し話でもしましょう。あなたが思っている通り、私たちにはあなた力づくでかかってきたときに抵抗できる力などありませんからね。どうです、聞いていきませんか?」


「…………」


 男は、随分と挑発的な調子のアースラの言葉には答えない。


「あなたも忘れているあなたの真実のことを知りたいと思いませんか? 私は、あなたが忘れている真実を多少なりとも知っていますから」


 そう言ってアースラは不敵な笑みを見せた。

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