第140話 冷気の戦士
竜夫が引き金を引くと同時に、男は鎧を身に纏い、放たれた弾丸を弾いて防ぐ。その直後、白い煙のようなものを放出する直剣を作成し、構えて距離を詰めてくる。その踏み込みは、身に纏う鎧の重さを一切感じさせないほど軽やかなものだった。
竜夫はすぐさま銃を消し、両手で刃を構え直して迎え撃つ。男が放った斬撃に刃を当てるようにして防御。
「……っ」
敵の直剣と打ち合うと同時に感じられたのは冷気。直剣が纏っていた白い煙のようなものは極低温の冷気であった。それを纏っているのは手に持つ直剣だけではない。男が全身に纏っている鎧からも同じように冷気が放たれていた。その冷気は、竜の力によって変質したいまの身体すらも凍りつかせるほどの冷たさを誇っている。
このまま鍔迫り合いが続けば、こちらの身体が凍りついてしまう。そう判断した竜夫は前に向かってくる男をいなすようにして後ろへと身体を引いた。
後ろへと引いた竜夫に、男は追撃する。前に踏み込み、極低温の冷気を纏った直剣を真一文字に振るった。その一撃はあたりの水分を凍てつかせながら迫ってくる。竜夫は再び刃を当てて防御を行う。敵の一撃は防いだものの、男の至るところからまき散らされる冷気を防ぐことはできない。
「く……」
まき散らされる冷気によって、皮膚に焼けるような痛みが走る。ただ近づかれただけでこちらの体力を確実に奪ってくる敵の能力はかなりの脅威だ。さらにこちらは弱体化している状況である。その相乗効果はかなり大きいだろう。
近づいただけでもその影響が出るほど強力な冷気を纏っているとなると、直接触れるのは危険だ。触れたらその冷気によって一瞬で凍りつかされ、動きを封じられてしまうだろう。それだけならまだいい。触れて凍りついた腕や脚をそのまま砕かれる可能性もある。だから、素手での殴打や蹴りは行えない。
竜夫はさらに後ろへと引く。
冷気をまき散らしながら、男はなおも接近をしてくる。極低温の冷気をまき散らす鎧に守られた男は強気だ。その踏み込みに迷いはない。こちらのカウンターを恐れることなく、鎧と同じように冷気を放つ直剣を振るってくる。
「この……」
竜夫は同じく敵の直剣に刃を当て、敵の攻撃を防御。防ぐと同時に、刃を押し込んだのちに爆散させる。爆散の衝撃で男は背後へと押し戻される。
その隙に、竜夫はさらに数本の刃を創り出して投擲。それは男の鎧に触れる直前に爆散。大量のガラスが一気に砕かれたような爆音があたりに響き渡った。
刃を投擲した竜夫はそのままさらに後ろへと飛び、建物の上から離脱。地面へと着地し、すぐさま走り出した。
走りながら、竜夫は自身の身体の状況を確認。
いまのところ、冷気による損傷は少ない。竜夫は腕についた氷の粒を振り払う。だが、このまま長期戦になれば、その影響はだんだんと強くなってくるだろう。なにしろ、少し近づいただけでこちらを凍結させてくるのだ。
そのうえこちらはいまだに弱体化している状況である。冷気に対する肉体的な耐久力も弱まっていると考えておくべきだろう。
強力な冷気をまき散らしているので、近づかれたときにすぐ気づけるのは幸いだ。とりあえず、不意打ちを受ける可能性は少ない。
しかし、不意打ちを受けなかったとしても、近づいただけで竜の力を得た肉体にすら影響を及ぼす冷気をまき散らしているのはとてつもない脅威だ。攻撃に転じようとしても、それを簡単には許してくれないのだから。まさに攻防一体と言える。
それに、こちらが放った銃弾をいともたやすく防いだことを考えると、纏っているあの鎧の強度自体もなかなかに高いだろう。下手な遠距離攻撃ではあの鎧を貫くことはできない。遠距離からあの鎧を砕くのなら、それなりの攻撃手段が必要になってくる。
ひやり、と後ろからわずかに冷気が感じられた。どうやら、あの男は追いかけてきているらしい。感じられる冷気の強さからして、まだ距離は離れているようだが――
走る竜夫は角を曲がり、再び飛び上がり、近くの建物壁を蹴ってその上へと駆け上がり――
建物の屋上には着地せず、こちらを追いかけ、角を折れてきた男に対して、大砲を向け――
それを放つ。
小さなボーリング玉くらいの大きさのある砲弾が、角を曲がったばかりの冷気の鎧を纏う男へと向かい――
それは吸い込まれるように命中。爆音とともに砲弾が直撃した男は爆発によって後ろへと大きく吹き飛ばされた。砲弾を放った反動によって、竜夫も後ろへと吹き飛び、そののちに着地。男がいるほうへと目を向ける。
煙に遮られて、男の姿は見えなかった。近づいて生死を確かめるべきだろうか? そう思ったところで――
あたりに満ちる煙を切り裂くように、いくつもの氷の柱が地面から突き出ながらこちらへと迫ってきた。狭い路地を飲み込むように、巨大な杭のごとき氷の柱である。このままでは回避できないと悟った竜夫は再度飛び上がり、建物の壁を蹴って上へと駆け上がる。そのまま建物の上へと着地。
「なかなか小癪なことをする」
そんな声と共に、あたりに冷気を放ちながら男が現れる。先ほどまで纏っていた鎧が消失していた。どうやら、いまの砲弾で鎧を破壊することができたらしい。
「なかなか便利なものだったが、強固な守りというのは慢心を生むものだな。頼りにはしても、過信するものではない。いい教訓となった」
男は他人事のように語る。
竜夫は男と再び対峙する。やはり、先ほど戦っていた男とは別人だ。誰がどのように見ても、いま目の前にいる男と先ほどの男が同一人物であるとは思わないだろう。
一体、なにがどうなっている? 突如、自分を襲った弱体化もわからないが、いま目の前にいる男はさらにわからない。何故、まったく別人の男たちが、同一人物であるとしか思えない振る舞いをしているのだろう? これも竜の力なのだろうか?
「まあいい。たかだ鎧がなくなっただけのことだ。やりようはいくらでもある。そう思わんか?」
男との距離は六メートルほど。それにもかかわらず冷気は未だに感じられる。鎧を破壊できても、脅威がなくなったとは言い難い。近づけば、すぐさまその影響が出てくるだろう。
「で、次はどうするつもりだ? 随分と逃げるのは達者なようだが――」
次は許さん。そう言いたげな態度を男は見せる。
「二度あることは三度あるともいうけどな」
「ほう。面白いことを言う。低脳のくせに、冗談を言う才能だけはあるようだな」
男は、平然と竜夫の言葉に返してくる。
竜夫は男を注視したまま考えた。
いま目の前に立つ男をどのように突破するのかを。
そして、別人のはずの男たちが、同一人物としか思えない振る舞いをしているのかを。
考える。
だが、答えは出ない。
「あまり俺の手を煩わせるな。さっさと死んで、あのお方から奪ったその力を返せ。そうしたら、死体くらいは丁重に弔ってやろう。俺は聖職者だからな」
「死後のことなんて、興味ないね」
竜夫は両手で刃を持って構える。
「そうか。では死ね」
その男の言葉とともに――
白い冷気が、一気に当たりを埋め尽くした。
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