第105話 霧の先に
霧を抜けた先は異世界だった。
霧を抜けると同時に耳を打つ重い音と金属音。衝撃波が身体を打ちつける。その先に倒れている人の姿が目に入る。倒れているのは二人。入口からは顔を見ることはできなかったが、倒れているのはタイラーたちの仲間であることは間違いない。倒れている二人を庇うように身構えているタイラーとリチャードの姿が目に入った。タイラーとリチャードに人型の影のようなものが襲いかかっていた。竜夫とグスタフは地面を蹴り、すぐさま二人に近づく。
「タイラー!」
グスタフが大きな声を上げ、タイラーに襲いかかろうとしていた人型の影のようなものを二本の剣で斬り捨て、二人の前へと躍り出る。目に入ったタイラーはかなりの傷を負っていた。腕と額から血を流し、別れた先ほどまで小綺麗な状態だったとは思えないほどだ。
「グスタフか! 助かった」
その言葉を返したのはタイラーの仲間の一人であるリチャード。彼もタイラーと同じくらいの傷を負っている。ぱっと見でわかる傷はないようだったが、その様子からしてかなり疲労していることが明らかであった。
竜夫は倒れている二人に近づく。倒れていたのはパトリックとレイモン。竜夫はそっと二人を抱え上げる。どうやら二人とも生きているようだったが、タイラー以上に重傷を負っていた。
竜夫は二人を抱え上げ、そこから離脱すると同時に、ウィリアムとロベルトが霧を抜けてこの場へと足を踏み入れるのが見えた。竜夫はすぐさま切り返し、ウィリアムとロベルトに近づく。
「二人をお願いします!」
竜夫はそう言って、できるだけ動かさないように抱えていた二人を下ろす。ウィリアムとロベルトはそれぞれ「任せろ」と答えた。それを聞いたのち竜夫は再び切り返し、グスタフの隣へと舞い戻る。
「大丈夫か?」
剣を構えながら前へと躍り出したグスタフはタイラーとリチャードに問いかける。
「……なんとかな。だが、見ての通り状況は芳しくない」
肩で息をしながら、傷ついて血を流しているタイラーがグスタフの問いに答える。
「なにがあった?」
「細かい話よりも、前を見てくれ」
そう言われたグスタフは前を見る。竜夫も同じくそちらに視線を向ける。そこにいたのは――
「アレクセイ?」
グスタフは静かに驚きの声を上げた。タイラーたちを襲っていた無数にいる人型の影を従えるように、アレクセイと三人の仲間たちの姿があったからだ。
「アレクセイたちがお前らを?」
グスタフの声にリチャードが「……ああ」と苦しそうな声で答える。
「ここには、奴らが先に辿り着いていたみたいなんだが、俺たちがここに来るなり、いきなり襲われた。なんでかはわからん。話をする間もなく攻撃されたからな。奴らの不意打ちを受けて、俺たちはこのざまだ」
リチャードは疲れた声で、悔しそうに吐き捨てる。
「タツオ、倒れていた二人はどうだ?」
「どうやら生きてはいるようでしたけど――」
竜夫は後ろにいるウィリアムとロベルトのほうに一瞬だけ視線を向ける。二人は、倒れている二人に対し、治療を行っているようだった。
「なにぶん、いきなりだったんで、倒れていた二人が具体的にどういう状況かはわかりません」
竜夫はグスタフの問いに正直に答える。
「……そうか。二人の治療はあいつらに任せよう。タイラーとリチャードも下がってくれ。ここは俺たち二人がやる」
目の前にいるのは、アレクセイたち四人と、彼らを取り巻くように存在する、無数のチープな人形のような人型の影。それらは少なくとも、二十はいるように見えた。
「……いいのか?」
タイラーが重い声で答える。
「なんとかする。お前らはまずその傷を治療してくれ。俺たちの援護するのは、それからでいい。それまで時間を稼ぐ」
グスタフは淡々とした声で言う。そう言った彼の声に驕りはなく極めて冷静だ。
「わかった。応急処置が済み次第、俺たちも加勢する。それまで頼んだ」
タイラーはそう答え、二人は後ろへと下がった。傷ついた二人が後退したことを確認したのち、竜夫とグスタフはあらためて前に立ちふさがるアレクセイたちと人型の影に目を向ける。
「…………」
アレクセイたちは割って入ったこちらを黙ったまま注視していた。しかし、向けられているその目にはこちらの姿は入っていない。それは、視界に入ったものをただ排除するだけの装置のよう。明らかに普通の状態とは思えなかった。その目は、どこかで見たことがあるような気がした。
「タツオ」
目の前に立ちはだかるアレクセイと人型の影に警戒しながら、グスタフは竜夫に声をかける。
「わかっているとは思うが、アレクセイたちを殺すことはできる限りしないでくれ。奴らと俺たちは折り合いは悪かったが、それでも同じ仕事をしている仲間だからな」
「……はい」
竜夫はそう答え、いつでも立ち向かえるように身構えつつ、手に刃と銃を創り出す。
「だが、自分の命は当然だが、後方にいるウィリアムたちに危険が及ぶようだったら、躊躇はするな。誰かを守ろうとして、守れるはずだった奴らを守れなくなったら意味がない。頼む」
グスタフが言ったその言葉には鉄のような重量感があった。竜夫の全身に、その言葉の重さがのしかかる。
「アレクセイさんたちに、一体なにがあったんですか?」
「恐らく、なにかによって操られている。現状、それがなんなのかは不明だ。だが、アレクセイたちもかなりの経験を積んだ熟練のティガーだ。そうそう簡単に罠の類に引っかかったりはしないはずだが――」
グスタフはそこで一度言葉を切る。
「やはり、この場所にはなにかがあるのかもしれん。熟練のアレクセイたちを操ってしまうようななにかが。今回も、ウィリアムの悪い予感は的中したか。だとすると、俺たちもまずいかもしれない」
その不吉な言葉により、竜夫の背中に嫌な汗がにじむ。
自分には、アレクセイたちの実力がどれほどのものなのかはわからない。アレクセイたちの実力がウィリアムたちと同等と仮定するのなら、彼らと同じくこちらも操られてしまう可能性は充分にあるだろう。この状況で自分、もしくはグスタフが操られるようなことになったら致命的だ。全滅する可能性も大いにある。
竜夫はもう一度背後を見た。
自分たちが入ってきた場所は、白い霧のようなものによって塞がれている。ウィリアムたちもタイラーたちもここから離脱していないことを考えると、あの白い霧はこちらからは抜けることはできないのだろう。なんとかして、彼らだけでもここから逃がしたいところだが――
「あの霧を消すには、どうしたらいいんです?」
竜夫はグスタフに質問をする。
「さっきウィリアムが言った通り、霧を生み出している原因を排除しなければあれを消すことはできない。どこかにあるはずだが、どこにあるかは――」
グスタフの言葉はそこで途切れた。
「あるとするなら、アレクセイたちの後ろにある道だろう」
グスタフにそう言われ、竜夫はアレクセイたちと人型の影たちの後ろに、先へ進む道があることに気づいた。
「てことは、アレクセイさんたちを殺さないようにしつつ、あの群れを潜り抜けなければ駄目ってことですか?」
不意打ちを受けたとはいえ、タイラーたちのパーティが崩壊寸前のところまで行ったことを考えると、それは誰がどう考えても難儀なものになるのは明らかであった。
「その通りだ」
「そのうえ、後ろにいるウィリアムさんたちも守るんですよね?」
「言うまでもなくな」
嫌になるほど難儀な状況である。たった二人であれだけの数の敵を相手にしてそこを突破しなければならないだけでもかなり困難なのに、そのうえ味方も守らないといけないとは。
「投げ捨てたくなる状況だが、やるしかない。タイラーたちを助けに行くと決めたのは俺たちの総意だからな。どうせ退路は断たれている。できなければ、ここで死ぬだけだ」
その言葉はどこまでも無慈悲であったが、否定しようもない事実でもあった。
「……そうですね。それしかないのなら、やりましょう」
竜夫は一度深呼吸し、覚悟を決める。今回もいままでと同じだ。できなければそこで終わるだけの話。なんとかして、その道を切り開くよりほかにない。
竜夫の覚悟と同時に、アレクセイたちを取り囲む影たちが音もなく蠢きはじめた。
「くるぞ」
グスタフがそう言うと同時に――
蠢いていた影たちが動き始めた。
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