第89話 発掘者たちの町

 竜の遺跡の発掘者たち、ティガーが拠点とするカルラという町はローゲリウスから車で三十分ほどの距離の場所にある。カルラはローゲリウスとはまた違った趣のある古風な町で、それはファンタジー作品に出てくるドワーフたちが暮らすところのようだ。町を行き交う人々も、ドワーフこそはいないものの、筋骨隆々としたいかにも荒くれものという風体をした男たちが多く目についた。


 竜夫はそんな現代日本ではなかなか見られない炭鉱の町を眺めながら、クルトが紹介してくれたティガーが待つ酒場を目指して歩いていく。


 炭鉱の町らしく出稼ぎの者も多くいるのか、帝都ではあまり見かけることのなかった外国人と思われる人々の姿も多い。ここでは異世界の住人である自分もそれほど目立たないように思えた。帝都のようなモダンさはまったくないが、小さな町ながら熱気と活気にあふれているようだ。


「ここか?」


 件のティガーがいるというヴェスティアという酒場だ。扉に手を伸ばし、一度手を止めて、それから意を決して木でできた頑丈そうな扉を開く。


 意外にも、人の姿は少なかった。カウンターの向こうにいる酒場の主人がぶっきらぼうに「いらっしゃい」なんて言っていた。いまは昼なので、ティガーたちは発掘作業に出ているのだろう。


「注文は?」


 店に入り三歩ほど進んだところで、鋭い目をした、街を行き交う男たちと遜色のない筋骨隆々とした主人がぶっきらぼうな声で竜夫に話しかけてきた。まるで、お前のような奴は客じゃないと言わんばかりの態度である。


「えーと、ここでウィリアムという人と待ち合わせをしているのですが……」


「ああ、あんたが例の……。ウィリアムならもうすぐ来るから、なにか注文して待ってろ」


 主人は少しだけ態度を軟化させて、そう言った。その様子を見る限り、自分のことは伝わっているようだ。竜夫は歩いてカウンターへと腰かける。


 さすがに、なにも注文せず待っているわけにもいかないと思い、竜夫は近くに置かれていた薄汚れたメニューを見た。しかし、どれがどういうものなのかよくわからず、しばらくメニューとにらめっこしたのちに、「なにかおすすめはありますか?」と質問した。


 竜夫の言葉を聞くと、主人は「そうかい」と言って、大きなグラスを取り出し、後ろにあった樽からなにかを注いだ。琥珀色をした泡だった液体。わかりやすく言えばビールのような飲み物だった。それを、竜夫の間の前に置く。


「五だ」


 主人はぶっきらぼうに言う。そう言われた竜夫はすぐに財布から札を取り出して大ジョッキほどあるグラスの横に置いた。


「まいど」


 主人は相変わらずぶっきらぼうな声でそうとだけ言って、竜夫が置いた札を乱暴につかんでいった。


 言われるがままに注文したものだったが、飲まないわけにはいくまい。ここで出しているものだから、人間が飲めるものだろう。そう判断した竜夫は、やたらとでかいグラスをつかみ、それを呷った。


 流し込むと同時に、口の中に押し寄せたのは強烈な苦み。思いもしなかった突き刺すような苦みを感じた竜夫は、反射的にグラスを置いて咳きこんだ。


「はははは」


 先ほどまでぶっきらぼうにしていた主人が豪快な笑い声をあげた。


「いまあんたが飲んだのは昔からこのあたりでよく飲まれている麦酒の一種でな。強烈な苦みと炭酸が特徴なんだ。出稼ぎにきた外国人にこれを飲ませると大抵あんたみたいな反応をする」


 それから、主人は「水いるか? 一杯だけならただにしてやるぜ」なんて豪快な笑みを見せながら言う。


「いえ……大丈夫です。ちょっと予想以上に苦かっただけですから」


 ビールのように見えたので、てっきりそのようなものかと思ったが、まったく違う。どちらかといえば、アルコール度数の高いウィスキーなどに近い。喉が焼けつくような感じがする。なおかつ、強い炭酸もあるものだから、かなり強烈だ。なにも知らずにこれを飲まされたら、大抵の人間はいまの自分のようになるのは納得できた。


 しかし、これだけ強烈な苦みと炭酸があるのに、まずいというわけではなかった。不思議とまた飲みたくなる。今度はビールのように一気に流し込むのではなく、熱いコーヒーを飲むようときのように少しの量を啜ってみた。


「苦い、ですね」


 さすがに二度目は咳きこまなかったが、それでも強い苦みと炭酸と、喉が焼けつくような感覚は強烈だ。


「ふむ。外国人は大抵これが嫌いになるもんだが――あんた以外にいける口だな。気に入ったぜ。なにか食うか? まけといてやるぜ」


 主人は砕けた調子になって言う。いまの苦いビールとは似ても似つかない酒に再び口につけたことがお気に召したらしい。


「それじゃあ、お言葉に甘えて。この酒に合うものを一つ」


 竜夫がそう言うと、主人は「あいよ」と言って奥にある厨房へ行き、そこからなにかを取り出し、皿へと盛る。それを竜夫の前へ置いた。落花生のようなものだ。


 竜夫はその落花生のようなものの皮をむき、中の豆を取り出して口の中へと放り込んだ。さっきの酒と同じく変なものだったらどうしようかと思ったが、そんなことはなかった。小さな豆とは思えないほど濃厚な旨味が口の中に襲いかかる。その味は、果実のようでもあり、肉のようでもある。濃厚すぎるといってもいいその味は、強烈な苦みと炭酸のこの酒を不思議と流し込みたくなるものだった。三度、大きなグラスに注がれた琥珀色の酒を流し込んでみる。先ほど食べた濃厚な旨味が口に残っているせいか、強烈な苦みがずいぶんと緩和されていた。


「その豆もこのあたりの名物でな。お手軽に食えて、なおかつ美味いから、そいつは外国人にも好評なんだが――ばくばく食いまくってると太るからほどほどにしておけよ。食い過ぎて何人か病院送りになったからな」


「……確かに」


 主人にそう言われて、竜夫は納得する。ピーナッツバターのようなものなのかもしれない。なんてこと思った。


 苦い酒と美味い豆を交互に飲みながら楽しんでいると、後ろからからからと音が聞こえてくる。竜夫は後ろを振り向く。そこにいたのは三人の男。三人とも、この町で見かけた筋骨隆々としたいかにも荒くれものという男たちとはほど遠い存在であった。


 一人は、大学教授のような壮年の男。


 二人目は、どんなセットの仕方をしたのか疑問になるような奇抜な髪型をした若い男。


 三人目は、アスリートのような引き締まった体型をした若い男だった。


「おうウィリアム。待ち合わせの相手が来てるぞ」


 主人は親しげに入ってきた男に話しかける。


「もしかして、あんたがクルトさんが言ってた――えーと」


「氷室竜夫です」


「そうそう。それだ。いや、まったく聞いたことのない響きだったもんだから、覚えられなくてな。すまんすまん」


 はははと笑いながら男たちは近づいてくる。


「そうだ。俺はウィリアム。こっちがロベルトで、こっちがグスタフだ。よろしく」


 アスリート風の男がロベルトで、変な髪型の男がグスタフというらしい。


「いやでも意外だな。クルトさんの紹介だから、てっきりもっといかつい男が来るもんだと思ってたんだが――」


「…………」


 クルトの奴は一体どのように自分を紹介したのだろうか? 気になったが、現状それを聞く術はない。


「まあでも、よろしく頼む。あんた随分と腕利きなんだってな。よろしく頼むぜ」


 ウィリアムはフレンドリーな調子でそう言って、竜夫の手をがっしりと握った。そのとき、ウィリアムの手の甲に、雫型の宝石のような物がはめられているのが見える。


「あの、その手につけているのって――」


「ああ、これか。竜石だよ。それほどいいものじゃあないけどな。なにぶん危険な仕事だからな。最近のティガーは大体つけているが――珍しいのか?」


「……まあ、そうですね」


 いくらなんでも、ウィリアムがつけている竜石を引き千切って取るわけにもいくまい。そう思って竜夫は言葉を濁した。


「まあいいや。とにかく、話をしようぜ。ここで話しても大丈夫かい?」


「はい」


 竜夫は即答する。


「じゃ、そこじゃあ話しづらいから、こっちでやろう。来てくれ」


 ウィリアムはそう言って、近くのテーブルへと座り、竜夫を手招きした。竜夫は立ち上がり、ウィリアムたちが腰かけたテーブルへと向かう。


 もしかしたら、思いのほか先は近いのかもしれない。そんなことを思いながら、竜夫はテーブル席へと腰かけた。

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