第88話 届きそうな希望
「竜の遺跡って――」
竜の遺跡。それは、かつて存在した竜たちの文明の遺産が数多く残されている場所のことだ。この世界の人間は、竜の遺跡から発掘される数々の遺産を復元することで高度な文明を作りつつある、らしい。
『なんだ知らないのか?』
電話の向こうから相変わらず飄々としたクルトの声が聞こえてくる。
「いや、知ってはいるけれど――」
知ってはいるが、図書館にあった文献で読んだだけである。知らないといってもさして変わりないだろう。
「でも、どうして僕にそんな話を? あんたらは発掘作業もやってるのか?」
『いや、俺たちがやってるわけじゃねえよ。俺たちが支援してるティガーの連中に急な欠員が出てな。それが護衛役だったもんだから、腕っぷしが立ちそうなのを探しているって話だ。俺たちが知っている中で一番腕が立ちそうなのはあんただからな。話を持ちかけてみたってわけだ』
ティガーというのは、竜の遺跡を専門とした調査や発掘を行っている人たちの総称だ。
「その話は、僕があんたらに作った借りに対する要求ってことでいいのか?」
竜夫は低い声で電話の向こう側に問いかける。
『そういう認識で構わねえよ。そういう言うってことは話を受けるってことでいいんだな?』
「ああ。こっちは借りが二つもあるんだ。さっさと返しておきたいからな」
『まあ、そうつれない言うなよ。俺たちはあんたとはいい関係でいたいんだ。ところで、一緒にいた連れの様子はどうだ?』
「…………」
急にそう問われ、竜夫は沈黙する。現状、敵ではないとはいえ、素直に病気で倒れていると答えるのはあまりよろしくないとは思えたからだ。
『だんまりってことはなにかあったのか? まあいいや。深くは詮索しないことにしよう。今回の話にはあまり関係のないしな』
クルトはそう言って軽く笑った。
「僕は構わないが、欠員が出たっていうティガーの連中はどうなんだ? そいつらはチームで動いているんだろ? いきなり僕が参加して大丈夫なのか?」
竜の遺跡というのは小さなものであって踏破にひと月は要する規模を持つ。そのため、発掘、調査を行うティガーのほとんどはチームで動いているはずだ。
『確かにあんたの言う通り、ティガーはチームで動くのが基本だ。だが、ティガーは同時に急な欠員が出るのも珍しくない危険な仕事だ。だから、実績のある有能な連中ほど、急に増えた人員を使うことに長けている。で、俺があんたに紹介しようと思っているティガーはそういう実績のある有能な連中だ。俺の見た限りじゃあ、あんたは集団行動ができない奴とは思えないからな。奴らとあんたなら大丈夫と踏んで話を持ちかけている』
クルトの言葉はいつも通り飄々としていながらも極めて冷静だった。
『まあ、そういうわけだ。あんたが乗ってくれるっていうのなら、俺はあんたのことを先方に紹介するぞ。詳しい話はまたあとで連絡する。なにか訊きたいことはあるか?』
「その竜の遺跡では、高純度の竜石が手に入ったりはするか?」
もしかしたら、と一縷の望みを求めて竜夫はそう述べた。
竜の遺跡には竜石の鉱脈もあるという話だ。であるならば、みずきの治療に必要な高純度の竜石が手に入る可能性はゼロじゃない。そう思った。
『どうだろうな。確かに今回調査に参加してもらう竜の遺跡には竜石の鉱脈はあるが――高純度のものが手に入るかどうかは俺にはわからん。俺は竜の遺跡の調査や発掘に参加したことなんてねえし。そもそも、高純度の竜石自体なかなか出ない希少なものだから、手に入るって保証はないと思うぜ』
クルトの言葉は、やっと手に届きそうな蜘蛛の糸が切れてしまったように思えた。もしかしたらと思っていただけに、その衝撃はかなり大きい。
『しかし、高純度の竜石なんてなにに使うんだ? あんたの言葉を聞いている限りじゃあ、売って大金が欲しいってわけではなさそうだが――』
「…………」
竜夫は再び沈黙する。ここでクルトに正直に話し、高純度の竜石が手に入れられないかと話を持ちかけてみるべきかと悩んだ。
『やっぱり、なにかワケありって感じだな。それでも話さないってことは、あんたは俺たちがなにかを充分に理解しているようだ』
クルトは飄々と笑いながらそう言ったが、竜夫は答えなかった。
『現状、あんたは俺たちに借りがあるが、そもそも対等な関係だからな。あんたが俺たちの事情に深く詮索しないのなら、俺たちもあんたの事情に深く詮索はしない。そういうもんだろ?』
「……それも、そうだな」
『なんだったらそのティガーの連中に訊いてみるといい。そいつらは俺とは違って竜の遺跡の専門家だ。高純度の竜石が出るかどうかぐらいはわかるだろ』
確かにクルトの言う通りだ。餅は餅屋に任せるように、竜の遺跡についてはその専門家に任せたほうがいい。
「で、僕はどうすればいい?」
『本来だったらあんたのところに資料を送るところなんだが――話は急だったものでな。口頭でも構わんか?』
「ああ」
竜夫がそう答えると、クルトがその詳細を述べていく。
話をまとめると、ローゲリウスから近い場所にある小さな町の近くにその竜の遺跡があるらしい。二日後、そこの町の酒場に行けという話だ。
「話じゃこれで終わりか?」
竜夫がそう問いかけると、クルトは「そうだ」と短く言う。
『そうだ。最後に一つ。孤児院のちびっこたちがあんたに会いたがってたぜ。なにか事情があるようだし、無理に行けとは言わんが、会いに行くのなら俺に連絡してくれ』
それから「じゃあな」とだけ短く言って電話は切れた。電話が切れたことを確認して、竜夫は受話器を戻す。受話器を戻したのち、竜夫は歩き出して、みずきの部屋へと戻る。
「結構長かったね。誰だったんだい?」
部屋に戻るなり、ハル医師が問いかけてくる。
「クルトです。それでお願いがあるんですけど――」
竜夫はそう言って、先ほどクルトから聞いた話をかいつまんで話した。
「竜の遺跡の発掘作業に参加する、と」
「はい。その間、みずきのことを診てもらえると、助かるんですけど――」
恐る恐る竜夫は言う。
「いいよ。ここまで乗っておいてやめるっていうのも癪だからね。それに――」
そこでハル医師は言葉を切る。
「その竜の遺跡の発掘作業で高純度の竜石が手に入るのなら、私としても非常に嬉しい限りだ。患者を助けるために最善を尽くすのが医者ってもんだ。私は、きみの可能性にかけてみようと思う」
「ありがとう……ございます」
竜夫はそう言って、頭を下げる。
「でも、無理はするなよ。竜の遺跡って聞くところによるとかなり危険なようだからね。彼女の病気を治せたとしても、きみが死んでしまったらなにも意味がない。彼女を悲しませるようなことをするなよ」
重い声で、ハル医師は言う。竜夫は「わかって、います」と重々しく返答する。
「ところで、なにか僕に手伝うことはありますか?」
「いや、大丈夫だよ。きみはこれからやる自分のことに専念してくれ。必要になったら私から言おう。そのときはよろしくね」
ハル医師はそう言って、少女としか思えない可憐な笑みを見せる。
「わかりました。なにかあったら遠慮なく言ってください」
竜夫はそう言って一礼し、みずきの部屋を出る。
もしかしたら、彼女を救えるかもしれない。再び見えた希望に竜夫は手を伸ばす。
自分にできることをやるしかない。その道中に危険なものがあるのだとしても、手を伸ばさなければなにも手に入りはしないのだ。
そう決意した竜夫は、間近に迫っている発掘作業への参加のための準備を始めた。
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