第65話 影を討て

 さて、いま自分の目の前に立ち塞がるあの人型の黒い影をどのように突破するか? それさえ突破できれば、勝機は見えてくる。それは恐ろしほどに細く脆いものではあるけれど、残されている手段は現状これだけだ。はっきり言って、いま行おうとしているそれはギャンブルに等しい。できることなら、もっと成功率の高いもので勝負をしたいところだが――


 距離を詰めた竜夫は人型の黒い影の懐へと入り込み、刃を振るう。人型の黒い影は、自らの腕を硬化させて、竜夫が振るった刃を防いだ。暗闇の中に硬い音が響き渡る。


 刃を防がれた竜夫は、間髪入れずに刃を片手に持ち替えて、銃を創り出した。創り出したのは、威力と貫通力に特化した大口径の銃。それは普通の人間が使用したのなら、反動で腕が外れてしまいそうなほど大きい。竜夫はそれを人型の黒い影の胴体に押しつけて弾丸を発射。


 だが、人型の黒い影は弾丸の発射と同時に身体を捻らせた。それでも、ゼロ距離で放たれた弾丸を完全に回避することは叶わない。巨大な弾丸は人型の黒い影の脇腹のあたりを大きく抉り取った。人型の黒い影は竜夫から三メートルほど離れた位置に着地する。


 身体の一部を大きく抉られても、人型の黒い影はその欠損を気にすることはない。なにしろ奴はこの場に影が存在する限り、いくらでも再生するのだ。


 竜夫は再び距離を詰める。銃を消し、刃を両手に持ち替え、突きを放つ。人型の黒い影は、両腕を硬化させて、竜夫の突きを防御しつつ、後ろへと飛び退いて、衝撃を受け流した。そのまま着地。


 竜夫は距離を取った人型の黒い影に向かって、持っていた刃を投擲すると同時にもう一度距離を詰めた。


「…………」


 投擲された刃は、人型の黒い影の喉もとあたりに突き刺さる。ダメージを負っている様子はまるでない。投擲された刃のあとに襲いかかる竜夫の一撃を回避するために、あえて受けたのだろう。本当に、どこまでも合理的だ。


 距離を詰めた竜夫はすぐさま刃を創り出し、それを振るう。刃を回避しなかったことによって、人型の黒い影は竜夫の一撃を受けることを可能にした。竜夫の刃と人型の黒い影の硬化した腕が衝突する。甲高い音が響き渡った。そのまま鍔迫り合いの状態となる。


「ぐ……」


 腕力で勝る人型の黒い影に、竜夫は徐々に押し込まれていく。


 相手が力で圧倒的に勝る以上、このまま押し切ることは無理だ。かといって下手に退けばそのまま姿勢を崩される恐れもあった。だからといって、このまま耐え続けているわけにもいかない。


 そのとき――


 巨大な岩を押しているかのような重圧がほんの一瞬消え去った。ぶつかり合った人型の黒い影を全力で押し込んでいた竜夫は姿勢を崩される。


 その隙をついて、人型の黒い影は竜夫の背後に回り込んで蹴りを放つ。人型の黒い影の蹴りをまとも受けた竜夫は、全身を震わす衝撃とともに吹き飛ばされた。

「…………」


 人型の黒い影は、黙したまま追撃を行う。吹き飛ばされた竜夫のまわりにある影を物質化させて矢を創り出し、それを放った。


「この……」


 竜夫はすぐさま体勢を整えたものの、全身を砕くような蹴りをまともに食らってしまったため、反応が遅れてしまう。最初の一発目によって腿を貫かれた。


 創り出された刃は、二発、三発、四発と、嵐のごとく次々と襲いかかる。竜夫は自身に襲いかかる矢を刃で弾き、叩き切り、斬り払って回避していくものの、次々と生み出される暴風のごとき矢の嵐によって徐々に追い詰められていく。


「ち……」


 このまま矢の嵐の中にいたらいずれ削り殺されるだろう。そう判断した竜夫は、致命傷は回避するようにしながら数発の矢を受けつつ自身を取り囲むような矢の嵐の渦中からの脱出を図る。左腕に一発。右足に一発。胴体をかすめるように二発矢を受け、包囲網から突破する。


「は……?」


 包囲網を抜けた先に、人型の黒い影の姿はなかった。一瞬戸惑ったあと、そうかと気づく。


 しかし、それは遅かった。竜夫の視界の外から、影の中に消えていた人型の黒い影が襲いかかる。人型の黒い影の硬化した腕によって、右肋骨のあたりを切り裂かれた。鋭い痛みが走り、出血する。


 竜夫を攻撃した人型の黒い影は再び影の中へと溶けていく。竜夫は刃を構え、影の中に消えた人型の黒い影を待ち構えた。


 音もなく、人型の黒い影は竜夫の真上から襲いかかる。竜夫は前に飛び込んでそれを回避。人型の黒い影は、そのまま影の中へとダイブする。


 影の中へとダイブした人型の黒い影は、今度は右斜め下から姿を現して攻撃を行う。竜夫は反射的にそちらを振り向き、手に持った刃で影の中から姿を現しつつ行われた攻撃を弾く。攻撃を弾かれた人型の黒い影はそのまま床へと着地する。距離は四メートルほど。お互い、一瞬で詰められる距離。


「…………」


 睨み合いが続く。人型の黒い影の様子は相変わらずだった。一切語ることなく、淡々と敵である自分を始末せんと攻撃を仕掛けている。ダメージを負っている様子はまるでない。先ほど銃で抉り取った腹部も完全に再生していた。こちらは確実に消耗しているというのに、なんと理不尽なのだろうか?


 だが、そんなことに嘆いてもいられない。完全有利の敵のフィールドで戦っている以上、理不尽なのは当然のことだ。嘆く暇があるのなら、前に進め。それしか道は残されていないのだから。


 先に動いたのは、人型の黒い影のほうだった。達人のごとき歩みで一瞬で距離を詰めて、竜夫の懐に潜り込み、掌底を放つ。竜夫は刃で防いだものの、重い衝撃によって後ろへと弾き飛ばされる。


 人型の黒い影は追撃を行う。流れるように踏み込み、手を硬化させて手刀を放つ。なんとか刃で防いだものの、巨大な斧を叩きつけられたかのような重さが両手に襲いかかった。


 このまま鍔迫り合いになれば負けるのはこちらだと判断した竜夫は、人型の黒い影の手刀を防ぐと同時に刃に力を注ぎこんで隆起させ、爆散させる。隆起し、爆散した刃は人型の黒い影の腕をずたずたに引き裂いた。人型の黒い影はわずかに仰け反る。


 その隙を、竜夫は逃さない。竜夫は踏み込み、人型の黒い影の喉もとに突き刺さっていた刃をつかみ、そのまま首を引き裂く。視界の隅で、首を引き裂かれた人型の黒い影が崩れ落ちるのが見えた。


 それを確認した竜夫は、人型の黒い影の首を引き裂いた刃をそのままヨーゼフがいる暗闇に向かって投擲する。それと同時に銃身の長い銃を創り出して、距離を詰める。


 当然のことながら、投擲された刃は、ヨーゼフを守護する影の防壁を突破することはない。弾かれた刃は軽い音を立てて消える。


 ヨーゼフは動かない。恐らく、自分を守る防壁に絶対の自信を持っているのだろう。距離を詰め、ヨーゼフを守護する黒い影に接近した竜夫は――


 逆の手で、それを取り出して――


 それを、ヨーゼフを守護する黒い影の前に掲げた。


「な……」


 ヨーゼフから驚愕の声が漏れる。それも当然だ。この場においては絶対的な防御力を持つ防壁を破壊されたのだから。


 竜夫は創り出した銃を、ヨーゼフの口へとぶち込んで――


 引き金を引いて、弾丸を放つ。


 放たれた弾丸はヨーゼフの頭部を容赦なく吹き飛ばして――


 血と脳漿をあたりにぶちまけながら、そのまま崩れ落ち、残っていた影の防壁が消えていく。


「……終わった」


 竜夫は頭部を吹き飛ばされたヨーゼフに目をやった。頭部を吹き飛ばされたヨーゼフが動き出す気配がないのを確認して、息をついた。


「まさか、文鎮と化していたスマホが役立つとは、思わなかった。捨てないでおいてよかったな」


 ヨーゼフの防壁を破壊したのは、スマホのフラッシュだった。この場に唯一あった、強い光を発せられるもの。


「正直いって、スマホのフラッシュで防壁を壊せるかは賭けだったけど、なんとかなった、な」


 戦いを終えて安心したのか、がくんと膝が折れそうになる。だが、なんとか踏みとどまって――


「まだ、止まるわけにはいかない。奴を倒すことが、目的じゃあないんだから」


 自分の目的は、ここにあるはずの、異世界召喚の設備を見つけること。


 そして、できることなら――


「僕のように、幸運に恵まれなかった誰かを一人でも助けないと」


 竜夫は、さらに奥へと進んでいく。

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