第49話 異世界電車旅

 見知らぬ場所を走る電車の風景を眺めるのは、なかなかに悪くない。一人旅は経験したことはなかったけど、それを趣味とする人がそれなりにいることは頷ける。異世界召喚ではなかったら、もっと楽しめただろうと思う。


 はじめのうちは都会の中を走っていた電車は、揺られるにつれて、田舎の様相を増してきた。目まぐるしく変わる風景が、この世界が大きく変わりつつあることを示しているようにも思える。なにもかもがわからない異世界召喚であっても、目まぐるしく変わっていく風景を眺めているのはそれなりに楽しい。


 竜夫は電車の中に目を向ける。


 最初からまばらだった乗客の数はさらに少なくなっていた。乗っているのは、自分を含めても両手で数えられる人数しかいない。


 いまのところ、敵の姿は見られない。刺客を倒したことで、一時的にこちらを見失っているように思えるが――


 しかし、油断は禁物だ。自分が相手をする敵は、この国の軍である以上、それはとても強大である。たとえこちらを見失っていたとしても、すぐに補足されると想定しておいたほうがいい。多少優位になったとしても、相手のリソースが強大である以上、その優位など吹けば消し飛んでしまうものなのは確実である。


「勢いで電車に乗ってしまったけど、これからどうするかな……」


 竜夫はぼそりと呟く。


 動かないことにはなにも始まらないが、ノープランで動いたところでどうにかなるものでもない。もう少し考えてから電車に乗るべきだったかと少しだけ後悔する。


「まあ、不審にならない程度に件の施設を見てみるか。どうするかを考えるのは、それからでもいいか」


 竜夫はそう呟き、視線を外の風景に向ける。外には、帝都とはまったく違う素朴な風景が広がっていた。


 一時間というからそれなりに都会かもしれないと思っていたが、一駅一駅の距離が結構あるようだ。想定が外れたかもしれない。これだと、今日泊まれるような場所があるのかどうか不安になってくる。


「まあ、一日くらいは野宿でもいいか。寒くも暑くもないし、身体も頑丈だから大丈夫だろ」


 なんとかなると思わなければ、なにも知らない異世界で生活などやっていられない。


 ガタゴトと揺れていた電車が止まる。どうやら駅についたらしい。電車の中にある表示によると、この次の駅がアーレムらしかった。扉が開かれ、竜夫が乗っている車両に一人やってきた。乗ってきたのは、若いようにも年老いているようにも見える、年齢不詳な男。竜夫は、乗ってきた彼と目が合った。


「こちらに座っても?」


 年齢不詳な男は、竜夫が座るボックス席に近づいてそう告げた。断る理由もなかったので、竜夫も「いいですよ」と答える。


「つかぬことをお聞きしますが、こちらのほうには何用で? 旅行というにはいささか軽装すぎるように見えますが」


 竜夫の向かいに座った年齢不詳な男が話しかけてくる。その声もまた年齢が判別できないものだった。


「……アーレムのほうにちょっとした用事がありまして」


 竜夫は少し考えたのちに告げる。


「ほう。それは珍しい。あなたのようなお若い方は帝都のほうにいくばかりで、こちらに来ることは多くありませんからね」


 年齢不詳な男は、少しだけ声を弾ませた。


「アーレムといえばあるのは軍の施設くらいだったようですが、ご用事というのはそちらのほうだったりしますか?」


「…………」


 年齢不詳な男の言葉に竜夫は眉根を上げた。


「いやいや、そんな別に怖い顔をしないでいただきたい。別にあなたがどういう理由で軍の施設に行っても、中に入ろうとしなければ別に咎められることもないですし。それとも、なにか咎められようなことをするおつもりでも?」


 年齢不詳な男は楽しそうな声で喋っているものの、その目の奥は笑っていなかった。


「……お前、何者だ?」


 竜夫は睨みつけたものの、声だけは愉快な調子の年齢不詳な男に降下があるようにはまったく見えなかった。


「私? そうですねえ、なんと言ったらいいのでしょうか。よからぬことを企んでいるあなたの協力者なれる『何者か』から伝言を預かった者、というのが適当でしょうか」


 その言葉を聞いて竜夫はすぐに思い至った。 


 目の前にいるこの男は、以前夢の中で接触してきた奴の関係者だ。


「……あいつか」


 夢の中に現れたあの男は名前を告げていなかったが、竜夫がそう言うと、年齢不詳な男は「そうですそうです。覚えていてくれましたか」と、目の奥は一切笑わないまま、楽しそうな声を上げた。


「いやあ、あなたが電車に乗って帝都から離れていくものですから焦りましたよ。こうやってまあ、なんとか追いつけたわけですが……どうかしましたか?」


「悪いが、僕はお前を信用した覚えはないぞ」


「いやいや、そんなこと言わないでくださいよ。あなただって相変わらずお困りなのでしょう? ここは協力するのが合理的ではありませんか?」


「信用に足らないものを利用するような余裕は僕にはないね。他を当たれ」


 竜夫はそう突き放したが、年齢不詳な男は堪える様子はない。相変わらず、目の奥は笑わないまま愉快な表情を浮かべている。


「あなたの目的が軍の施設であるならば、その目的は潜入か破壊かということになりますが、以前の感じからすると、あなたは別に破壊工作を目的にしているわけではなさそうだ。となると、目的は軍の施設の潜入ということになりますね」


「…………」


「否定も肯定もせず、沈黙ですか。それはなかなかに素晴らしい。どうするべきかわかっていらっしゃる。では、こう言いましょう。我々があなたの潜入に微力ながら協力できると言ったら、どうしますか?」


「……なに?」


 年齢不詳な男の言葉を聞いて、竜夫は思わず声を上げてしまった。竜夫のそんな声を聞いた年齢不詳な男は、楽しそうな表情を見せる。


「そういうの、いいですね。非情なように見せていながら、非情になり切れていないところが実に好ましい」 


 年齢不詳な男は小さく手を叩いた。


「僕の目的が軍の施設への潜入だとして、それにお前らが協力してなにになる?」

「そんなの決まってるじゃあないですか。我々も同じように軍の施設に入り込んで調べたいことがあるからですよ。同じような方向を目指しているようですし、協力し合ったり足を引っ張り合ったりしようじゃありませんか。どうです? 悪い話ではないでしょう?」


 年齢不詳な男の言葉は胡散臭いことこのうえない。


 だが、このままではなにも手段がないのも事実。


 どうする? と竜夫は自分に問いかけつつ、目の前にいる年齢不詳な男に目を向けた。彼は相変わらず空虚な笑みを浮かべている。


 しばらく無言の時間が続き――


「……いいだろう」


 竜夫は、ゆっくりと言葉を発した。


「信用に足らないものを利用する余裕がないのは事実だが、どうせ僕には頼れるものなんて他にないんだ。使えるものはせいぜい使ってやる」


「ええ、ええ! そう答えてくれることを待っておりました。話がわかるようで本当によかった」


「一つ言っておくが」


 竜夫は年齢不詳の男の言葉を遮って――


「僕は、自分の目的を達成したら、お前らのことなんて知ったことじゃない。それでも構わないのなら協力しよう」


「ええ。構いませんとも。それはこちらも同じようなものですからね」


 年齢不詳な男と話している間に、電車が止まった。


「アーレムについたようですね。都合のいいことに我々の拠点の一つもここにあるのですよ。案内しましょう」


 年齢不詳な男は立ち上がる。


 竜夫も次いで立ち上がり、電車を出て駅へと降り立った。

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