第48話 駅に行こう

 街に出た竜夫は、歩きながらこれからのことを考えた。


 行くべきところは決まっている。刺客に襲われ、大怪我を負って予定よりも少し遅れてしまったが、やることに変わりはない。


 アーレム地区にある破壊された軍事施設。そこが、本当に自分が召喚された場所であるのかはまだ不明ではあるけれど、現状はこれ以外に手がかりはなにもない。電車で一時間ほどの場所にあるということだが――


「しかし、ここはどこだ?」


 自分が入院していたハル医師の病院があった地区は、見慣れない場所だった。恐らく、大怪我をしていたのだし、クルトが車を使っていたとしても、やたらと遠くにある病院に運び込むとは思えないので、自分が倒れた位置からはそれほど離れていないはずであるが、外に出て早々に見知らぬ場所であるというのは精神的にきついものがある。


「勢いで飛び出しちゃったけど、駅の場所くらいは訊いていってもよかったな……」


 とは言っても、あとの祭りである。せっかくいい感じに送り出してくれたのに、ここで戻ったら空気が読めていないことこの上ない。というかださいのでごめんだ。こっちだって男子である。格好つけたくなるときだってあるのだ。そこが見知らぬ異世界であっても。


「まあ、駅の場所くらいはそこらにいる人に訊けば大丈夫だろ。それなりに目立つ場所だろうし。相手から見ればこっちは一応、ここに国の言葉を喋っているように聞こえるみたいだし、ケベック州で英語を使って道を訊いたときにみたいにはならないとは思うけど……たぶん」


 ケベック州の人だって、相手が観光客とわかれば、英語で話しかけても対応してくれるはずである……と思いたい。行ったことないから知らんけど。


 しばらく歩いたところで、前から歩いてきた五十代くらいに見える紳士の姿が見えたので――


「あの、駅に行きたいのですが、どちらですか?」


 竜夫は、少しで緊張しながら紳士に話しかけた。


「ああ。駅ならここを真っ直ぐ行けば線路に突き当たるから、そこを右に曲がって道なりに進んでいけばありますよ」


 竜夫に話しかけられた紳士は、優しげな口調で竜夫の質問に答えてくれた。竜夫はそれを聞いて、少しだけ安心する。


「ありがとうございます」


 竜夫は駅の場所を答えてくれた紳士に一礼する。紳士も竜夫の一礼を見て、帽子を外して一礼を返した。紳士が歩き出したことを確認したのちに、竜夫も歩き出す。


 竜夫は駅に向かって進んでいく。


「そういえば、電車に乗るのは大丈夫かな?」


 紳士に話しかけた場所から少し歩いたところで、竜夫はそれに思い至った。


 いまの竜夫が追われている身であることに変わりはない。というか、放った刺客を倒してしまったのだから、第二第三の刺客がやってくることも大いにあるだろう。この国には、インターネットのような高度な通信網があるようには見えないが、それでも数日もあれば情報は伝わるはずだ。すでに竜夫が刺客を倒し、倒れてから、それだけ経過している。まだ伝わっていないなんて楽観できるような状況ではない。間違いなく刺客たちは、なんらかの方法で連絡を取っていたのは確実なのだから、それが途絶えたとなれば、どんな馬鹿だってなにかあったと思うだろう。


「でも、チャンスでもあるな。連絡が途絶えて刺客がやられたと気づいても、まだこっちの場所は特定できていないはずだ」


 三人の刺客があれほど早くこちらを補足できたのは、透視能力を持ったあの女の能力が大きい。そうであると考えると、敵は一時的にいまこちらを見失っている状況であるはずだ。それなら、動けるときに動いてしまったほうがいいが――


「いや、変に慎重になっても仕方ないな。慎重になったところで、状況が好転してくれるわけでもないし」


 竜夫は結論を出した。


 とりあえず駅に行って、電車に乗ってアーレム地区まで行く。まずは、行かなければなにも始まらない。具体的になにをどうするか考えるのはそれからでも遅くないはずだ。


 気がつくと、目の前にいくつも電車の線路が並んでいるのが見えた。線路は、フェンスのようなもので遮られている。いまの自分であれば侵入するのは容易な高さであったが、それを行う理由はまったくない。紳士に言われた通り、右に折れて道なりに進んでいく。


「……あとは、問題なく件の施設のあるアーレム地区に行けたとして、どうやってそこに侵入するか、だな」


 軍の施設なのだから、セキュリティは強固であるのは確実である。竜の力を駆使すれば真正面からの侵入は可能かもしれないが、そこにバーザルたちのような強敵がいる可能性は充分あるだろう。奴らと同等レベルの敵がいるとなると、真正面からぶつかって強引に突破というのは難しいし、あまりに危険だ。痛い思いは、あまりしたくない。


 できることなら、気づかれずに侵入して、気づかれないままその施設にある異世界召喚に使われた場所を調べたいところである。もっというのなら、一度目の侵入でそのままそれを拝借して、もとの世界に戻りたいところではあるが、それができる保証はない以上、複数回の侵入は想定しておくべきところだろう。


「たった一度だって難しいのに、まいったな……」


 そんな風に嘆いてみたところで現実は変わらない。どうにかして、その困難を成し遂げなければ道は開けないのだ。いままでと同じように。


 線路沿いを進んでいくと、大きな建造物が目に入った。


 あれが先ほどの紳士が言っていた駅だろう。現代日本にはない、おしゃれで趣のあるレンガ造りのような建物であった。


 竜夫は、人の波をすり抜けて駅へと向かう。


 駅の中へと進み、あたりを見回す。目に入ったのは、切符売り場と改札口。


「そういえば、無人じゃないところで切符を買うのも、自動じゃない改札を通るのもはじめてだな。というか、切符を買うこと自体久しぶりだ」


 そんなことを呟きながら、切符売り場の近くにある路線図を見る。見た目通り大きな駅なので、複数の電車が通っていた。目的地であるアーレム地区に行く電車を探す。何十秒か見回したところで――


「あった」


 路線図の上のほうにアーレムという駅があるのが見えた。いくらなんでも、近い場所にまったく同じ名前の駅が複数あるとは思えない。


 あたりはまだ明るい。日が落ちるまでは充分時間がある。彼の話では一時間程度といっていたから、そこまで田舎でもないはずだ。


 竜夫は、切符売り場と思われる場所に進み、しばらく列に並んで自分の番がまわってきたところで――


「アーレム行きの切符を買いたいんですが、ここで大丈夫ですか?」


 制服を着た駅員にそう質問をする。


「大丈夫ですよ。アーレムですと――」


 なにかを見るようにしたのち、駅員は料金を告げる。竜夫は財布から金を取り出し、駅員に渡した。


「では、おつりと切符になります」


 駅員は竜夫の前に切符とおつりを差し出した。竜夫はおつりを財布に入れ、切符を手に持って友人の改札口へと進んでいく。


 駅員に先ほど買った切符を差し出し、構内へと入る。それから、アーレム行きの電車を探した。アーレム行きの電車は、改札から三番目のところだった。そちらへと進んでいく。


 運がいいことに、ホームに入ると同時に電車がやってきた。この駅は終着駅らしく、乗っていた人はすべて降りていった。竜夫は電車の中へと入る。竜夫と同じように下り方向に乗る客はまばらだった。竜夫は、目の前にあったボックス席に腰を下ろした。


「異世界で電車に乗るとは、意外なようなそうでもないような」


 そんなことを考えていると――

 少し割れた音の声が響いて――


 扉が閉められたのちに、電車はがたがたと揺れながら進み出した。

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