第37話 打開
よくよく考えてみれば、それはあまりにも露骨だった。ただ、バーザルの行ってくる攻撃方法が派手過ぎて、なかなか気づかなかっただけなのだ。
バーザルは、音速を超える銃弾すらもものともしない防御力を誇る。奴の身体はこちらが放った弾丸をほとんど防御態勢とることなく受け止めていたことから、それは明らかと言えるだろう。
しかし、何故か特定のときに限って攻撃を回避しているときがあった。
もっと正確に言うのなら、特定の攻撃を行ったときだ。
どうして、音速を超える弾丸すらも弾くような防御力と耐久力を持つ奴がそんなことをする必要があるのか?
そんなのは決まっている。
その攻撃を受けると、なにか問題が生じるからだ。それも恐らく、いまの状況を覆しかねない致命的なもの。そうでないのなら、わざわざ回避する必要もない。もしかしたら、ただ痛いのが嫌だったのかもしれないが、あの武人然とした冷徹な戦士であるバーザルが戦いの中で必要のないことをするとは思えなかった。
「そこに関しては、奴を信じよう。こちらの予想通りのタフガイであることを」
もし、ただ痛いのが嫌だったとか、気分で回避していたのだったら、この作戦は失敗である。だが、それで諦めるつもりはなかった。
「なにしろ僕は、諦めの悪い男だからね」
そう呟いた竜夫はバーザルから逃げ続ける。奴の速度に追いつかれないために、完全に背中を向けて。背後から、自分の数倍ある男が高速で、しかも爆発物をまき散らしながら迫ってくるのはとても恐ろしい。できることなら、そんな奴に背を向けたくないところではあるが、そうはいかないのが現実だ。竜の力を全力で発揮して逃げなければ、奴から逃げ続けることは難しいだろう。
背後から轟音をまき散らしながらバーザルは迫り続ける。背を向けていても、後ろから感じられる圧迫感はいつ死んでもおかしくないと本能から理解させるほどすさまじかった。自分が暮らしている場所を爆撃されると、こんな風なのかもしれない。そんなことを思った。
「これだけ派手にやっているにもかかわらず、騒ぎが起こっていないのは、透明男が襲ってきたときと同じように、相当広い範囲でなにかやってるんだろうな」
当然であるが、援軍はない。そもそも、一人でいきなり異世界に放り込まれた自分に、ここで助けてくれるような仲間などいないのだけど。
自分が通り過ぎていった場所がどうなっているのか気になったが、それを確認している余裕はない。自分の油断によって失われてしまった彼以外の犠牲がいないことを信じよう。
竜の力を以て全力で逃げ続ける竜夫の目の前に立ち塞がったのは袋小路。敵から逃げるために高速で動いているいま現在、それにぶつかるまで数瞬の猶予もない。
だが、問題なかった。そもそも、こういう場所を狙っていた。それを探しながら、土地勘のない中で逃げてきたのだ。
竜夫は目の前に迫る壁に向かって飛び、空中で姿勢を変えながら自ら飛び込んだ壁を蹴って方向転換し――
通り抜ける瞬間に、小型の拳銃を創り出して、一発放つ。放たれた弾丸は、いままで同じように滑って逸れていく。
手を伸ばす。奴のそこにあるはずのものに。
それを握る。なによりも力を込めて。
その瞬間、いままで変わることのなく余裕を見せていたバーザルの表情が変化するのが見えた。それは間違いなく、驚愕の表情。
竜夫は奴に向かって笑い、握ったそれを、思い切り引いた。
竜夫がつかみ、引いたのは、バーザルの背中に突き刺さったままのナイフ。バーザルの殺人タックルで押し切られたときに、破れかぶれで放ったときのものだ。
竜夫の手には、ぐずぐずのゼリーを切ったときのような感触が広がった。
バーザルの背中に突き刺さっていたナイフをつかみ、引き切ることだけを考えていた竜夫は無様に地面を転がって、建物に激突してしまう。
しかし、竜夫はすぐ体勢を立て直して立ち上がり、振り向いた。倒れてなんていられない。狙い通りだったのかどうか、確かめなくては。
背中を切られたバーザルは地に落ち、大量の血ではない液体をあたりにまき散らしていた。その量は、袋小路がその液体によって没してしまうのではないかと思うほどだ。
「ほんと、すげえよあんた」
竜夫は目の前で大量の液体をまき散らしながら臥す男に対し、心からの称賛の言葉を述べる。
「でかくて強くて速い。それでいて驕らず冷徹に戦う戦士。そういうの、男なら人生で絶対に一度は憧れちゃうよね」
地に落ちたバーザルはゆっくりと立ち上がる。竜夫の数倍はあったはずのその身体は明らかに小さくなっていた。そして、いまもなお小さくなり続けている。
「あんたの防御力の正体は、その身体に溜め込んでる液体だ。いや、正確に言うのなら、自分の身体を覆ってるっていうほうが正しいのかな。水とは違って粘性も弾力も強いその液体が、その中にあるあんたの身体を守り、同時に爆発物を生み出すもとでもあったわけだ。あんたの身体が異常にでかかったのもそれが理由さ」
「……その通りだ。見事」
その顔には、何故わかったと言いたげであった。竜夫が続ける。
「銃弾すらもものともしないあんたが何故、こっちの攻撃をかわすときがあるのか? それがあんたの身体にあった秘密を暴くきっかけになった。あんたの身体を覆っていた液体は、銃弾には強くても斬撃には弱いんだ。銃弾であれば溜め込んだ液体が持つ粘性と弾力を以て身体を覆うそれに穴を空けることなく軌道を逸らすことが可能だが、刃物なんかで切られたり刺されたりすると簡単に穴が空いてしまう。だから、こちらがあんたの身体のまわりを覆っている液体を留めておくことに支障を来たしかねない攻撃を放ったときだけは、しっかりと回避していたんだ」
それは、こちらが投擲したナイフすらもしっかり回避していたことからも明らかだろう。
銃弾を防ぐことが可能なケブラー繊維が刃物で簡単に切れてしまうのと同じである。
「身体のまわりを覆う液体が攻防両方の要である以上、それが想定以上に失われるのを防ぐのは当然さ。特に、いまみたいに身体を大きく切り裂かれたり、いくつも穴を空けられるのは致命的だからな。慎重なあんたならそのリスクは回避するだろう。だから、背中に刺さったナイフも抜かなかった」
出血が刺さっていたものを抜いたときに大きくなるのと同じように。
「要はあんたが慎重であったからこそ、こっちはあんたの身体の秘密を暴くことができたし、こうやって大打撃を与えることができたってわけだ。たぶん、二度目はないだろうな。うまくいってよかった」
「わずかな危険すらも避けたことがこれを招いたというわけか。またしても油断するとは……俺もまだまだ甘い」
バーザルは自嘲するように言う。その身体は、まだ小さくなっていた。
「もし、僕のことを狙うのやめてくれたら、見逃すけど」
「それはできない。俺の仕事はきみの始末だ。その仕事を投げ出すわけにはいかないのでね」
バーザルは構える。その目にはまだ闘志は失われていない。
「……そうか」
竜夫も構える。
そのまま、しばらく睨み合いが続き――
竜夫とバーザルが動き出したのは、同時だった。
バーザルはその身体から爆発物をまき散らしながら突進する。留めていた液体が大量に失われたにもかかわらず、その勢いには衰えが見えなかった。
竜夫は、自らの身体のまわりに無数の刃を創り出し、爆撃を伴いながら突進するバーザルに真っ向から立ち向かう。
しかし、バーザルの身体からはいまもなお大量に失い続けている以上、その勝負の行方は明らかであった。
竜夫の身体のまわりに生み出された無数の刃を伴う突進は、爆発が生み出す熱と衝撃を掻い潜りながら、バーザルの上半身を細切れにする。竜夫の身体がバーザルの身体とぶつかる瞬間、バーザルが小さく「見事」と言った、ような気がした。
竜夫の目の前にあった壁をぶち抜き、十メートルほど進んだところでやっと止まってくれた。背後を振り向く。そこに残されていたのは、上半身が完全に失われたバーザルの亡骸だった。
「敵ながら見事だった。あんたのことは忘れない」
手強い敵だった。だが、まだ終わっていない。
「僕の油断からあなたのこと巻き込んでしまった。それは絶対に許されないことです。どんな言葉を費やしても、それを償うことはできないでしょう。もし、あなたが僕を呪うのであれば、それに甘んじます。僕のせいで死んでしまったあなたには、それをする権利がある」
竜夫は、名も知らぬ彼に対し、言う。そして――
手に刃を創り出し、自身のまわりを一閃する。その一閃は、なにかに当たる。
「く……」
虚空から現れたのは、姿を消す黒衣の男。自分を狙う刺客の一人。
悔やんでいる暇はない。まだ戦いは終わっていないのだから。
感傷に浸るのはそれからでいい。
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