第11話 番外編:蝙蝠とうさぎちゃん

 男だって女だって、み~んな可愛いところがある。

 魅力あふれる彼らを、愛でるようにいとおしむことは、心にも体にも潤いを与える幸せなことなのに。


 ……パートナーを選ぶどころか異性に手すら出さない友人を、あたしはずっとおかしな子って思ってた。




「番なんてもう居ないのよ」

「……」


 頑固な狼は、いつだって心の中で思っていることが真実だとでも思ってる。


「誰も欲しいと、思わないんだ」


 そう言って、ただ月を見上げる。


 夢見がちな乙女のようだな、って思う。

 どの子だって、良いところがいっぱいあるのに、この狼はそれを感じようともしない。


「まぁ、好きにしたらいいわ」


 だってこの子は夢から醒めてる。夢見るリアリストだ。きっと生涯、独り身で居ることになったとしてもそれでいいと思っているのだ。





 ……そう思っていたのに。


「恋人になった」


 あっという間にそう言って来た。相手は出会ったばかりの、しっかり現実を生きてるのにやっぱり夢見がちな子。お似合いな二人だとは思うわ。


 鬼のように女の子にモテルくせに、初めて恋を知った男のように(というか初めての恋なんだろうけど)デレデレと頬を緩めて恋人の肩を抱いている。


「蝙蝠さん……じゃなくて雪さん、色々ありがとうございました」

「いいえ、特別なことはしてないわ」


 あたしがしたのは、ちょっとおしゃべりをしたくらい。後はこの子たちが勝手にくっついたのだ。


 手を繋ぎながらお互いを見つめ合う姿は、まさに対の番の姿のようで……。


 ……居るわけもないのに、狼はついに番に会えたのかと、そう思えてくるから不思議だわ。






 あの二人は相も変わらずお互いしか見ないし、不思議なほど嫉妬もしなければ、信頼し合っていた。


「あんたほどモテる恋人なら不安になるだろうに」

「……なりませんよ。疑わせるようなことをしてませんから」

「ふぅん?」

「夢の中でも一緒ですから」

「……まだ行ってるのね、夢の中」


 あたしたち、夢から醒めた意識を持っている者は、もう夢を必要とはしていない。

 徐々に見なくなって行くものだけど、意識すれば夢の世界にすら行かなくて済む。


 この二人みたいに、意識して入ってる人もいるみたいだけど。







 そんなある日の異界の夢の中。


 蝙蝠の姿でふらふらしていると、地面に白い斑点のようなものが見えて来た。

 なにかしら?と近づいて見ると、夜の草原に白い小動物の群れが見える……あれは、うさぎ?


 群れに近づくと、本能なのだろうけれど、あたしを怖がって逃げていく。


 あらまぁ襲わないのに、と思いながらも、少しからかってやろうと追い込んでいくと、ぴょんっと一匹のうさぎが飛び出してきた。


 群れのうさぎたちを背後にしながら、唸るような音を出して、全身を使って威嚇してくる。


(――え?うさぎが?)


 凶暴な顔をしたうさぎというのを初めて見て、面白くてまじまじと見つめてしまう。

 するとそのうさぎがぴょんぴょんとあたしに向かって飛んで来ようとしている。


(――まぁ、面白いわ)


 だってあたし、キモ可愛いキャラクターグッズとか好きなのよね。

 可愛いはずの小動物がおどろおどろしいヤツとか大好き。



 そんな訳で、その日からうさぎの群れを追い込んでは、その子と遊ぶ日々が始まった。

 毎日やってきては何もせずに帰って行くあたしを、そろそろ警戒しなくなってもいいはずなのに、少しも威嚇を解く気配がないわ。







「……あんたの友達、目覚めたうさぎちゃんなのね。ふふ可愛い」


 見つけたわ。

 なんと、狼の恋人の友人。


 どんな男でも手玉に取りそうな妖艶な容姿をしているのに……少女の心が見え隠れしている……間違いなく、あのうさぎちゃん。







「デート、しましょうよ」

「結構です」


 威嚇をしていたあのうさぎちゃんと何も変わらない。あたしの誘いをいつもつれなく断る。


「え~なんでよー」

「……危険そうだから」


 あらさすがうさぎちゃんの本能。もしかしてあたしのこと分かってるのかしら。


「あなた、夢を見る?」

「ゆめ?」


 きょとんとあたしを見つめ返す瞳には嘘はなさそう。

 自覚がないタイプなのね。

 そう言う子もいる。夢から醒めて現実を生きているのに……異界の夢を見ている子。


 けれどきっと、本質は変わらない。

 怖がりで、弱くて小さくて可愛いのに、大事なものを守るために、必死に戦える子。


「あたしのこと、どんな人に見える?」

「雪さん?タラシですね」


 なぜだか即答で答えるうさぎちゃんに、苦笑するしかない。


「タラシって?」

「とんでもなく美形なのに、いつもどこか着崩した変な格好してて、男も女もどころか、子供から老人まで許容範囲なく愛しちゃって、愛されちゃう……天然のタラシです」

「褒めてくれてありがとう」

「褒めてません」


 なるほど、と思う。誰かれなしに愛しちゃう人にデートに誘われても、うさぎちゃんは怯えるだけよね。


「あたしね、今恋人居ないの」

「……?」

「全員、円満にお別れして、皆友人になったの」

「はぁ」

「気になる子が出来て、その子のことしか考えられなくなって、万人を愛せる雪さんはいなくなっちゃったの」

「……」

「デートしてくれない?」


 うさぎちゃんの瞳は戸惑うように揺れている。


「危険じゃないって、少しずつ、知ってもらいたいわ」

「……どうして私?」

「一目見たときから、守ってあげたいくらい可愛かったから」


 あたしの台詞に、うさぎちゃんが顔を真っ赤にした。








 手を繋ぐのに一か月。

 「付き合ってる」と言ってもらえるようになるのに三ヵ月。

 お泊りをするのに半年。


 怖がりのうさぎちゃんとの楽しい日々が続いていく。




 今日は、大学の帰りにうちに泊まったうさぎちゃんが、白い肌を晒しながらベッドに横になっている。

 暑かったのしれない。肌掛けが滑り落ちている。


 小さな体で精いっぱい威嚇してきたあのうさぎちゃんが、今は安心したようにあたしの前で眠っている。


「起きないと襲っちゃうわよ」


 つやつやな肌にキスを落しながらそう言うと、くすぐったがるように目を覚ましていく。


「ゆ、き……?」

「うん」


 寝起きの覚醒したばかりの顔には幸せそうな笑みが浮かぶ。


「なんか夢を見てたような気がする」

「ふぅん、どんな」

「小さな動物を襲う獣が居て……それが雪みたいに口が悪いの」

「……そう」

「でもあれは、きっと、うん」

「うん?」

「好きな子をからかう小学生の男の子みたいな……気が引きたいって、そんな感じで……ふふ」

「……」


 くすくすと笑ううさぎちゃんが、可愛いんだか可愛くないんだか。


「起きないと襲っちゃうわよ」


 あたしはもう一度言うと、最愛の恋人にキスを落した。






「雪さんは私が守ってあげるから」


 朝ご飯を一緒に食べていると、皐月ちゃんが言い出した。


「まぁ、どういうこと?」

「言葉通りの意味です」

「ふぅん」

「いろんな人を愛し過ぎちゃって、愛されたりとか守られたりとか、あんまり知らなそうなんだもの」

「……」


 言葉通りに取るならば。

 必死に威嚇して仲間を守ろうとしていたうさぎちゃんに、あたしも守られたいと願ったの?


 ……そうかもしれない。


「守ってね」

「ええ、任せて下さい」


 弱くて強い恋人は胸を張りながら微笑んでくれる。


 この素敵な人は、確かに、今まで出会った誰よりもあたしを守ってくれるのだろう。

 それ以上に、可愛い恋人をあたしは守ってあげたいけれど。


「あたしにも守らせてくれる?」

「もう守って貰ってますよ」


 そうかしら?と思っていると、恋人はふふふと笑う。


「ずっと……時間を掛けて、私の心を守ってくれながら、側に居てくれたこと、知ってますよ」


 共に過ごした時間だけ、お互いに考える時間が取れていたとは思うけれど、そんな風に思っていたのね。


 怖がりなうさぎちゃんがのびのびとした笑顔でそう言ってくれるなら、自分にも出来ることがあったのかな、と嬉しくなる。


「まだまだこれからよ」

「ふふ、そうですね」


 オープンなうちの家系と違って、うさぎちゃんのお家は固くて真面目な人が多いみたい。

 その影響でうさぎちゃんが若い頃にやんちゃに走った時期もあったとか。


 自分のような人間が受け入れてもらえるのかは、これからの行い次第。



 それでも、きっと未来には全てを越えて、この子を手に入れてる。







 夢の中でうさぎちゃんを見かけなくなった。


 少し寂しいけれど、きっと、現実で満たされてるってこと。

 だからあたしは、もう夢であのこに会わないように、毎日幸福を紡いで行かなくちゃいけないって思ってるの。

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たゆたう蝶は、狼に溺愛される ツルギ @tsurunoki

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