第6話 デート日和

 午前の授業が終わると、校門へ向かった。

 まだ午後の授業が残っている時間だけど、近くの店に食べに行くんだろう人たちがそれなりに居た。


 門をくぐり抜ける人たちが、みんな右方向に視線を向けて出て行く。

 不思議に思ってそっちを見てみると、なんとみんなの視線の先に白井くんが立っていた。


 今日の彼はグレーのジャケットに、黒いパンツをはいている。

 ジャケットの中に着た白いタートルネックのシャツが、彼の品の良い顔立ちを映えさせていた。


 長めの茶色の髪が風に揺れると、日に透けて少しだけ煌めく。女性のように柔らかな顔立ちがあらわになると、見慣れているはずの私でもどきりとさせられる。


(白井くん、すっごく目立ってる……)


 男も女もなく、通る人たちがみんな彼を気にしていた。誰だろう?とでも言うように視線を向けてる。


 デートをすることはおろか、カッコイイ男の子の友達すらいなかったので、こんなことになるとは思ってもいなかった。


「先輩……」


 白井くんは私の姿を見つけると、嬉しそうに微笑んだ。


「……今日、大丈夫ですか?」

「うん。楽しみにしてたよ」

「……そうですか」


 白井くんは私の重そうな鞄に気付き、持ちますよ、と言ってくれた。いいよと断ったのだけど、こういう時は男が持つんですよ、と言われてしまい渡してしまう。男女間のことは、私より彼の方がはるかに詳しいのだろうから。


「荷物どうしますか?」


 学校の教科書と辞書が入っているので結構重い。


「良かったら家に寄ってから行ってもいいかな?」

「……家?」

「うん、アパートが、駅に向かう途中にあるから」

「そうですか……もちろん構いません」


 聞くと、彼も隣の駅で一人暮らししているとのこと。


「そっちの駅前のスーパー良く行くよ」

「激安の……?」

「そう。うちからだと30分くらい歩くけど、運動になるし」

「どこかですれ違っていたかもしれませんね」

「そうだね」 

「今度行ってみます。俺はあまり自炊をしてなくて……」

「一人暮らしなんだよね?」

「ええ、春から。いつも……外食ばかりです」

「男の子っぽいね」


 お互い一人暮らしをしているんだとか、すごく基本的なことから知って行く。

 隣の大学に通う、バイト先が同じということしか、知らなかった男の子。


 アパートに着くと、鞄を受け取って階段の下で待っていてもらう。

 鞄を家に置いてから戻ると、白井くんは少し困ったような顔をして笑った。


「……先輩」

「はい?」

「大学の人……遊びに来たりしますか?」

「皐月ちゃんは良く来るけど、あとは同じ学科の女の子たちが時々かな?」

「そうですか……」


 そう言うと考えるように黙ってしまった。

 少ししてから顔を上げて、にこりと笑みを浮かべて言った。


「行きましょう」








 最寄駅から、映画館の駅まで電車で向かう。

 車内で白井くんが申し訳なさそうに言った。


「すいません、今日は……まだ映画のチケットを取ってないんです」

「うん?」

「予約状況見たら空いてるみたいだったんで、先輩の観たい映画を聞いてから決めようと思って」

「わっ本当?気にしてくれてありがとう。なんでも観るよ」

「それに俺は、折角変わった映画を観れると言っても、どれを観た方がいいとかも分からないし」

「あ、そっか初めてだもんね。でも気になるので良いと思うよ」


 スマホを出して、目的の映画館の上映中の映画を確認する。白井くんが私のスマホを覗き込んで来た。


「いくつかやってますね」

「うっ……うん」


 どもってしまう。近い、近いのだ。顔が。

 ふわっと柔らかそうな髪が目の前にあって、睫毛も色素が薄い。今は伏せられて茶色の瞳がスマホを見つめている。


「どれがいいですか?」


 そう言うと、目の前で私に視線を移してくる……だから近いのよ。


「こ、これどうかな?」

「面白そうですね」

「白井くんどれ気になる?」

「俺も、これです」

「じゃあ……」

「チケット取りますね」


 そう言うと自分のスマホでパパっと決済を始める。


「……会員登録してあるの?」

「何度か行った映画館なので」

「そうなんだ」


 映画好きとは言え、私は中々値段の問題で映画館に足を運べないので会員登録をしていない。


 そして急に……目の前にいるのがとってもモテる男の子なんだってことを思い出す。

 きっとデートで行っていたんだろうな、なんて思っていると、ふと目を上げた白井くんが私をじっと見つめた。


「学校の友達が……誰かしら誘ってくるんです」

「うん?」

「大学に入ってから……女の子と出掛けたのは、初めてです」

「……」


 急に降って来た、女の子、という言葉にどきりとする。


 わ、私は女の子なんだろうか。いや女ではあるけれども。年下の男の子に、女の子と言ってもらえることに驚いてしまう。こんなことは初めてだ。


「着きましたね」


 揺れる車内でふらつくと体を支えてくれた。……女の子扱い、されているような気もする。









 話題の新作を4DXで観た。

 4DXは、シートが動いて、水や風や匂いが出て来る、五感にうったえてくる体感型シアターなのだけど、ハリウッドのアクション映画を私たちは存分に楽しんだ。


 アクションで有名な監督の新作なのではじまる前から期待されていたのだけど、上映されてからも口コミで面白かったと伝わっていた。

 最近は映画情報を、ネットの情報もだいぶ参考にしてる。レビューを眺めているだけでも、極端な評価が並んでる映画なんかは賛否両論なんだろうなとかすごく分かりやすいし、観ている人が多い映画なんかは評価点も参考になる点数で落ち着くことが多いし。最後は好みの問題にはなるのだけど。


「面白かったねー!」

「はい。本当に、アトラクションみたいでした」

「うんうん」


 終わった後、興奮していて、思い切り笑顔で言った。


 そしてテンションが高くなっていた私たちは、そのまま映画館のあるショッピングモールのカフェでお茶をした。


 日頃口数が少ない白井くんだけど、今日観た映画のことはよく話してくれた。

 感じたこと、どのシーンが良かったか、過去の監督の作品や、俳優さんのことなども踏まえて語ってくれて、彼と観たばかりの映画の話を出来るのは、本当に楽しかった。


「すごく面白かったです」

「私も!」

「また、行きましょう」


 白井くんは、私の楽しそうな表情を見つめながら、当たり前のようにそう言った。

 そう言ってくれるからには、白井くんも楽しんでくれたのかな。


「……うん」

「来月に、でも」


 今日は30日だから、来月って早い気もするけど……。


(断りたいとは、思わないな)


 そう思いながら返事をした。


「次は、私奢るね」

「いえ……俺が」

「……じゃあ割り勘で」

「うーん、そうですね」


 白井くんは笑顔で言う。納得をしていないような表情だとなんとなく分かってしまう。

 白井くんの笑顔の種類が、だんだんと分かるようになってきているみたいだ。







 それから私たちは、モールの中をふらふらと楽しんだ。


 ヴィレ〇ァンで映画のグッズを見たりだとか、中古のCD屋に置いてある古いDVDを一緒に探したりとか、ゲーセンのUFOキャッチャーで旬の映画のグッズの置いてあるところを見たりだとか、私の好きそうなことを見つけては、白井くんは楽しそうに付き合ってくれた。


 普段はどんな店を見ているのかと聞くと、良く行く洋服屋と電気屋を教えてくれた。良かったら行ってみたいと言うと、そこにも連れて行ってくれた。

 洋服屋の店員さんは白井くんのことを名前で呼んでいて、親しそうに見えた。聞くと友人なんだ、と答えてくれる。


「まぁ……聞いてたとおりの、可愛らしい子ね」


 雪さんと名乗ったその人から、店員さんらしからぬお姉言葉で話しかけられて驚いてしまう。

 細く整った顔立ちに長い睫毛の、くるくるした天パのお兄さんだった。


「ふ……ふふ。ふふ」

「……なんです?」


 笑い出す雪さんに、白井くんが不機嫌そうな口調で答えていた。


「なんでもないわよ、楽しんでらっしゃい。このモール、この時期夜はライトアップされているのよ、ゆっくりしていきなさい」

「……ああ」


 なんだかどこかで聞いたことがあるような口調や声のような気がしたのだけど、知り合いにいるわけもないので、私は不思議に思う。


「先輩……行きましょう」

「うん」


 そうして電気屋さんも一緒に見て楽しかった。

 彼が凝っているというオーディオコーナーで、ヘッドホンの聴き比べをした。

 音の違いに驚いていると、なんと振動するヘッドホンをかぶらされた。


「え……何これ凄い。え?爆音上映?みたい?」


 音に反応して体が揺らされる。爆音上映を観に行くと、映画館の部屋によっては爆音でシートごと揺らされることもあるのだけど、それに似てる気がした。


「そうなんです。自宅でも、ちょっとした体感型の映画が楽しめるようになりますよ」

「わー、いいね。楽しそう!」


 欲しいなー、いくらかなーと食い入るように説明を読んでいる私を、白井くんはずっと楽しそうに見ていた。


 私たちは好きなことも知っていることも違うし、お互いをまだよく知っている訳でもない。なのに白井くんも、私と同じように、楽しそうに隣に居てくれる。


 それはとても心地よくて、楽しい時間だった。








 晩御飯も良かったら、と誘ってくれて、私たちはレストランフロアを端から端まで歩いた。


 お互いの好きな食べ物も嫌いな食べ物も知らない。


 だから一軒ずつ、あれが食べたいとか、何が好きだとか話しながら歩いたのだけど、それだけでも楽しかった。

 そうして、二人で話し合ってオムライスのお店に入った。

 ふわとろのオムライスが食べられるお店なのだ。白井くんが最近卵を食べてないな、と言った一言でここにしようと決めてしまった。


 晩御飯の時に、私たちはもう映画の話はしていなかった。


 今日合ったことこととか、食べているものの話とか、最近美味しかったものとか、大学のこと、友人のこと。

 話が尽きない。

 話しても話しても、楽しくて、もっと聞きたいと思う。

 彼のまだ知らないことを、もっと教えて欲しいと思う。


 そして白井くんも同じように私の台詞に耳を傾けてくれる。まるで私を知りたいと思ってくれているように。


 こんな時間を男の子と過ごしたのは、本当に初めてのことだった。








 レストランフロアから降りると、中庭を通り抜けて駅へと向かう。

 ライトアップされた夜景が広がっていた。

 木々が黄色く染まり、かぼちゃがたくさん置かれている。

 ハロウィン仕様なんだろう。


 人が、血のりを塗ったりとか本格的な仮装をしている姿を見るのは苦手だけど、こういう装飾くらいじゃ怖くはならない。


「……先輩」

「うん」

「ちょっと座りませんか?」

「うん……」


 白井くんに促されて、木の下のベンチに腰を下ろす。

 すぐ隣に白井くんが座って、その近さに私はドキドキとする。


 顔を上げると、髪を風に揺らす白井くんが私を見つめている。


「……今日は楽しかったです」

「私も」


 男の子と遊ぶのは、女の子と遊んで楽しいのとはまるで違うな、と思う。


 正直、ちょっとしたことにも気を遣う。

 トイレとか、ご飯を食べるときとか、男の子の目、というのを意識してしまう。

 でもそう言うことが気にならないくらい、とても楽しい。


 こうして顔を見るだけでもドキドキしてしまうのも全く違うけれど、それだけじゃなくて、居心地が良くて、ずっと一緒に居たいと思うくらい……すごく安心していた。

 ……どうして安心するんだろう。体が温かくなってほっとするのだ。


 いつも守るように気に掛けてくれるところとか、歩調を合わせてくれようとするところとか、そういうどこか紳士的なところがあるからなのかな。


(……ううん)


 一番は、白井くんが嬉しそうに笑ってくれるからなのかもしれない。

 私の微笑みに、言葉に、行動に、楽しそうに笑ってくれるのだ。


 白井くんは今、私が世界で一番気になる……心の中に突き刺さっていくような表情をする、唯一の男の子だ。


 そんな人が……私の一挙一動に反応して、嬉しそうに……存在を求めてくれているような表情をすると、とたんに体が熱くなるような想いが沸き上がる。


 どうしようもなく、嬉しいと思う。


「すごく楽しかった。今日はありがとう」


 真っすぐに彼の目を見つめながら、心からの本心を白井くんに伝える。

 すると白井くんの瞳が一瞬、揺れるように煌めいた気がする。


「先輩……」


 白井くんはゆっくりと口を開いて、そうして、少しだけ苦し気な声で言った。


「俺は……」

「うん?」


 俺は……ともう一度呟くと、今度は私の目を見つめながら言い直した。


「先輩、好きです」

「…………」

「俺と……付き合ってください」


 その言葉はまっすぐに胸に響いて、真面目な顔つきの彼が、本心から言ってくれているのだろうと感じる。


(…………)


 だからこそ私は余計に動揺し、顔を真っ赤にさせていた。


(……好きです?)


 って言ったと思う。聞いたと思う。

 今のは告白?……に決まっていた。

 付き合ってくださいと、言っていたのだから。


「あ……あの」


 楽しかったし、彼と居られるのは嬉しかった。

 けれどそんなことを思ったのも生まれて初めてで、私の心はまだ、男の子と付き合うなんて考えられる次元まで到達出来ていないのだ。


 でも、先輩のときとは、全然違う。

 断りたいわけじゃない。

 けれど付き合えないと言ったら、断ることになってしまう……。


「……返事はまだ、いいです」

「……」

「またデートしてくれますか?」

「……いいの?」


 それは、私に都合が良すぎないだろうか。


「もちろん」


 白井くんは微笑みながら言った。

 だから私は少しだけ、思ってることを伝える。


「……すごく楽しかったから、白井くんと一緒に遊びたいって、思ってます」


 私の返事に、白井くんはまた嬉しそうに笑う。


「俺、待つのは得意なんです……」


 その台詞はどこかで聞いたことがある気がした。


 あれは、確か……。


「……おおかみ」

「……え?」


 私の呟きに、白井くんが大げさに振り返る。


「あ、ごめんね。なんでもないの」

「……帰りましょう」


 もう9時だ。明日もお互い大学と、あと白井くんはバイトもある。


 そして駅に向かい電車に乗ると、白井くんは家まで送ってくれると言った。悪いから良いと言ったけれど、自分の家までも歩いて帰れる距離だから平気だと言ってくれた。


「ハロウィン……怖いんですよね。俺、明日一緒に居なくて平気ですか?」


 帰り道、彼はそんなことを言う。

 明日はハロウィン。私は大学が終わったら家にこもっている気だ。


「バイトでしょう?大丈夫だよ。家から出ないし」

「……そうですか」

「なんで怖いんだろうね。昔からずっとなんだけど」

「死者が家族の元に帰ってくる日らしいですが」

「うん」

「生者と死者の世界の境界が、薄くなる日なのだと読んだことがあります」

「へぇ?」

「だから……先輩」


 そう言うと白井くんは立ち止まって私を真っすぐに見つめる。

 夜空を背負うように立っている白井くんは、その茶色の瞳に私を映している。


「普段見えなかったものが、見えるかもしれません」

「……」

「だから本能的に恐怖が湧くのかもしれません」


 白井くんは、真面目な表情で言う。


「きっと、明日の夜……先輩にも『見え』ますよ」


 その言葉に、ぞくりと背筋が震える。言い知れぬ恐怖心が襲ってくる。


「あ……」


 体を抱きしめるように手を伸ばすと、その手を白井くんが掴んだ。

 冷えた手が大きな手に包まれている。


 その温かさを感じると、今度は違う意味で体がぞくりとする。


「すいません……怖がらせました」

「え?」

「俺のこと……頼って欲しくて」


 そう言うと、白井くんはにっこりと笑う。


「幼稚……ですよね」

「ええ!?」


 わざと怖がらせたの?え?本当に?それはそれで返事に困ってしまう。


「本当に……いつでも連絡してくださいね」

「……うん」


 白井くんは私の手をずっと握っていて、目の前にいる白井くんの顔もすぐ近くにあって、何て言ったらいいのか分からない私は、この触れ合いにいたたまれないような気持ちになりながら白井くんの胸元辺りに視線を落とす。


 すると、こつん、と白井くんの頭が私の頭にぶつかった。


 ふわりと柔らかい髪の毛の感触と、どうしようもない安堵感が私の中に湧き上がった。


「約束ですよ」

「……」


 こんな時なのに、彼の髪の毛を、気持ちがいいと感じていた。

 柔らかくて、温かくて、安心する。

 全身に一瞬でぶわっと鳥肌が立つみたいに、私の中に熱が駆け巡った。


(なに……これ)


 眩暈がする。


(気持ちいい……)


 この柔らかさ以上に、気持ちが良いと思えるものはないような気がした。


(何が起きたの……?)


 髪の毛?温かさ?……それとも過剰な接触?


(……え、私……一体何に……フェチ持ってるの?)


 頭をぐるぐると混乱させていると、白井くんは握ったままの手を引いて私をアパートの前に連れて行ってくれた。


「先輩……お疲れ様でした。よく休んで下さい」

「はい……」


 ふわふわとした気持ちのまま白井くんに別れを告げる。白井くんは階段の下から、部屋に入るまで私を見守ってくれていた。


「おやすみなさい、白井くん」

「おやすみなさい……先輩」


 夜の闇の中でも、明るい笑顔が私を見上げていた。






 ――そうしてそれは、後から考えると……私がただの「白井くん」と過ごした最後の夜になったのだと思う。


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