星菓子売り

「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい」


 俺は仕事帰りの道でそんな声を聞いた。

 気になったのでふらっとそちらに行ってみると、そこには木製の屋台があり、人の好さそうなおじさんがいた。

 目が合い、手招きされる。


「お、お兄さん、良かったらどうだい?」


 ここまで来て去るのも心苦しいので、傍に行くことにする。

 屋台には『星菓子売り』と書かれた看板が付いていた。

 色々な形の瓶が並んでおり、中には無数の星が色とりどりに煌めいている。とても綺麗だ。

 星菓子とはこれのことだろう。名前だけではピンと来なかったが、何のことかが分かる。


「これは……金平糖ですか?」

「そうとも言うね」


 そうとしか言わないのでは、と思ったが口にはしない。


「金平糖売りとは珍しいですね」

「いいや、これは配ってるんだよ。特製のものを食べて欲しくてね」

「へぇ、自家製なんですか」

「ああ。あちらへ行ってこちらへ行ってと苦労したよ」


「……? 色々な場所の素材を原料にしている、ということですか?」

「そうだね。現地まで行かないと、どうしても作れないんだよ。もちろん、ここで作ったのもあるよ」

「そうなんですか」


 意味が良く分からなかったが、とりあえず頷いておくことにする。


「お一ついかがかな?」

「では、お言葉に甘えて」


 俺は金平糖が詰まった一袋を受け取った。

 赤、青、緑、黄色と透き通る結晶にほんのり色づいているようで、見ているだけでも心を楽しませてくれる。


「どれも一度きりの味わいだからね。良く味わってくれると嬉しい」

「分かりました。ありがとうございます」


 俺は帰宅すると、早速袋を開けて一つ口に入れてみた。

 舌の熱で僅かに溶けて甘味がとろけ出す。人工的ではない自然な甘味が、いくつもの顔を見せて、繊細なハーモニーを奏でていた。とても穏やかな気分にさせてくれる。

 このままゆっくり舐め溶かしても良いと思えたが、どうせなら一思いにガリガリ食べた時の味わいも知りたかった。


 噛み砕くと、ぶわっと口中に生命の息吹のような豊潤さが広がった。まるで甘味が爆ぜたような感覚だ。しかし、不快感はない。むしろ、全身にエネルギーが満ち満ちていくように思えた。

 こんな金平糖はこれまで一度も食べたことがない。屋台のおじさんが特製と言っていただけある。どう考えても無料で貰って良い代物ではない、と一口で分かった。


 俺は慌てて屋台があった場所まで駆けて行ったが、既に跡形もなく消えていた。まるで夢幻かのようだった。手元に残った金平糖だけがその存在を証明してくれる。


 それから、俺はその金平糖を一日一つだけ食べることにした。日にいくつも食べてしまうとすぐになくなってしまうので、それは何だか寂しいと思えたから。帰宅してから食べるのが毎日の楽しみだった。

 不思議なことにその金平糖は、一つ一つの味が微妙に異なっていた。どれも素晴らしい甘味で、飽きることは決してなかった。


 その頃、何やらテレビでは天文台が観測していた星がいくつも急に消滅したと騒ぎになっていた。


 やがて、俺は遂に金平糖の最後の一つを食べる時が来た。俺は名残惜しみながらも一思いに噛み砕くことにする。

 ガリッ。

 口内が豊かな甘味で満ちると共に、これまでに感じたことがない程に大きな地鳴りが起きた。

 慌てて外を見てみると、地面がパックリと割れており、広がっていく。

 それが俺の見た最後の光景だった。

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