私のクラスの名探偵 Part2
私のクラスには名探偵がいる。
彼女の名前は
これまで学校で起きた不思議な出来事をいくつも解き明かしてきた。昔からとても頭がいい。
けれど、そんな彼女はちょっぴりドジっ子だったりもする。
「授業中に隠れて本読んでたのがバレて没収されるなんてさ」
「うぅ……まさか手が滑って本を落とすなんて……」
「まあ、本くらいならすぐ返して貰えるよ。スマホとかになると放課後に反省文を書いた後になるだろうけどさ」
昼休み、ご飯を食べ終えた私は茉莉ちゃんに付き添って生徒指導室へとやって来ていた。
彼女は扉をノックするが、返事はない。留守だろうか。
少しして、彼女が扉に手を掛けてみると、鍵は掛かっておらずあっさり開いた。
「…………」
しかし、茉莉ちゃんは中に入らず静止する。何か考えている様子だ。
どうしたのだろうか、と私も覗き込んでみる。
部屋の中には誰もいなかった。生徒指導の際に用いられるソファとテーブル、生徒指導の先生のデスク、掃除用具入れのロッカー、生徒からの没収品を入れた戸棚などが見て取れる。デスクの上には食べかけと思しき弁当箱があった。
「お昼を食べていたところで何かしらの理由で呼び出されて出て行ったみたいね。慌てていたようだし、急ぎの用件だったと考えられるわ」
「どうして慌ててたって分かるの?」
「生徒指導室の鍵を掛け忘れるなんて、慌てていたとしか思えないでしょう?」
「ああ、確かに」
生徒指導の先生がいないのであればどうしようもない、と私達は立ち去ろうとするが、途中で茉莉ちゃんは立ち止まって戸棚を見た。
「あの棚、鍵も付いてないし、黙って持っていってもバレないんじゃ……」
「こらこら。泥棒みたいなことしちゃ駄目だよ」
「むぅ……」
渋る茉莉ちゃんを引っ張って部屋の外に出る。
と、そこで何者かに声を掛けられた。
「あら、どうしたの、あなた達」
それは、どこからか隣の職員室へと戻ってきたらしい、私達の担任の先生だった。
「大川先生に用事?」
生徒指導の先生の名前だ。体育教師で身体は大きく強面、だけど優しい先生だ。厳しくもあるけれど。
担任の言葉に茉莉ちゃんが答える。
「はい。でも、中にいなくて」
「先生なら今、特別棟の四階の廊下にいるわよ」
「何かあったんですか?」
「急に窓ガラスが一枚割れたらしくてね。ついさっき生徒が伝えに来たみたいよ。私も今見に行ってきたんだけど、大川先生だけで大丈夫そうだったから戻って来たの」
なるほど、と彼女は頷いて私に言う。
「
「はーい」
ちなみに蘭華は私の名前だ。
茉莉ちゃんは歩き出す前に「あ」と声を上げて、担任に向き直った。
「先生。生徒指導室、鍵が開きっぱなしになってます」
「それは良くないわね。私が閉めておくわ」
そうして、私達は特別棟の四階に向かった。特別棟には今いる普通棟から渡り廊下を通って行くことになる。ありがちなコの字型の校舎となっており、普通棟と特別棟は対面に位置していて、片端を渡り廊下が繋いでいる形となる。
渡り廊下を通ってすぐ、件の窓を発見した。それは廊下の一番端の窓で、トイレの斜め前に位置している。
その前で大川先生は一人、地面のガラスを掃除していた。茉莉ちゃんが声を掛ける。
「大川先生」
「八条川と
私はてっきり没収された本のことを聞きに来たと思ったが、彼女は違うことを問いかけた。
「窓はどんな風に割れてたんですか?」
「何だ、お前らも野次馬か」
どうやら他にもここに来た生徒はいた様子。特別棟には部室があるので、窓が割れた音を聞いて生徒達が集まっていたのだと思う。
「別におかしな点はないぞ? 外から何かが飛んできただけだろう。それをやった奴がいるのか偶然かまでは分からんが」
「何が当たって割れたかは不明ですか?」
「まあな。廊下にはそれらしき物はなかった。窓を割る威力はあったが、跳ね返って外に落ちたんだろう。後でボールのような物が落ちていないか調べておくつもりだ」
それは別におかしなことではないと思う。だけど、茉莉ちゃんは何かが気になる様子だった。彼女は割れた窓を注視すると、呟く。
「窓の鍵が開いてる……」
確かに割れた窓だけ鍵が開いており、見たところ廊下の他の窓は一つも開いてなかった。
「窓ガラスはどの辺りに落ちていましたか?」
「この辺りだ」
「窓の割れた部分と少しズレてますね」
茉莉ちゃんの言う通り、先生が示した地点は、割れた窓の真下ではなく斜め下だった。
「窓が少し開いていただけじゃないか?」
「それなら、開いたままのはずです。先生はここに来てから窓を動かしましたか?」
「……いや、俺は触れていない」
「つまりはそれ以前に誰かが閉めたということになります。いや、そもそもこの窓だけ僅かに開いているというのも奇妙じゃないですか?」
「何が言いたいんだ、八条川」
「私はこういうことじゃないかと思います」
茉莉ちゃんは隣の窓を僅かに開けると、そこに片手を差し入れて、窓の外から何かをぶつけるような素振りをした。短い棒を振るような動作だ。
「この窓は何者かが金槌のような物で内部から割った、と。そういうことか?」
「はい。そう考えると、このズレもしっくりきます。窓から手を抜いた時につい閉めてしまったんでしょう。かと言って、鍵までは掛ける余裕はなかった。すぐに人が集まって来たはずですしね。恐らく、隠れ場所はそこですね」
彼女はそう言って、すぐ傍のトイレを指差した。
「確かに、ひとまず身を隠せば、その後やって来た野次馬に紛れることは容易いな」
大川先生は感心したように唸り声を上げる。
「でも、どうしてそこまでして窓を割る必要があったんだろう?」
私は浮かんだ疑問を口にする。
「例えば、普通に中から外に割っちゃ駄目だったのかな」
「偶然飛んできた何かで割れたと思わせた方が都合が良かったんでしょうね。有耶無耶になりやすいし。中から割ったら犯人がいることは一目瞭然だから」
「なるほど」
「他にも四階のこの位置の窓である必要があったのか、なんてのは疑問点よね」
「……その口振り、もう分かってるんじゃないの?」
私が不審げに問いかけると、彼女は素知らぬ顔で言う。
「まあ、大体は、ね。まだ推測の部分もあるけれど」
掃除をし終えたらしい先生に、茉莉ちゃんは再度問いかける。
「先生はこの窓ガラスについて、どのような形で知ったんですか?」
「三年の生徒が知らせに来てくれてな。彼女に連れられてここまで来たんだ」
「その時、やたらと急かされませんでしたか?」
「大変です、急いでください、という風には言われたな。それが何か関係あるのか?」
そこまで聞いた茉莉ちゃんは確信に満ちた様子で一つの疑問を投げかける。
「不思議に思っていたんです。その生徒はなぜ窓ガラスが割れていることを職員室じゃなくて生徒指導室に伝えに行ったんでしょう?」
「それは……」
先生は口ごもる。指摘されるまでは奇妙に感じていなかった様子だ。
「当然、先生が頼れるから、というような理由の可能性もあります。しかし、これまでの情報からそれよりも妥当性のある推理が私には可能です」
そうして、茉莉ちゃんは自らの推理をつまびらかにする。
「この窓ガラスを割った理由、それは生徒指導室から先生を連れだす為だった。更には鍵を閉めさせるわけにもいかないので、急かして慌てさせる必要があった。わざわざ四階にしたのも、生徒指導室からなるべく遠くにしたかったからで、傍にトイレという身の隠し場所があるこの窓がターゲットとして相応しかった」
「しかし、俺を生徒指導室から引き離しても、その生徒は一緒だったんだぞ?」
「共犯がいたんでしょう。片方が先生を引き離して、片方が忍び込む。その目的は、没収品でしょうね。事情は知りませんが、急ぎで取り返す必要があったんだと思います」
「そう言えば、今朝スマホを没収された生徒が二人いたな……しかも片方は俺にこのことを知らせに来た生徒だ!」
「決まりですね」
ふふん、と茉莉ちゃんは自信ありげに笑みを浮かべた。
「それでは、生徒指導室に行きましょうか。まだ犯人がいるかも知れませんし」
私は茉莉ちゃんがそのように言った意味は良く分かっていなかった。
生徒指導室に戻ると、彼女は掃除用具入れのロッカーを勢いよく開いた。すると、中から一人の女子生徒が出て来て、私と大川先生は驚くことになる。茉莉ちゃんだけはそれを想定していたようだが。
どうやら没収品を回収する最中で私達がやって来てしまい、急いで隠れたは良いものの、茉莉ちゃんが担任に鍵を掛けるように言ったせいで外に出られなくなってしまったらしい。
つまり、彼女がドジ踏んで本を没収されていなければ、今回の事件は発覚しなかった可能性もあったというわけだ。
こうして、無事に事件が解決し、昼休みも終わりかけだったので、教室に戻る私達。
茉莉ちゃんは没収された本を返して貰っていた。当然、厳しく注意は受けていたが。
「それにしても、茉莉ちゃんのドジが良い方向に働くなんて珍しい。今日は槍でも降って来そうだね」
「……うっさい」
ぺしっと小突かれた。彼女としてはドジ扱いされるのは不服らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます