第140話1月11日脳がテロを起こす

メガネを作ったのだけどどうにも手元の字が読めず

レンズの相談、調整に赴く


結構な距離を自転車で走る

行きは夕刻ながらまだ明るかった


店は大型ショッピングモール内にあるため

着いてしまうとただただ華やかでにぎやか

メガネ屋であれこれ相談し、遠近にすることにする

この日、追加料金を支払う必要があると聞かされたが手持ちがなかった

ATMで下して処理できたものの、時間帯が悪く手数料を取られてしまい、凹む


支払いを終え、帰路


日の落ちた暗い道を走る

気分が滅入るのは暗さとか体力的なしんどさではなくて

そのショッピングモールもこの道も

母と数えきれないくらい通った場所だからだ

この市内での活動は基本、母とともに、だった

というのは逆で

母との行動は基本、市内での活動だった、が正解で

それは

母の行きたい場所やしたいことに同行するというスタンスだったからなのだが

まあどうでもいい


こみ上げるものがある

フラッシュバックというのはこういうのだと実感する

不意に

母が運転する車の助手席を思い出す

鮮明に過ぎる記憶

恥ずかしげもなくありふれた言葉でいえば、ほんの昨日ような、だ

そのショッピングモール内もそう

10月中ごろ、母がメガネを作りたいというので同行した

それがつい先日に思える

気を抜くと何も起こっていないと錯覚する

自転車を漕ぐ足の重さが、起こったのだよと教える

ぎゃあと叫びたくなる

耳がぎりゃあと痛む

目をくりぬきたくなる衝動に駆られる

吐きたい

母の絵が浮かんでしまうんだよ

自動車を運転しながら、日々のことをしゃべる母とか、これからの予定を算段する俺とか、そんな日常会話

そして実感が腹を刺す

もうそれは二度とかなわないよと


頭では分かっている

気持ちの整理もしている

全部なんだよ

もう受け入れている

受け入れてなお

脳がテロを起こす

爆弾が爆発する


市内にはその爆弾が多すぎる

どこに行っても記憶の爆弾が転がっている

上書きすればいいんだよ

どうせみんなそう言う

今度は俺が母を乗せて動き回って

記憶を上書きすればいい

そんな薄っぺらいありていの助言

ありがたがる意味もない

分かってるって話だ


けれどそういうことじゃない

上書きしたところで、なんだ

結構ね、悲壮だったんだよ

母の行動に同行するってのは

なぜそうなったか、なぜそれを続けたか

どんなに説明しても場と時間を共有してない人には絶対にわからない

悲壮を明るく楽しくねじ伏せて、そうやってきた

その記憶は、新しい何かで上書きできることじゃないし

上書きしたくもない

上書きしたら、なくなるじゃん

20年を越えるそんな日々

十数年やってきたこと

あちらこちらにある記憶は爆弾でもあるけれど

二人でがんばってきた証でもある

あそこにいってあんなことがあった、とか

あの店にいけばアレが売っている、とか

それを上書きしたいわけないじゃん

でも上書きしないと、唐突のテロにぶっ倒れてしまうんだ


つまりね

今俺、メニエル的な発作で横になってる

ちょっとめまいがひどくて立ち上がれない

メガネ屋から帰って、なんとか夕食を喰って横になったらそのまま


上書きしちゃうと、たぶん

頭おかしくなるよなあ

少なくとも十数年、根底から数えると20年がからっぽになるからさ

二人暮らししてたというのは、そういう感じなんだ

だから消せない



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