第87話1129やがて すっとさよならできたら と思っていた

病院と駅は、バスで移動している

その道すがら、母と歩いた場所を通る

教え子のダンスを見に行った道、場所

毎回、息苦しくなる

俺の行動範囲は、ほぼそんな感じだ

どこへ行っても目を開く度

気管をわしづかみされる

いつまで続く

ずっとなのか


よくしてくれる人が多くて

とても助かっている

嬉しいし、なんて幸福なことだろうと

なのに気疲れしているのも事実

こうして音声入力ながら文章をまとめてみると本当によくわかる

言いたいことの前後にフォローや言い訳やが多い

ホントにこう思っている

でもこうも思っていると

それらは全部嘘ではないだけにたちが悪い

感謝仕切れない思いとは別に

疲れちゃってるんだよ

気を遣っちゃって


これまでもずっとこう


人は嫌いじゃなくて

むしろ好きなんだけど


それだけにきらわれたくない

失礼したくない

ちゃんと見られたい

なんて思って

自分を、守る


弱いな


結局 何がしんどいかという話で

翻ってみると 一ツは当然ながら母が

どれくらい回復するかということ

歩けるようになる歩けるようになると 言ってくれる人達

一方で麻痺は多少は必ず残ると宣言するお医者

どちらの言葉も重くて辛い

だってな

歩けるようになる のが 着地点だと 正直しんどいよ

車椅子で移動してある程度歩く

そういう生活だと もう本当にあのすべては剥ぎ取られてしまったようなもので

新しいものを見つけるには 時間も体力もお金もない

部屋で一日中鬱々としてなんとなく身の回りのものをゴソゴソして

そんなのあっという間に認知症だよ

その上うつにだってなっちゃう

そういう人なんだよ 母は

人生のイベントを楽しむとか日々の暮らしから 喜びを見つけるとか そういうタイプではなくて

外で ボランティアだとか仕事だとか をすることに生きがいを求める

娯楽もそうだね やっぱり外で手話を教えたり スポーツ観戦をしたり

そういう嗜好の人間だったので 外での活動ができないとなると 死んだも同然

本人が 急性期病院で それに 絶叫したことが ある

私の人生は終わったの

帰りたくない

あのくらい汚い家で一日中寝っ転がってるなんて嫌なの

ここで死んで帰りたいの

と 怖いぐらい 目を小さくしてでも見開いた黒目は異様に大きくて重くて

でもどんな光もなくて

麻痺をしているはずの右の口角さえ大きく高く 釣り上がり

すごく怖い顔なのに なんだかもう 悲しくて

一言一緒に死んでと言ってくれれば 全て解決するのにと 思いながら聞いていた

俺はさ

そんな母と一緒にだらだらと生活してきた

ずっと好き勝手にやってきたから 晩年は母がやりたい事に寄り添っていこうと思っていた

それがすごく楽しかったし幸せだった

だからな

それで良かったんだけど こういう形で唐突に奪われてしまうと ちょっとどうにもならない

ゆっくりとね

話し合いながらひとつひとつを終えて行こうと思っていたんだよ

手話の団体も少しずつ縮小して スポーツ観戦も少しずつ減らして いろんな会合だなんだかんだも 可能な限り少なく 労力を使わないように楽しく活動できるようにして 生活の規模もそれに合わせて整えていって

母がボケたら それに付き合って朝から晩まで同じ話をしたり母の世話をしたり

そうやってゆっくりとゆっくりと話し合いながら一つ一つ終わらせて

やがて すっとさよならできたら と思っていたんだけどね

いきなり全部持ってかれた

冷静に考えたらことごとく俺が悪いんだな

こうなることを予想しなきゃいけないし そもそも色々しっかり普通に生きてりゃこうなったって何かしらうまく回せたし

ちゃんと結婚でもしてりゃ 協力し合える家族もいたし未来に希望もつなげたし

母に、家族他の人間関係を収束したのが一番の問題だよな

でもなってしまったののが仕方ないから 現場で少しでも母が幸福であるようにと思う

俺はさ

すごくしんどいし厳しいし気が触れるんじゃないかという気もしなくもないんだけど

じゃあ不幸かいうとそうでもなくて

意外と多少なりと幸福感さえあるんだ

母と一緒にずっと話していられるというのは楽しい

お世話ができるのも嫌じゃない

この先のね

面倒を考えるとね

気が滅入る

お金があればね

ごめんね解決できること山ほどあるんだけどね

母ががっちり回復して ある程度お金がある

それが 一番の望みですが それが叶わない

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る