二十四 子衿(一)


 仲麻呂は連日京兆府試けいちょうふし合格のお祝いの宴に呼ばれて忙しいようだった。

 わたしたち日本人留学生仲間が彼と会ったのは、合格発表からだいぶ時間が経ったころだった。

 弁正べんせいが屋敷に仲麻呂、吉麻呂と淑梅しゅくばい夫婦、真成まなり真備まきび玄昉げんぼうを呼び、ささやかな祝いの宴を開いた。

 仲麻呂は少し疲れた様子だったが、みなから祝辞をもらうと笑顔を見せて、

「実を言うと、一番にみなさまと祝いたかったのです。やっと今日を迎えられて嬉しい限りです」

 真成も彼に微笑みを返して、

「今日は誰ひとり気を使う相手がいないんだから、思いっきり楽しめよ」

 真成は仲麻呂のために琴を弾いた。仲麻呂はとても喜んだ。

 下女が客人が来たと弁正に告げた。

 弁正が通させると、それは金仁範きんじんぱんだった。

 仲麻呂は丁重に彼を迎え挨拶した。

 金仁範はにこにこしながら、

「合格おめでとうございます。もうひとつ、日本人たちおめでとう。返杯を申し受ける」

と、変わった祝辞を述べた。

 真成が首を傾げて、

「なんだ? その言い方は」

「実は新羅しらぎ商人からの知らせが入った。昨年六月に蘇州を発った日本国遣唐使の帰国船は、四船とも無事日本にたどり着いたそうだ。もう知っていたか?」

 その場にいた日本人たちはみなしばし言葉が出なかった。

 淑梅が叫んだ。

元児げんじ! 無事に日本に着いたのね!」

 彼女は袖で顔を覆って泣き出した。

 弁正は東を向き、合掌しながら声を震わせて、

「淑梅、慶児けいじにも知らせてあげなさい」

 淑梅は部屋を飛び出して行った。

 玄昉は金仁範に向かって合掌した。

「教えてくれてありがとう。我々はみなまだ知らなかった」

「そうか、ではよかった」

 仲麻呂が金仁範に酒を勧めた。

 金仁範は、

「わたしは今日、井真成せいしんせいに声をかけられてここへ来たのですが、実はもうひとりお祝いを言いに来た人がいますよ。さっき外で会いました。わたしに先を譲ってくれた。待たせては申し訳ない。さあ、中へどうぞ」

と部屋の外に向かって声を掛けた。

 入ってきたのは誰あろう、あの元蘇蘇げんそそだった。

 

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