二十 義兄弟(四)
おれは
真成はおれにとって、生まれて初めてできた友なんだ!
友だから、そばに居たいんだ。
友だから、見つけ出したいんだ。
友だから、大事なんだ!
だがそれはわたしの一方的な想いに過ぎなかった。実際は主人と従者であり、真成がわたしに優しくするのは彼生来の性格からだ。わたしが友だからではない。
もちろん分かっている。分かっているのに!
「ああ……」
わたしはその場にうずくまった。
答えを見つけ出せた喜びと、知ったところでどうにもならない絶望で、胸の中がぐちゃぐちゃだった。
真成、真成。おれの大事な友。
たとえこの想いを伝えられなくても、もう一度会いたい。どこにいる? 考えろ、もっと考えろ。もし彼が本気で出家して僧になるとしたら、その前に俗人として最後に何をする? 妓楼に上がる? おれじゃない、真成のことだ。
彼が俗世に別れを告げるとき……
そうだ、きっと手児奈を思い出す! 手児奈のような少女を見かけた
わたしは走り出した。
醴泉寺に駆け込み、門番に日本人が来ていないか尋ねると、門番はにこにこしながら、
「ええ、さきほど来ましたよ。あなたも日本の方ですか? 同邦の方は庭を見たいと言って、まだ飽きずに眺めていますよ」
案内しようとする門番を慌てて制して、まだ肩で息をしながらわたしは、
「す、すみませんが、わたしが戻るまで、彼をこちらに引き留めておいていただけないでしょうか?」
「まずはお会いにならないんですか?」
「はい、事情がありまして。どうかお願いいたします!」
わたしは醴泉寺を飛び出した。
真備に知らせなくては!
大通りを全力疾走していると、脇にあった茶楼から柄の悪い数人の男たちが出て来てわたしを追いかけて来た。
わたしはあっという間に彼らに捕まってしまった。
男たちのひとりが、
「おまえは日本人だな!」
「は、離してください!」
「日本人なんだろ? 答えろ!」
わたしはもうやけになって、
「そうです! だったら何なんですか!?」
「
金の兄貴?
きっと真備が彼に助けを求めたのだ!
わたしは男たちに叫んだ。
「それはわたしではありません! お探しの日本人は醴泉寺にいると、金仁範に伝えてください!」
男たちは顔を見合わせた。
その隙にわたしは身をよじって逃げ出し、また醴泉寺へと戻って行った。
醴泉寺の庭に入ると、そこはとても静かだった。牡丹の季節はとっくに終わっていたが、美しい緑が生い茂り、爽やかな風がときおり吹いて来ていた。
真成は庭の奥の方で、石段の上に膝を抱えて座り、じっと緑を見つめていた。
わたしは彼に何と声をかけたらいいか分からなくて、しばらく突っ立ったままだった。
少し強く風が吹いた。わたしはくしゃみをした。
真成がわたしに気がついた。
わたしは少し頭を下げた。
真成は何も言わず、また視線を草木へ向けた。
わたしはまるで花に止まる蝶を捕まえるかのように、少しずつ少しずつ彼に近づいていった。真成がまたわたしの方を見た。わたしは動くのを止めた。彼はまた緑の方を見た。わたしは動いた。
そんなことを二、三度繰り返すうちに、真成はいらいらしたのか、
「なんだ?」
と、ついに声を発した。
わたしは早足で彼のそばへ行き、思い切って彼の隣に座った。同じように膝を抱えて庭の方を向いた。
わたしの頬に彼の視線が刺さっているのが分かった。
でも彼は何も言わなかった。
わたしは風に波打つ緑を眺めながら海を思い出した。
浜辺にこうやって座ってずっと見つめていた。
あのときおれはひとりぼっちだったが、いまは隣に真成がいる。
こんなときだというのに、わたしの心は喜びで満たされていた。ずっとこうしていたいとさえ思った。
そしてもしできることなら、たったひとこと、彼を「友よ」と呼びたい。
呼んでみようか、でも……。
わたしは心の内で葛藤しつつ、ときどき彼の顔をちらと盗み見たが、結局その言葉を口にすることはできなかった。
日が傾いてきた。
醴泉寺の僧がもうそろそろ出て行ってほしいと言ってきた。わたしたちは腰を上げた。
真成が先に歩いて、わたしはあとに続いたが、門を出た瞬間真成が走って逃げて行ってしまったらどうしようとわたしはどきどきしていた。
門を出ると、真成は歩みを止めた。
通りに真備が立っていた。
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