十七 探花(三)

 西明寺さいみょうじは長安西側の市場街、西市近くにあった。

 わたしたちは久しぶりに玄昉げんぼうに会った。

 曲江宴きょくこうえんへの行列のことや人混みで見かけた仲麻呂の様子を話すと玄昉は、

「近いうちに仲麻呂は見物される側になるだろうな。探花使たんかしに選ばれて、きっとうちの寺にも来るだろう」

と笑った。

 玄昉から醴泉寺れいせんじという寺の牡丹も見事らしいと聞いた真成とわたしは、おしゃべりしながらそちらに向かった。

 途中、路上に琴を弾く旅芸人の少女がいた。

 真成の足は止まった。彼はじっと彼女を見つめた。

 演奏が終わると真成は少女の前に置かれていた小さな籠に銭を投げ入れた。

 少女は明るく笑ってありがとうと言った。

 その後醴泉寺に着くまでも、着いてから庭で牡丹を見ているあいだも、真成はずっと無言だった。

 わたしには彼の目に浮かんでいるのが咲き誇る色とりどりの牡丹ではなく、彼が故郷に置いてきた一輪の可憐な花であることが分かっていた。

 わたしも彼に話しかけずに黙って庭を眺めた。

 崇義坊すうぎぼうへ帰る道でも真成は言葉少なだったが、腹が減ったな、と言って一軒の飯を出す店に入った。

 そこでは若い男たちが何人か飯を喰っていた。

 わたしたちは彼らのそばの席につこうとした。

 すると男たちのひとりが立ち上がり、真成の肩を掴んだ。

「おい、出て行け」

 真成は眉を寄せて、

「なんだと?」

 男は薄ら笑いを浮かべて、

「おや、唐語が分からないのか? 出て行けと言ったんだよ、倭人わじん

 真成は肩の手を払った。

「そういうおまえは何だ?」

「それも分からないのか? 本当に倭人はものを知らんな。いいから早く出て行け」

「なぜ日本人だと出て行かなくてはいけない?」

「野蛮だからだよ。倭人は全身に文身ぶんしん(入れ墨)してるんだってな。おお、女みたいな顔してるくせに、恐い恐い」

 男の連れたちは一斉に笑った。

 真成は連中を睨みつけた。

 男はその視線を見つけると、

「なんだ、その目は。何か言いたいことがあるなら言ってみろ。ただし倭人訛りの唐語ではなく、ちゃんとした発音の唐語でな?」

 真成の頬が怒りで震えた。

 彼が息を吸い込み、口を開いて言葉を発しようとしたときだった。

せ。もうそのくらいにしておけ」

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