十二 舞姫(二)

 恐る恐る近づくと、それはさきほどの宴の最中、目の前で舞っていた舞姫のひとりだった。

 驚きのあまり突っ立ったままのわたしに、舞姫が寝台を叩きとがった声で言った。

「何してるのよ。早く来なさいよ」

 わたしはそっと彼女の隣に座った。

 舞姫はわたしを睨みつけて、

「あたし今夜はとっても疲れてるの。早く帰りたいのよ」

 わたしは彼女が何を言っているのか、なぜ怒っているのかさっぱり分からなかった。

 舞姫は急にくすっと笑って、

「あんたもしかして“童子佩觿どうじはいけい”ってやつね?」

 彼女は立ち上がり、舞いはじめた。


 芄蘭之支 童子佩觿 

 雖則佩觿 能不我知 

 容兮遂兮 垂帶悸兮

 ……

(ががいもの枝の先についた、尖った実のような帯飾りを男の子が腰につけてるわ。帯飾りをつけて一人前の男みたいに振る舞っているけど、わたしを知ろうともしないの……)(註三)


 舞い終わると、彼女はわたしのひたいを指でぴん、とはじき、

「じゃあね! おやすみ、ぼうや」

と笑って部屋を出て行った。

 わたしは美しい舞姫がわたしのためだけに舞ってくれたこと、指先とはいえ彼女がわたしに触れたことに興奮して、枕を抱きしめ寝台の上をごろごろと転がった。

 ああ、なんてい夜なんだ!

「好い夜を」

 玄昉げんぼうの声が耳によみがえった。

「……真海まうみがこれから女を知るときに、その初めての夜が好いものとなるよう……」

 え!?

「そういうこと!?」

 わたしは飛び起き、部屋を駆け出て舞姫を探したが、もちろん彼女の姿はもうどこにも無かった。

「あああ、おれの馬鹿! 馬鹿!」

 わたしは壁にごん、ごんと頭を打ちつけた。

 夜風に乗って真成が弾く琴の音がわたしの耳に届いた。

 そのいつ終わるとも分からぬ調べを聞きながら、わたしはひとり虚しく眠るほかなかった。



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