第60話

龍介達が、『ちんぎょうじさん!』を連発する陽気な中国人の、ゴージャスといえばいいのか…。

赤と金色で装飾された、目がチカチカする様なプライベートジェットに羽田で乗り込んだ頃、加来は成田空港で困り果てていた。


まだ羽田からは一部のアジア地域にしか国際便は飛んで居なかったので、調べながら成田へ行った。

京極の父の強烈な運転で飛ばしまくるBMWで、人生初の車酔いを体験しそうになりながら、行方を追ったが、やはり行き詰まった。


加来にも、加奈が京極と自分がフランス行きの便に乗ったかに見せかけた細工をしたという事は、直ぐに分かったが、その先である。


成田空港のロビーで、加来は局長に聞いてみた。


「元局長、何か心当たりはないですか…。」


「あのバカ息子の行く先など知らん。」


「で、では例えば…。京極さんはご病気の様です。その状態で行くとしたら、やはり信用出来る昔からのお知り合いではないでしょうか。」


「かもしれんな。」


「どなたですか、それは。」


「バカ息子の交友関係なんぞ知らん。」


「ーじゃ、じゃあ、元エージェントとして、アタリはつけられませんでしょうか…。」


「アイツの考えている事など分からん。」


一事が万事この調子である。

しかも、2人を探し出そうと持ちかけて来たのは、この人なのに、全然役に立たない上、指示や方針も出してくれない。


警察庁の特務機関とはいえ、そこで仕事をしている加来に、海外で動き回っているエージェントの世界はよく分からない。


彼らは大きな組織の後ろ盾があって活動する警察庁の人間とは違う。

小さなチームだけで、なんの助けも無い海外で活動している。

そのため、独自のやり方を持っているし、警察庁側の人間から見たら、神出鬼没だし、かなりイレギュラーな事もやる。

それも、少人数で任務を遂行する為の、自分達の身を守る術なのである。

中でも、京極は一流のエージェント且つ、イレギュラーの代表選手の様な男だ。

その上、一流の情報官である加奈が付いているとなると、鬼に金棒。

どんな事でもできてしまうだろう。

いくら病身でも、潜伏なんて朝飯前かもしれない。


しかし、元局長は元エージェントでもある。

手の内は分かっているのではないかと思って、聞いてみるのだが、分からんしか言わない。


ーなんでこの人が局長になれたんだ…。

そういやしょっ中真行寺顧問がキレまくって電話壊したり、茶碗投げたりしてたよな…。

イライラするのも分かる様な気もするなあ…。


だからと言って、今の局長の佳吾に聞く訳にも行かない。

佳吾や竜朗は、加来の目的を、元局長と同じと考えているだろうから、止められるであろうし、下手したら、竜朗の組織の人間の誰かが捕まえに来てしまうかもしれない。


龍彦はもっと教えてくれないだろう。

なんといっても、京極の親友だ。


全ての出発便の監視カメラを検証する事も考えたが、時間がかかり過ぎる。

ある程度、ここと目処をつけなければ、加奈の技術で細工した痕跡など、容易には見つけられない。


ーん?親友?確か、彼らの代には東大出があの2人だけでなく、もう一人居なかったか…?

その人とも友達なのかもしれない…。


加来は外務省内でも秘密の名簿を調べた。

加来はアクセスコードを持っているから、寅彦と違って、直ぐにアクセスして調べられる。


ーやっぱり3人か…。一本杉学…。今の担当国は…、中国…。


加来は中国の空港のカメラの細工状況を調べた。


「ああ…。見つけましたよ。恐らく北京です。」


「よし。北京へ行こう。」


労いも何も無し。


ー本当に、なんで局長になれたんだ…。謎だなあ…。




加来と京極の父が北京行きの便に漸く乗って、日本を飛び立った頃には、龍介達は北京に到着し、佳吾に聞いた一本杉の事務所に車を走らせていた。


事務所に着くと、一本杉らしき、どっしりとした柔道体型の銀縁眼鏡をかけた、どこからどう見ても、ヤクザ風の男性が、龍介を見るなり涙を流さんばかりに嬉しそうな顔で駆け寄り、いきなり抱き上げた。


「なっ…、何すんですかあ!」


「お前ドラの子だろ!?」


「俺はドラえもんとは親子じゃありません!」


龍介の爆笑を誘う様な天然の口答えも無視して、一本杉は頬ずりしそうな勢いで、龍介を振り回した。


「可愛いなあ!アイツそっくりだぜ!良かったあ!ドラが生きてて、ちゃんと会えたなんて!もう俺は感動で二週間は泣いたぜ!」


そして、やっと龍介を降ろして、右手を差し出した。


「一本杉学だ。お前の親父の真行寺龍彦とは大学の時からの親友。宜しくな。」


龍介は握手を交わしながら、一本杉を注意深く見つめた。

4人の来訪を驚きもしていない。

これは事前に察知されていたはずだ。


「俺たちがここへ来るの、ご存知だったんですね。」


「勿論。中国に出入りする人間は全部把握してる。」


「そうなんだ…。流石だな…。俺たちは、京極さんをお父上から守りに来ました。京極さんはおられますか?」


「だと思った。アレを国外でやられちゃあ、下手すりゃ俺たちの素性もばれちまう。」


そして、やっと真行寺に挨拶した。


「ご無沙汰しております。顧問。」


「もう顧問じゃないよ。さすらいのスナイパーは辞めて、チームを持ったとは知らなかった。」


「さすらってた方が性に合ってるとは思うんですがね。

京極は、そこの部屋に居ます。

熱が結構高くて、本当は入院させたいんですが、病院じゃ警備がままならないんで、点滴仕入れて、知り合いの漢方医に診せて、今眠ってます。」


「ありがとう。ご面倒かけるね。」


「いえいえ。で…。2人を引き裂くなんて事はありませんよね?」


一本杉は眼光鋭く真行寺を見据えて聞いた。

言葉遣いは丁寧だが、引き裂くなんて言ったら、ただではおかない、そう言いたげだった。


真行寺は笑った。


「俺がそんなヤボな事すると思うかあ?」


一本杉も笑い出した。


「そりゃそうですね。ドラは兎も角、顧問には言えねえや。」


不思議そうな顔の龍介にそっと教える。


「この人はな、凄えプレイボーイなの。まあ、モテるから仕方ないっちゃあ、それまでなんだけど、しょっ中若いオネエちゃん家に連れ込んでるんだよ?」


「ええ!?グランパは変態って事ですか!?」


「へ…変態…?」


目が点になっている一本杉に真行寺が慌てて、龍介との間に入って、必死になって言った。


「この子はちょっとそういう事には疎いんだ!結婚していないのは、みんな変態になっちまうんだよ!」


「ええ!?本当にドラの子ですか!?」


「俺もそこが不思議だが、しずかちゃんに似てしまったんだろう!」


「はあああ…。なるほどお…。」


全然納得行ってなさそうだが、そう言うと、龍介の頭を撫でた。


「あのさ、ドラ息子。結婚してなくたって、好き合ってりゃ変態じゃねえのよ。」


「それはそう思います。」


「じゃあ…、線引きがあんの?」


「女の人の方も相手が好きだったら、変態では無いんじゃないかと、最近思い始めました。

だから、夏目さん、寅、うちのお父さん、京極さんは変態じゃない。

でも、女の人の方にその気が無いのに、お付き合いを求める佐々木というのは変態だと思います。」


一本杉は腹を抱えて笑い出した。


「面白い…。面白すぎるぜ、ドラ息子…。」


「あのお…。さっきから、ドラとか、ドラ息子とかなんなんですか…。うちのお父さんはドラえもんという仇名なんですか…。」


とうとう、一本杉のチームのメンバー全員が笑い出してしまった。


「あのな、ドラってのは、ドラゴンの略。

現役時代、ドラゴンて仇名だったんだよ、アイツ。

仕事させると、おっかねえわ、強烈だわ、どんな任務でもこなすから。」


「へええ…。」


それは、龍介にとっても、なかなか嬉しい。

そう言えば、ジャックというCIAの相棒も、ドラゴンと呼んでいた。


「でも、ドラゴンなんてかっこいい仇名で呼んでたまるかだろ。だから、俺はドラって呼んでんだ。んで、お前さんは、その息子だから、ドラ息子。」


「でも、ドラ息子っていうと、なんかどうしようも無いダメな息子に聞こえるんですが…。」


「いいじゃん。真逆なんだから。ギャップってのが、世の中面白えのよ。」


龍介的にはちっとも良く無いのだが、そのままドラ息子は定着してしまった。


龍介と亀一を一本杉に任せると、真行寺は寅彦を加奈と京極の部屋に連れて行った。


「寅ちゃん…。ごめんなさい…。」


加奈は寅彦を見ただけで泣き出した。


「ゆっくり2人で話しなさい。恭彦には私が付いているから。」


2人を別室に行かせ、真行寺は京極の枕元の椅子に腰かけた。

暫くして、京極の手が何かを探す様な動きを見せ始めた。


ーん?どした?喉でも乾いたか?


真行寺がサイドテーブルの水を手にしようとすると、京極が何か言った。


「かだ…。」


土台酷い声の上に、気管支炎になんかなっているから、とてもじゃないが、聞き取れない。


ーカダ…。

華陀の事か?

中国の伝説の名医だな…。

うわ言で、そんな医者の名前を呼ぶ程、辛いのか…。

うーん、これはやはり早いところ、あのウスラバカを確保しないと、入院もさせてやれん…。

いっそ、あのウスラバカを先に見つけ出した方がいいか?

いや、しかし待てよ。

俺もアイツは嫌いだが、アイツも俺は敵認識だ。

街中で会って、確保なんかしようとしたら、大乱闘になって、またあのバカが何をするかわからんぞ…。

となると、こんなところで問題起こして、一本君に迷惑をかけるのも、問題だな…。

大体、問題を起こさせない為に来たってのに、そんな事になったら、佳吾に日本刀を抜かれるのは俺だ。

うーん、どうしよう…。


京極は尚も探している。


「かだ…。」


ーん!?加奈か!?

なんだ、加奈ちゃんを探していたのか!

案外甘ったれなんだな。可愛いぞ、恭彦。

じゃなくて、どうしよう。

加奈ちゃんは今、寅と大事な親子の会話中だしな。困ったな…。


「かだ…。」


弱々しく言う京極が痛々しい。


ー仕方ない。俺で我慢しとけ、恭彦。


真行寺が手を握ると、京極の眉間に皺が寄った。


ーやはり男の手じゃ駄目か!?龍介の方が俺より手は小さくて華奢だな。龍介呼んでくるか!?


しかし、それには及ばず、京極は目を覚ます事なく、また眠った。


ーああ、良かった良かった…。


加奈と寅彦の話が終わり、部屋に明るい顔で入って来た2人が見たものは、京極の手を両手で握り、京極を心配そうに見つめる真行寺だった。


イケメン同士だけに、実に背徳的ないい雰囲気…。

まるで、初老に差し掛かったお金持ちのパトロンが、美貌の青年を毒牙にかけているような…。


「こ…顧問…?」


ハッと振り返ると、加奈と寅彦は青い顔で震えていた。


「ごっ、誤解だ、加奈ちゃん…。」


「いくら恭彦さんが綺麗で、顧問がイケメンでも、そんな事って…。

顧問は女性に目が無いだけかと思っていたら、男性まで…!?」


「ち、違う。どおしてそうなるんだ…。」


「だって顧問…。」


加奈と寅彦は抱き合って震えている。


「だから違うんだっつーの!」


事情を聞いて、龍介の天然ボケのルーツが分かった気がした。




やっと落ち着いたところで、引き続き、京極の父の動向を探っていた寅彦が言った。


「一本杉さん、お父上と親父、空港に到着。こちらに向かっています。」


「えーっと、じゃあ、顧問、指揮お願いします。」


「ああ。では龍介、きいっちゃんは、ドアの両側でパタパタ竹刀持って待機。一本君、ランチャー貸してくれ。」


「ラ…ランチャーですかあ!?」


「ランチャーだよ。何度も言わせるな。」


「このアパート吹っ飛んじまいますよ!?メイドインチャイナなんですからね!?」


「弾は変えるから安心したまえ。」


そう言って、真行寺はキッチンに走って、何か細工して、ランチャーの実弾を抜き、それを詰めて構えた。


寅彦が告げる。


「このビル前に到着。入りました。」


京極の父の巨体が、ドア前の監視カメラに映る。


「来るぞ。全員ガスマスク装着。」


京極の父がドアを開けた。


すかさず放たれる真行寺のランチャー。


その弾は、胡椒を大量に混ぜ込んで、小麦粉を練って固く固めた物らしく、ドスンと言って、京極の父の胸に当たり、流石の京極の父もよろめいた。


小麦粉の煙と胡椒の刺激で、くしゃみ連発かと思いきや、京極の父のくしゃみは聞こえず、後ろから加来のくしゃみの連発が聞こえるだけ。


真行寺は間髪を容れず指示を出し、動く。


「本当に人間じゃねえな。2人!思いっきり打ち込め!」


「だってグランパ、これ、骨が折れるんだぜ!?」


「こいつは人間じゃねえ!さっさとやれ!」


言いながら、真行寺もランチャーで京極の父を思い切り叩き、龍介と亀一も迷いつつも、肩に打ち込んだ。


ところが、四次元世界のデカコブラの頭蓋骨ですら砕けたパタパタ竹刀の一撃なのに、京極の父はうずくまるだけだ。


大体、ランチャーで叩かれたら、普通の人間だったら大怪我のはずである。


「うっそお…。」


呆然とする龍介達に、真行寺はロープを放った。


「これでグルグル巻きにするんだ!」


3人で人間ではなく、猛獣を捕らえる時の様にロープでグルグル巻きにし、漸く京極の父を確保する事が出来た。


「やっぱ死なねえな。クソッタレ。」


心から残念そうに真行寺が言った。

本当に殺したかった様である。


「真行寺…。貴様、どうしていつもあのバカ息子に肩入れする…。」


しっかり喋れているのを見て、龍介が呆然とした口調で呟いた。


「やっぱ人間じゃねえよ、きいっちゃん…。」


「ほんとだな…。」


よくよく見たら、あのパタパタ竹刀が少し曲がっている。


「怖ええ…。」


震える2人の前で、お爺さん2人の会話は続く。


「恭彦は間違った事はしてねえからだ。」


「何故間違ってないと言えるのか。

他所様の奥さんになり、家庭まで持っている人を奪うなど、どこが間違っていないと言える。」


そこへ京極の父の陰に隠れて、全く見えなくなっていた加来が出てきた。


「それなんですが、元局長、黙っていて申し訳ないのですが、僕はこれを加奈に届けたくて、ここに来ました。」


加来が出したのは、離婚届だった。


「加来君、君…。」


「僕が一時の感情で2人の人生をメチャクチャにしてしまったんです。

随分遅くなってしまいましたが、加奈は京極さんに返します。

ですから2人の事、許してあげて下さい。」


「加来君…。本当にいいのかね…。」


「ええ。僕もずっと罪悪感を抱えて生きて来ました。ちょっとすっきりすらしています。」


加来は寅彦をちらっと見ると、何も言わず、京極の父に言った。


「帰りましょう。この騒ぎですら出て来ないなんて、京極さん、相当お悪い様ですから…。」


するとガタガタという音と、何やら揉める様な声がして、紫色の顔色になっている京極が、ぜえぜえ言いながら、ドアにもたれ掛かりながらも銃を構えて、足でドアを蹴った。


「ぐぞおやじ…。がえれ…。」


誰も何を言っているのか分からなかったが、京極の父はスクっと立ち上がり、


「フン!」


と気合を入れた。


それと同時に解けるロープに、龍介達の目は点になり、言葉も無い。


「言われなくても帰る。鸞も待っている事だしな。早く治せ。そのままじゃ、誰にも話が通じんぞ。」


ちゃんと通じているのにもびっくりだが、あんな攻撃を受けても、何事も無かったかの様に、スタスタと歩いて去って行った京極の父にもびっくりである。


びっくりしていないのは、真行寺と京極だけだ。


「チキショー。殺し損なったぜ…。」


「ごんどばごろじでぐだざい…。」


「ん!?」


加奈が通訳に入った。


「今度は殺して下さいだそうです。ああ!恭彦さん!」


京極は倒れ、一同大慌てで病院に運び、京極は入院して、龍介達の仕事も無事終わった。


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