第35話

卒業式前の日曜日、龍介は竜朗に連れられて高輪にある真行寺の家に行った。


「うわあ、凄え家…。」


真行寺の家は邸宅というのが相応しい様な、立派な洋館だった。


「だろ?結構古いお屋敷なんだぜ?じゃ、入ろうか。」


呼び鈴を押すと、暫くして真行寺が出てきたが、龍介の顔を見るなり、酷く慌て始めてしまった。


「たっ、竜朗!?今日だったか!?」


「はい…。あ、不味かったですか?オネエちゃん来てるとか!?」


「い、いや、今日はオネエちゃんは来て無いんだが、参ったな…。ううーん、と、取り敢えずここで待っていてくれ。」


ーオネエちゃん?


ポカンとしている龍介に踵を返し、走りだそうとした真行寺の真正面から、背の高い男性がバーボンの瓶を片手に真行寺に向かって話しかけながら歩いて来た。

真行寺は後ろ姿を見るだけでも焦っているのが分かる。


「親父ー、これ飲んでいいのー?」


「うわああ!出て来るなああ!」


真行寺は玄関にあった花瓶を投げつけた。

ご老人とは思えない勢いで、花瓶は立ててあるまま飛んで行き、男性が顔の前でバシッとそのまま受け取った。


「息子に向かって、出て来るなとはなんだあ?」


男性が花瓶を下げた。

その顔を見て今度は竜朗が目を剥き、真行寺は慌てて、竜朗達の視界を遮る。

男性は顔を出して、来客を見ようとし、さながら2人はEXILEのダンスの様になっている。


ーなんつー年齢層の高いEXILE…。


龍介がそんな事を思っている横で、竜朗は珍しく焦った口調で叫んだ。


「たっちゃん…?たっちゃんじゃないんですか!?顧問!」


「顧問は今はお前だ!」


真行寺、焦るあまり、どうでもいい事を口走っている。

竜朗の声を聞き、今度は男性が焦った様に叫んだ。


「お義父さん!?なんで!?」


「やっぱたっちゃんだ!顧問!これは一体どういう事なんです!?」


「ああああー!!!もう仕方ない!龍彦!出て来なさい!」


出て来なさいも何も、真行寺が隠していたのだが。


男性が、申し訳なさそうに出て来て、竜朗に頭を下げた。


「生きてたのかい…。たっちゃん…。」


「ーはい…。生きているのが知られたら、しずかもうちのチームのメンバーも危険だったので、CIAの方に移籍してました…。」


竜朗は、龍介が見た事も無いような、顔をしていた。

かなりのショックを受け、半ば呆然としてしまっている様な感じだ。

龍介には、それが何故なのか、全く分からないし、龍介自身も、大人達が何の話をしているのか、サッパリ分からない。


ー危険だったから、CIAにいたとか…。なんだろ、この人、スパイかなにか…?

でも、この人、なんか初めて会った気がしねえんだよな…。なんでだろ…。


「なんでもっと早く言ってくんなかったんだい…。」


龍彦が答える前に、真行寺が、心から申し訳ないと言った様子で話し始めた。


「申し訳ない、竜朗。騙していたつもりは無いんだが、袁がなかなか見つからなくてね…。

袁が見つかるまでは、龍彦が生きていると知れたら、龍彦の関係者に何をされるか分からん。

結局、袁が見つかったのは数年前だったから、もう出て来ない方がいいだろうという事になってね…。」


龍介一人、訳が分からず、ポカンとなっているのに気が付き、今度は竜朗まで慌て始め、大人3人は円になってブツブツ言い始めた。


「竜朗、龍介君には何も話してないんだろ?」


「ええ…。」


「俺はいいんです。今更家庭を壊す気はありません。だから死んだ事にしといたんですから。」


「それじゃダメだよ。しずかちゃんどうすんだい。

しずかちゃんはな、ずっとたっちゃんは生きてるって言ってたんだ。

それを俺たちがあの焼死体見ただろって説得しちまって…。

今だって言いはしねえが、心ん中でそう思ってる。時々泣いてるもん…。ほんと申し訳ねえよ…。どうしよ、俺…。」


「それで良かったんです。生きてるの前提で暮らされてたら危なかったんですから。」


「竜朗、しずかちゃんの事はまた後で話そう。取り敢えず、龍介君だ。」


「この際だから全部話しましょう。たっちゃんをこれ以上1人ぼっちで辛い目に遭わせる訳にいかねえ。」


「いや、それはどうなんだ。加納一佐と最近は親子関係も上手く行ってるんだろ?それにショックが大き過ぎるし、全部を話すには、まだ早い事も多い。」


3人がハッと気付くと、龍介は直ぐ近くで、耳をそばだてていた。

3人と目が合うと、龍介は龍彦と呼ばれた自分とよく似た顔立ちの男性見つめて聞いた。

初めて見たような気がしない理由が分かったからだった。


「あの…。貴方、時々俺の事見てませんでした?」


「えっ!?」


「うちの中も覗いて、母さん見てた事あるでしょう?ポチが俺と勘違いして出たら居なくなっちゃったけど…。」


「見…見られてたの!?俺!」


「いえ。気配が同じです。」


「だから気を付けて見に行けって言ったろう!?」


怒る真行寺に、頭を抱える龍彦。


「うわあ…。バレてたのかよ…。参ったな…。」


「やっぱ俺言う!」


竜朗が龍介を振り返り、真剣な顔で言いかけると、真行寺と龍彦が全力で竜朗を押さえ込み、竜朗は2人に上から乗られ、ひしゃげたのかと思いきや、腕を突っ張り、2人を跳ね飛ばして叫んだ。


「龍!この人はおめえの本当の父ちゃんだ!」


龍介は大きな目を更に見開き、暫くした後、絶叫の様に叫んだ。


「ええええー!?嘘おおおー!!なんだそれはー!!」


真行寺は唸った後、唐突に真顔になって、スクッと立ち上がり、龍彦の肩をポンと叩いた。


「じゃあ、龍彦から説明しなさい。私はお茶の用意をして来よう。」


「お、親父!?お茶ならメイドさんに頼みゃあいいだろ!?」


「いや!私が!」


「逃げんのか、親父いー!」


「逃げてなどおらんわああー!」


と言いながら、逃げているとしか思えない走りっぷりで行ってしまった。


「全くもう…。じゃあ、向こうで話そう…。お義父さんも…。」




龍彦に付いて行き、アンティークの様な素敵な家具で整えられた応接室らしき部屋に入ると、龍彦は龍介を真剣な目で見つめて話し始めた。


「俺は、しずかが加納一佐と結婚する前に結婚してたんだ。それで…。」


言葉を切り、竜朗を見る。


「あの、この子はどこまで知ってるんですか。」


「実は、そんな話してねえんだ…。」


「そりゃそうですよね…。」


2人はどこからどう話すべきか悩んでいる様だ。

そして竜朗は龍介を見た。


「大丈夫かい…、龍…。」


「うーん…。それが不思議と今の所は…。どっちかっていうと、納得かな。

母さんが俺の事見ながら突然泣き出したり、俺が家ん中で誰にも似てなかったり。

なのに、誰もそれには触れなかったり。

真行寺さんに初めて会った時、真行寺さん、嬉しそうな顔してくれたのに、突然慌てたみたいに無表情になっちゃったのも、俺のお爺ちゃんだって事バレたら大変て思っての事だったのかなとか…。

そういう事なら、それも納得が行くかなって…。

本当の父親が殺人犯でしたってなら兎も角、そういうんでもないし、寧ろいい人そうだから…。でも…。」


「ん?なんだい。」


「父さん可哀想だね。あんなに母さんが好きなのに。」


「龍太郎なんかいいんだよ。」


龍彦が目を剥いた。


「良かないですよ!?双子ちゃんだっている!」


「んじゃ、たっちゃんこのままでいいのかい。それこそ良くねえだろ。しずかちゃんだって…。」


しずかの名前を出す度に、龍彦は辛そうな顔をした。


「そっとしずかちゃんや龍の事見てたんだろ?本当は一緒に暮らしたい筈だ。つーかそれが当たり前なんだ。兎に角、俺は龍太郎としずかちゃんに話す。」


龍彦が何か言いかけた時、龍彦の携帯が鳴った。


「すみません。相棒からです。」


龍彦は英語で話し始め、龍彦は部屋を出て行き、その後、竜朗と真行寺を呼んだ。


そして暫くして、お茶を持った真行寺が入って来て、竜朗がヒョコっと顔を出し、いつもの調子で言った。


「龍、爺ちゃん、ちょっと出て来るから。そこで、顧問と話しててくれ。終わったら、迎えに来っからよ。」


「ーなんかあったの…?」


「なんも。ちょっと込み入った話、2人でしてえだけ。」


そう言うと、もう龍介の質問は受付ない雰囲気で、真行寺に言った。


「顧問、龍、お願いします。」


「分かった。」


「ん。じゃあ、ちょっと行ってくっから、龍はよ。」


竜朗は、龍介の目をジッと覗きこんで微笑んだ。


「ちゃーんと、自分の心にも向き合ってやんな。おめえは、頭良すぎっから、時々、頭だけ暴走して、気持ちを置き去りにしちまう。

そういうの、置き去りにしっ放しにすると、後で響くんだ。

普通の子どもなら、パニックになって、熱出したっておかしくねえ事実知っちまったんだ。

顧問とゆっくり話して、自分の気持ち、大事に見てやんな。」


「ーはい。」


竜朗と龍彦を見送ると、真行寺は龍介の頭を撫でて笑いかけた。


「じゃあ、待ってる間、龍彦の君位の写真でも見ながら、思い出話でも聞くかい。」


気を紛らわそうとしてくれている上、龍彦を知って欲しいという思いも伝わってくる申し出に龍介も笑顔で答えた。


「はい。どんな人なのか教えて下さい。」


「きっと驚くよ。」













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