第28話

龍介と亀一は何かヒントが無いかと、龍太郎の設計図と悟の父が書いたノートを見直していた。


「佐々木の親父さんの猫そっくりの猫を向こうの世界で助けたら、こっちの親父さんの猫が死んで、向こうの佐々木が助かったら、かわりの様にこっちの佐々木が瀕死…。

状態的には殴られた様な感じで、死因は同じになるようになってる…。

父さんはバランス取ってるって言ってたよな。つまり、同じ価値の同じ重量の物が死んで無くなる様になってるって事かな。」


龍介が言うと、亀一は青ざめた顔で頷いた。


「そういう事だな…。」


「佐々木と同じ価値で、同じ重量…。きいっちゃん、一か八か試してみたい事があるんだ。」


「何だ。」


「人の命には代えられないってよく言うけど、命より大事な物ってのもあるだろ?」


大人になると、大切な人だったり、信念だったりする事も多くあるが、子供の場合、物である事が多い。

特に男の子は。


「それで佐々木の重量を賄う位集めて…?」


「燃やしてみるんだ。 その分だけこの世から消す。どうだろう?」


「ー分かった。やってみよう。俺の命より大事なもん持って来る。だけど龍、お前は…。」


「何?」


「そんな義理ねえだろ…。今回の一件は、俺があんなもん作って持ってきたせいだ。それに佐々木は…。」


龍介はクスッと笑うと、優しい目をして亀一を見た。


「もう佐々木アレルギーは無えよ。まあ確かにソリは合わねえ気はするから、2人っきりだとぶつかるだろうけどさ。でもなんかもう仲間って認識になってるし。死なれんのは嫌だ。

それに、今回の件、俺は誰も悪く無えと思うし、責める気にもならない。」


「ーなんで…。」


「だってさ、きいっちゃんは元気な拓也の姿見たかったんだろうし、それって、拓也の小さい時から知ってる俺としては凄えよく分かるし、きいっちゃんの弟思いの優しい所だと思うし。

佐々木が向こうの佐々木に文句言っちまったのだって、凄え分かる。

同じ顔してる奴がそんな情けねえマネしてたら、俺だって腹立てて文句言っちまうと思う。

それに佐々木は、例え1人ぼっちになっても、大村達と自分で決別した。尚の事頭に来ただろう。」


「ーごめんな…。」


「なんで。だからいいって言ってるだろ。じゃあ、寅達が帰って来たら、あいつらにも協力を仰ごう。」




寅彦達が戻って来た。


やはり夕刊には、お金をほんの少し親の財布から取って持って行った悟に対し、大村達が少ないと言って、殴る蹴るの暴力を振るい出し、止まらなくなり、集団で暴行を加え、気がついたら、悟が動かなくなっていたので、慌てて逃げたが、近所の人に目撃され、悟は病院に運ばれたが、脳挫傷で既に死亡。大村達も直ぐに逮捕されたという事だった。


龍介の案を話すと寅彦達も、2つ返事でやると言ってくれた。

1回解散して、命より大切な物を取りに各々自宅に帰る。


龍介は部屋に入ると、机の引き出しから古いマニュアルカメラを出した。

コンタックスのS2というカメラで、カールツァイスの50ミリのレンズが付いており、しずかから譲り受けた物だった。

しずかは高校、大学と写真をやっていて、龍介が写真に興味を持った時、珍しく迷いながらくれた。

とてもいい物だし、何か思い出がある様にも見えた。


「でも龍ならいいわ。大事にしてね。」


そう言って譲ってくれ、使い方を教えてくれた。

デジタルには無い、1枚1枚写真を撮っているという感覚が、龍介には新鮮で気に入ったし、面白いと思った。

露出やシャッタースピード、フィルムの感度、光の加減、そういう事を全て自分で調整して撮るというのが楽しくなって来ていた。

しずかが今でも時々使っていた暗室で、今度はモノクロフィルムの現像を教えて貰う予定だった。

そのカメラは、デジタル時代の今ではなかなか手に入らないし、あってもこういういい状態の物は値も張る。

多分、地震だ!となったら、龍介はこれを持ち出す。

苺達にも触らせない。

作ったフランス車のプラモとも思ったが、それらはそこまで大事では無い。

欲しいと言われれば、あげられる。

剣道の胴着や竹刀は勿論大切な物だが、あれは愛着があるという以前に道具だ。

チェロも然り。

使い慣れて気に入ってはいるが、別にあれでなくても構わない。


ー凄え惜しい感じだもんな…。やっぱ命より大事ってのは、これだよな…。


手放すと考えると、かなり辛かったが、悟を助ける為だ。

龍介は話し辛かったが、しずかに悟を助ける為に手放したいがいいかと話しに行った。


しずかは真剣に聞いてくれた。

そして龍介の話が終わった途端、大きな声で一言言った。


「偉い!よく考えた!」


「母さん…。いいのか?」


「いいわよ!きっと上手く行くよ!仮に上手く行かなくたって、母さん構わない!龍がそのS2大事にしてくれてるの、よくわかってるもん。その上で、悟君の為に犠牲にしようとするその心意気が、母さんは嬉しい。使っていいわよ。勿論です。」


「有難う、母さん。」


「私こそ有難う。素敵な子に育ってくれて。」


龍介は照れたように笑うと、家を出た。




寅彦は珍しく少し遅れて来た。

目の縁が真っ赤で、泣いていたかの様だ。


「寅、どした…。」


龍介が聞くと、涙がポトリ。


「いや…。気にしないでくれ…。」


ーいいや!物凄く気になるんだけど!?


3人同時にそう思い、いいから話してみなと言うと、珍しくボソボソと言いづらそうに話し始めた。


「俺の命より大事なのは、やはりこのダイナプロ…。

しかし、このノートパソコンへの思い入れは深く、アキバで必死に集めたパーツを試行錯誤で埋め込んで、失敗したりと、俺を育ててくれたものでもある…。

お別れかと見つめていたら、涙が出て来てしまい…。

しかし、佐々木は助けたい。ダイナプロを惜しんだ事で死んだりしたら、俺は一生後悔する…。だから気にしないでくれ…。」


龍介の胸はグリグリとえぐられる様に痛んだ。


「寅…。成功するか分からない…。やめてもいいんだ。」


「いや!だから最後まで聞いたか!?俺は後悔したくねえんだ!」


男寅彦、潔い。


しかし、パラレルワールド装置などを足しても、亀一のなんとか博士のサイン入り初版本や、赤ちゃんの時から一緒に寝ているという、朱雀のぬいぐるみを足しても、悟の体重には到底及ばない。


「それに、当の佐々木の何かも無いとダメなんじゃねえか?」


亀一がそう言った。

確かにそうだ。

龍介はふと思った。


「佐々木の親父さんなら分かって、協力してくれるかもしれない。相談に行ってみよう。」




病院に行き、悟の父に龍介の案を説明すると、直ぐに乗ってくれた。

藁にもすがる思いだったのかもしれないが、悟の父は加納家の大人ぐらい話が早くていい。


「君達の命より大事な物を犠牲にするのは申し訳ないな…。悟や僕達の物だけじゃダメかな?」


龍介は、寅彦を気にしつつもはっきり言った。


「いえ。佐々木を死なせたくないのは、俺達も同じです。俺達が惜しんだ事で失敗させたくないですし、そもそも人の命が物に代わるものになるかも分かりません。念には念を入れたいんです。」


「ーそっか…。本当に有難う…。じゃあ、僕達の大事な物を取りに行くから、付いて来てくれる?」


そういう訳で、悟の家に行くと、悟の父は悟の自転車や、自分が初めてデザインした車のデザイン画やモデルカーなどをバンバン出して来た。

初めて見る龍介達でさえ欲しくなる様なそれらを、惜しげもなく出した後、龍介が先に話をつけておいた、例の解体屋さんへ、悟の父の車で行く。

そこにはなんでも燃える焼却炉があるからだ。


丁度全てを合わせ、悟の重量になった宝物達を焼却炉に入れると、寅彦は敷地の中の大きな木の陰に入り、膝を抱えて、ドヨドヨと陰気臭い落ち込みオーラを身体全体から発しながら、1人になってしまった。


男寅彦、全く潔くなかった。


「とっ、寅彦君は大丈夫…?本当に良かったのかな…。あれ、素人目から見ても、カスタマイズされた物凄いスペックのパソコンだったよね…。申し訳ないな…。大丈夫かな…。」


龍介達は必死になって悟の父から寅彦を隠して、まず龍介が言った。


「いいんです!出し惜しみして、適当なの出して失敗して、後悔したら一生悔いが残ると、ああ見えて自分で納得してるんです!無理矢理じゃないので!」


「そ、そうかな…。」


今度は亀一が言う。


「そ、そうです!寅は意外と腹くくるまで時間がかかるんです!」


次は朱雀。


「そうなんだよ、おじさん!意外とぐちぐちしてるんだ!頭ではちゃんと納得してるし、こうしたいって思ってるから、本当に気にしないで!」


「うん…。でも君達も大事な物だったんだろう…。悟の為にここまで…。本当にごめんね。有難う…。」


「いいんですよ、本当に。後は神頼みしか残ってねえから、みんなで祈りながら燃え切るの待ちましょう。」


龍介がそう言うと、自然と全員で手を合わせ、悟の回復を祈っていた。


「龍ちゃん、全部燃えたみてえだぜ?」


どれ位そうしていただろうか。

かなり集中していて気づかなかったが、1時間位は経っていたらしい。


おじさんが教えてくれた時、悟の父の携帯に電話が入った。


「はい、僕。…うん…うん…。本当に!?やったあ!良かった!分かった!直ぐ龍介君達連れて戻るよ!」


いい知らせの様で、ドヨドヨの寅彦ですら、悟の父を期待の眼差しで見つめている。


「有難う!悟、突然全快したって!もうどこも悪い所無いし、痛みも無いらしい!頭の血腫も消えちゃったってさ!本当に君達のお陰だ!有難う!」


「やったあ!」


寅彦も加わって、全員で飛び跳ねて喜んだ。

特に寅彦の喜び方が凄い。


「ああ!報われた!俺本当にいいことした!もう後悔は無いぜ!」


ちょっと笑ってしまったが。



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