第23話 切ない雨

ザァーーー……。



朝から降りしきる雨。


シャッ。


あたしは開けたレースのカーテンを元に戻した。



あーあ。


今日に限って雨だよ。


昨日はあんなに天気よかったのに。


今日は、せっかく桜庭のバンドの練習を初めて見に行く日なのに。


しかも、記念すべき〝初差し入れ〟の日だぜ?


もっとこう、パーッと晴れてほしかったなー。


でも、まぁいいかー。


スペシャルサンドイッチも、バッチリうまくできたし。


あったかーいコーンスープも、しっかり保温の水筒に入れたし。


桜庭、喜んでくれるかなぁ。


なんかドキドキしちゃうよ。


よし。


雨も降ってるし、初めて行く場所だから少し早めに行くか。


あたしは、余裕を持って予定の時間より少し早めに家を出ることにした。


持ち物OK、オシャレもOK!


「じゃあ、いってきまーーーす」


って、誰もいないんだった。


早くからお父さんもお母さんも出かけちゃったもんね。


しっかり戸締りをして。


ポンッ。


お気に入りの赤いカサをさして、家を出た。




街の中を歩いて行くうちに、更に雨が強くなってきた。


ひえー。


冷たいよぉ。


あたしは、自分の体よりもサンドイッチの入っているトートバッグが濡れないようにカサに入れて、てくてくと歩き続けた。


なんだかんだと40分近く歩き回って、ようやくあたしは見つけたんだ。


あった!


〝Sビル〟だ。


西崎さんが書いてくれた地図と見合わせて確かめた。


うん、ここだよね。


間違いなしっと。


あたしはカサを閉じ、濡れて冷えた体でビルの中に駆け込んだ。


小さくて、なんだかちょっと……いや、かなり汚いビル。


なんか、まるで廃墟はいきょみたいなカンジだぞ。


ホントにこんなとこで練習してんのかなぁ。


入り口のすぐ近くにあるエレベータにも、スプレーかなにかで落書きされている。


汚いなぁ。


っていうか、このエレベータ動くのか?


プルプル。


カサの水気を取りながら、あたしはトートバッグを肩にかけ直して、ゆっくりと中へ進んでいったの。


ペタン、ペタン。


自分の濡れたスニーカーの足音だけが響く。


ねぇ、誰もいないのぉ?


なんかヤケにしーんとしてるんだけどさー。


それに、妙にホコリっぽいぞ、このビル。


全体的にあまりキレイじゃないカンジ。


でも……こういうとこの方がスタジオ代が安いとか、そういうのもあるのかなぁ。


それにしても、Bスタジオってどこにあんの?


わかんないぞ。


「……あのぉ。誰かいませんかー?」


思い切って声を出してみたんだけど。


しーーーん。


反応まるでなし。


ちょっとちょっと、どうなってんだよ。


ここじゃないのかよ。


あたし、場所間違えたか?


不安になってウロウロしていたら。



「クスクス」



後ろから変な忍び笑いが聞こえてきたんだ。


え?


あたしは、声がした方を振り返った。


するとそこには、見覚えのある女の人が、かすかに口元だけ笑って立っていたんだ。


「ホントに来たんだぁ、立花さん」


西崎、さん……?


そして、ビルの柱や壁の陰から仲間らしきヤツらが4、5人ぞろぞろと出てきたんだ。


みんな濃いメイクとケバケバファッション。


ずらっと横に並ぶと、あたしの方を見ながら示し合わせたようにクスクス笑っている。


「こんにちはぁ。立花さん」


「あーあ。雨で濡れちゃってるよぉ?服も髪も。せっかくオシャレしたのにねぇ」


「わざわざご苦労様ー」


「ぎゃはははは」


イヤミな笑い声が、ビルの中に響き渡った。


雨に濡れたあたしの髪から。


雫が、ポタ……っと落ちた。



「ーーーどういうこと……?」



震える胸をおさえて、あたしは口を開いた。


「まだわかんないの?ここはぁ、もうすぐ取り壊しになるおんぼろビルなんだよ。使われてないの。こんなとこでバンドの練習なんてするわけないじゃん。バッカじゃないのぉ?」


西崎の言葉に、顔を見合わせてバカ笑いをする女達。



そういうことかよ……。


なんだか知らないけど、。


ハメられたんだ、あたし。


コイツらにーーー。



「……どういうことだよ」


「えー?だからぁ……」


「どういうことかって聞いてんだよっ」


あたしがキッと睨みつけてタンカ切ると、一瞬しーんとなり。


そして、すぐにロングヘアーの整った顔立ちの女が一歩前に出た。


「もちろん、桜庭のことに決まってんじゃん」


一見、アイドルのようなカワイらしい外見。


でも、明らかに気の強そうな、意地悪そうな人相。


「桜庭のことって、なんだよ」


あたしが言うと。


「アンタ。ホントは桜庭とつき合ってないんでしょ」


冷たいひと言。


かすかにドキリとした。


「……だったらなんなんだよ。アンタらに関係ないじゃん」


そう言い捨てて、あたしはビルを出ようと歩き出した。


だけど。


「待ちなよ。話は終わってないよ。あたしさぁ、アンタが気に入らないんだよ。アンタ見てっとムカつくんだよ。転校生のくせにやたらデカイ顔して。彼女でもないのに、いい気になって桜庭の周りチョロチョロしてさぁ。もしかして、自分は桜庭に好かれてるとでも思ってるわけ?」


ぐいっ。


トートバッグをつかまれた。


「放せよ」


キッと睨みつけると、今度は西崎が笑いながら近づいてきた。


「ミカー。コイツさぁ、なんか差し入れ持って来たみたいだよぉー。桜庭のために。なんか金曜日の放課後、張り切ってみんなで相談してたもんねぇー」


「!」


やっぱり。


あの時の視線は、気のせいなんかじゃなかったんだ。


ドアの陰からあたし達の話を聞いてたんだ。


「『第1回目の差し入れは、ひかる特製スペシャルサンドイッチに決定!』だっけぇー。っていうか、スペシャルってなに?どうスペシャルなの?教えてよぉ、立花さーん」


そう言いながら、みんなでバカにしたようにわざとらしく大笑いしている。


なんなんだよ、コイツら。


どんだけ根性ねじ曲がってんだよ。


ムカつく……!


フツフツと怒りが込み上げてくる。


……大体話が読めたよ。


このアイドル面した〝ミカ〟って女が、桜庭のことを好きなんだ。


それでもって、西崎とマブってわけか。


そして、桜庭と一緒にいるあたしが気に入らないから仲間集めてこらしめようってわけ?


ジョーダンぬかすな、ふざけるな!


ぶんっ。


あたしは、アイツの手を振り払った。


「あたしをこんなとこに呼び出して、一体どうしようってのさ。気に入らないから、みんなでリンチでもしようっての?ふん。そんなくだらないことする暇があんなら、さっさとホントに伝えたいことがあるヤツのとこに行った方がいいんじゃないの?」


「……なによ、それ」


ミカって女がピクッと眉をひそめた。


「言いたいことがあんのは、あたしじゃなくて。ホントは桜庭になんじゃないの?」


「……は?」


「ーーーアンタ。桜庭のことが好きなんだろ?」


あたしの言葉に、性悪アイドルがカッと赤くなった。


そして。


「うっせーんだよ!」


どんっ。


あたしの体を思いっ切り突き飛ばしたんだ。


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