第16話 夢
パチ。
あたしは目を開けた。
あ、れ?
「お、気がついたか?」
え?
あたしを見下ろす顔。
桜庭っ⁉︎
ガバッ。
あたしは飛び起きると、かけてあった毛布を引っ剥がした。
ここ、どこっ?
しかも、なんで桜庭が⁉︎
混乱。
「おまえ、覚えてねーのかよ。まぁ、あんなにハデにぶっ倒れりゃ無理もねーか」
え?え?
キョロキョロ。
ここはどこなの?
あたしが座っている下には、敷布団代わりに座布団が何枚か敷いてある。
なに?なに?なんで?
そんな、ひたすら『?』マークのあたしに、桜庭が毛布をかけ直してくれた。
「まぁ、とりあえず落ち着けよ。まだ本調子じゃねーんだから」
私服の桜庭。
擦り切れたブルージーンズに、シンプルな黒のTシャツというカッコで、あたしの前にあぐらをかいて座っている。
「ここは、楽屋。ライブハウスの」
ライブハウス……。
「で。おまえは、人に押しつぶされて。暑さでのぼせて。ぶっ倒れちまったってわけ。まぁ、酸欠と?貧血っぽいカンジもあったんだろうな」
「ーーーああっ!」
ビデオの巻き戻しのように、きゅるるる!と記憶が巻き戻り、ぶっ倒れる寸前のところでピタッと止まった。
「そうだよ!あたし、あまりにビックリしたのと、あの人混みで頭がボーッとしちゃって、それで……。なんだかわかんないけど、プッチンしちゃったんだ!」
「ビックリって、なにが?」
キョトンとした顔で聞いてくる桜庭。
「桜庭のことでしょーが!」
「オレ?」
「そうだよっ。だって!ステージ見たら、いきなり桜庭がギュイーンってギター鳴らして立ってんだもんっ。まさか、隣の席の桜庭がそんなとこに居るなんて思ってもみなかったから。ホントにぶったまげちゃったよ」
「ああ、そのこと」
なんて、しらっとしちゃって、まるで他人事。
「あのさー。フツウはもうちょっとなんか言うだろ。『そうなんだよ。実はオレ、バンドやってたんだよ』とかなんとかさっ。あたし全然知らなかったよ」
「だって言ってねーもん」
コケッ。
な、なんなの?
この素っ気なさ過ぎるしらっとした態度はっ!
桜庭ってば、まるで今もひとりでいるかのように、しらーっとした表情で、近くのテーブルに置いてあったみかんをポーンポーンと上に投げてはキャッチして遊んでいる。
ちょっと、ちょっと。
あたしには、なにも話すことはないってわけ?
そりゃ、あたしと桜庭はただの誤解カップルでなんでもない2人だから。
桜庭がなにをしていようが、あたしには関係ないかもしれないけど。
だけど、だけどさ!
席だって隣なんだし、最近はけっこう2人でしゃべるようになったんだし、もうちょっとなんか教えてくれたり、話してくれたりしてもよくない?
こっちはビックリして(それだけが原因じゃないけど)ぶっ倒れたっていうのに。
なんか、ムカついてきた。
「……お邪魔しましたっ」
ガバッ。
あたしは毛布をよけると、ズカズカとドアに向かって歩き出した。
……違う。
ムカついたんじゃない。
ホントは、ちょっと寂しかったんだ。
あたしと桜庭、友達になれたと思ってたから。
ちょっと……仲良くなれたと思ってたから。
だから、教えてほしかったんだ。
『ライブやるから来ないか』って、誘ってほしかったな……って。
あたし、なんでかわかんないんだけど。
そう思っちゃったんだよね。
「おい。どこ行くんだよ」
「邪魔したな。帰るよ」
「別に邪魔じゃねーよ。オレひとりだし」
あれ、そういや……。
「バンドのみんなは?」
「他のバンドのライブ観てる」
親指でドアの方を指す。
「桜庭は行かないの?」
「オレは別にいーよ」
もしかしてーーー。
あたしのことを心配して、ずっとここでついててくれたの……?
「アイツらもライブ観てるぜ」
「アイツら?」
「健太達だよ。おまえら一緒に来たんだろ?ステージの上からおまえら見えた。たぶん、立花が倒れたの知らないだろーな。すんげー人だから」
そっかぁ……。
ぐいっ。
「わっ」
ズカズカ歩いてきた桜庭に引っ張られて。
ストン。
あたしは再び座布団の上に座らされた。
「おまえは、終わるまでここにいろ。まーたぶっ倒れるんだから」
桜庭のぶっきらぼうの優しさに。
「……うん」
あたしは思わず素直にうなずいてしまった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「おいしー」
桜庭が買ってきてくれたホットココアを飲んで、あたしはようやく落ち着いた。
「でも、ホントにビックリしたぜ。まさか、今日のこの場所で桜庭に会うなんて思ってもいなかったから。しかも、客席じゃなくてステージの上なんだもん」
コーヒーを飲んでいる桜庭が、ちょっと笑った。
「オレさ。今日、初ライブだったんだ」
「初ライブ?」
「立花は知らねーかもしんないけど、今のバンド、オレが入る前からずっと活動してたんだ。学祭とかで」
「ああ、有理絵からちらっと聞いたよ。学祭すごい盛り上がってたって。ロックバンドのコピーとかやってたんでしょ?」
桜庭がうなずく。
「でも、去年の学祭のあとからコピーじゃなくてオリジナルをやるようになって。オレもそこから一緒にやり出したんだ」
「オリジナルってことは、作詞作曲?さっきやってた曲も?」
「みんなでな」
「すごいな!」
「最初は4人だったんだけど、やっぱギターは2人いた方がいいってことになってさ。ギターが2人いるとさ、音の幅や迫力が全然違うんだよ」
楽しそうに話す桜庭。
「前から誘われてたんだ。一緒にやらないかって。アイツら中学一緒のヤツらもいて、オレがずっとギターやってんの知ってて」
「へぇ。昔からギター弾いてたんだ。桜庭すごいな」
音楽、好きなんだ。
なんかいい意味で意外な一面だな。
「別にすごくねーよ。ただ好きなだけ」
そう言った桜庭の目は、すごく澄んでいて。
なんだかキラキラしているように、あたしには見えたんだ。
桜庭、ホントにギターが好きなんだなぁ。
「でもさ、なんで誘われてたのにやらなかったの?学祭も出ればよかったのに」
もし学祭のライブに出てたら、女子達すごかっただろうな。
だって、ただでさえ人気の桜庭なんだから。
「ーーーいろいろ考えてて。中途半端にやるのはイヤだっていう想いがオレの中にあってさ」
あたしの質問に、桜庭はこう答えた。
「中途半端?」
どういうこと?
ガコンッ。
桜庭が、飲み干した缶コーヒーの空き缶を、ゴミ箱にシュートした。
そして、真っ直ぐな瞳でこう言ったんだ。
「オレ、プロになりたいんだ」
ーーーーーって。
一瞬。
ほんの一瞬、あたしの体に電流が流れたようになんとも言えない衝撃が走った。
「プ、プロ⁉︎」
驚いた。
思わず声が上ずってひっくり返ってしまった。
本日二度目のぶったまげ。
「オレの、夢ーーーーーーー」
涼しげな瞳をキラキラさせながら、ちょっと恥ずかしそうに笑う桜庭。
オレの夢。
桜庭の、夢ーーーー。
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