第5話 送り

今日は湿っぽい日だ。

イデルがシロを拾った時の日のように。

今日のような日は錆びた匂いが漂う。

この町は木の端材やスクラップの寄せ集めでできている。

弱いものが住む町。

強いものに虐げられる町。

ここにいる限り、弱いものはいつまでも

怯えて、

惨めで、

寂しい。

彼女はまだどこへでも行ける。

ここにいてはいけないのだ。


―この町のことを知らないのなら、ここじゃないところに行くのが一番だ。

―僕が無理でも、せめてこの人に楽しく生きてほしいな。

一週間程度しか一緒にいなかったが、でも自分が誰かの役に立つのがうれしかった。

だからこそ、最後まで送り出す。

イデルは自分ができない願いをシロに託した。


「ここから先は森を通ってください。そしたら大きな平野に出るはずです。

 平野の中にある道を進んでいけば都市に行けると思います」

高い木々がひしめき生える森の前に来た二人。

ここからは町の外に出る。

この町でない場所に行けるのだ。


シロはずっとイデルを見つめている。

「どうしましたか、シロさん。早く行ったほうがいいですよ…」

イデルが急かすように言うと、シロはイデルの手を引っ張った。

まるで、一緒に行こうと誘うようにやさしく。

今までこんなことはなかった。

一週間の間も、イデルが生きてきた時間の中でも。


イデルはシロに向き合う。

「うれしいです。でも僕はいけない、ここにいなくちゃ、ダメなんです」

イデルは涙をこらえるように笑った。

シロは首をかしげる。

イデルはその手を放そうとした。


「いやー、待った甲斐があったナァ」

二人の背後から笑い声が聞こえた。


イデルは振り返る。

会いたくなかった。

会うわけにはいかなった。


あいつがいた。


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