第93話教皇を連れて帰ります

 ギタンが倒れたのを見て安堵したのか、息を呑んでいた信徒たちもぽつぽつと声を上げ始める。


「あの化け物……し、死んだのだろうか……!? 動かなくなったが……」

「しかしさっきの声、教皇様じゃなかったか?」

「いやいやありえないだろう。それにしてもあの少年は何者だろうか? どこかで見たような気もするのだが……」


 む、いつまでもここにいると目立っちゃうな。

 早く消えた方がいいだろう。


「おっと、こいつも連れて行かないとな」


 その為に浄化したんだからな。

 俺は気絶したギタンの襟首をぐいと掴むと空間転移術式を起動し、その場から姿を消した。


 空間転移にて辿り着いた先はロードスト領主邸。


「うおおっ! ロイド様! ま、また来たんですかいっ!?」


 俺を見つけて驚いた声を上げるガリレアは真っ裸だった。

 風呂上がりだろうか、身体からはホカホカと湯気が上がっている。


「やぁガリレア。昨日ぶり」

「……ったく、いつも突然なんすから……その姿、そいつもラミアのお仲間ですかい? 着替えて来るんでちょっと待っててくれよな」


 二回目なのでそう驚きはしないようだ。

 いそいそと着替えに行くガリレアを見送り、俺はギタンに気つけを促す。


「起きろギタン」

「ぅ……こ、こは……? 私は一体、何をして……ハッ!」


 慌てて飛び起きたギタンは、俺の前に跪いた。


「も、申し訳ございませんでしたっ! 私はとんでもない事を……っ!」


 土下座し、それでも飽きたらないかのように何度も地面に頭を擦り付けている。


「人と魔物を合成させるなどと、神をも恐れぬ行為です! しかもその力で自身をも改造し、子供を人質とし、その上街までも破壊しようとするなど……あぁ、なんと恐ろしい事をしようとしていたのでしょうか……! ロイド様、私の暴走をよくぞ止めてくださいました。本当に、本当にありがとうございます……っ!」


 涙を流しながら頭を垂れ、肩を震わせるギタン。

 うん、どうやら浄化したことで改心したらしいな。


「ギタンよ、悔い改めたようだな」

「ははあっ、ジリエル様! あなた様にまで何という無礼を……!」

「私にではなく我が主、ロイド様に頭を下げよ」

「なんでテメェが偉そうなんだよ……」


 ジリエルの言葉にグリモがツッコむ。

 頭を下げるギタンに、俺はひらひらと手を振って返す。


「あぁ、反省しているならもういいよ。ていうかそんなんじゃ話が出来ないから、顔を上げてくれ」

「は、ははぁっ!」


 俺がそう言うと、ギタンは恐る恐るといった様子でゆっくりと顔を上げる。

 ギタンの身体は相変わらず化物のままではあるが、どこか憑物が落ちたような顔をしていた。


「ロイド様ー、お待たせしました。一応ラミアも連れてきましたぜー」

「ど、どうも……」


 服を着たガリレアが傍らにはラミアも連れて戻ってきた。

 その姿を見てギタンはサッと顔を青くした。


「き、君はあの時の……! すまないっ! 取り返しのつかない事をしてしまった! 何と、言っていいか……!」

「え? え? ど、どうしたんですか?」


 涙を流し謝るギタンにラミアは困惑している。


「こいつはギタン。ラミアをそんな姿に変えた張本人だ。今は反省しているようだけどね」

「本当に申し訳ない……私は君にこれからどう償って良いのか……」


 頭を下げたままのギタンにラミアは少し考えた後、優しく声をかける。


「えと、ギタンさん。顔を上げてください」

「あ、あぁ……」


 そして顔を上げたギタンに優しく微笑んだ。


「確かにこんな身体になってしまったのはとても残念です。あなたを恨む気持ちももちろんあります。でもそうしたって何も解決はしません。……だからあなたに罪を償う気持ちがあるなら、私が元の身体に戻れるよう力を貸してくれませんか? 私だけじゃあ難しいかもしれませんが、あなたいればきっと元に戻れると思うんです」

「しかし……」


 顔を曇らせるギタン。

 もちろんそれは簡単な事ではない。

 ラミアの身体は一つの器に二種類の液体が混ざり合ったような状態だ。

 無理やり剥がそうとすれば、致命的な崩壊を引き起こすのは間違いない。

 綺麗に分離するのは不可能に近いだろう。


 だが、可能性はゼロじゃない。

 術式により作り上げたものは、必ず元に解き方が存在する。

 何故なら術式とは世界のルール。

 太陽が東から昇って西へ沈み沈み、海が満ち引き、命がいつか尽きるのと同じように――善も悪もなく、ただそこに存在しているものだ。

 如何に交錯していようと、一つずつ丁寧に紐解けばいつか必ず元に戻れるはずである。

 理論上、ではあるが。俺は戸惑うギタンに向け、口を開いた。


「なぁギタン、お前がどれだけ言葉で償おうとラミアが救われるわけじゃない。だったら行動で示すしかないんじゃないのか? お前の知識を総動員し、研究の成果を惜しみなく使い、そうしてラミアの身体を元に戻して、ようやく罪を償ったと言えるんじゃないか?」

「……はい、仰るとおりです」

「ならばラミアの為に尽力せよ。それがお前の償う方法だ」


 ぐっ、と拳を握り締めるギタン。

 その目には涙が浮かんでいた。

 使命を帯びた顔だった。


「……ラミアさん、私の全てを投げうってでも貴方を元に戻します。随分待たせしてしまうかもしれません。ですが、必ず元に戻すと誓います! それまで耐えていただけますか?」

「はいっ! 私も頑張ります! 共に元の身体に戻りましょうっ!」

「おお……私にまでそのような優しい言葉を……ありがとう。ありがとう……!」


 手を取り合うギタンとラミア。

 よし、これで魔物の研究も進むだろうな。

 流石に俺自身に魔物の身体を合成するつもりはないが、術式化の過程で何か面白いものが出来るかもしれない。

 あとギタン自体がレア素材を無限に生み出せるしね。

 素材があれば今まで着手出来なかった魔道具の製作にも取りかかれる。

 ふふふ、また魔術の研究が捗りそうだ。


「流石はロイド様、見事な手腕だぜ。俺も人の事は言えねぇが、ラミアもギタンもほぼ魔物だってーのに、全く尻込みせず配下に加えるとは……何というか器の広いお人だ。こんな方だからついて行きたくなるってもんだ。不詳ガリレア、これからも誠心誠意尽くす次第だぜ!」

「浄化によって改心した者の中は後悔のあまり命を断つ場合もある。故に償いの行為をさせる事でギタンに生きる目的を与えているのですね。ただ言葉で許すだけでなく後のことも考えておられるとは……素晴らしいですロイド様」

「生物を無理やり合成させる術式か。これを上手く使えば死すら克服し、永遠の命だって得られるだろう。以前油断して死にかけた対策はちゃあんと取ってるってワケだ。やるじゃねぇかよロイド。げひひ」


 三人が何やらブツブツ言ってるが、いつもの事だしあまり気にする必要もないか。

 ともあれ、一件落着だな。

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転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます 謙虚なサークル @kenkyo

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