第84話パンケーキを食べに行きます

「ここです! このお店のパンケーキがとっても美味しいんですよ!」


 駆け足で先頭を歩きながら、イーシャが声を弾ませる。


「特殊な手法でふわっふわに焼き上げたパンを積み上げて、そこにまろやかな生クリームをホイップ。その上から甘ーい蜂蜜シロップをかけ、さらにさらにイチゴを乗せた絶品パンケーキなんですよぅ! ふふふーん♪」


 よほど楽しみなのだろうか、鼻歌まで歌っている。

 幸せそうなイーシャを見ていると、こっちまで無性に食べたくなってきた。


「ボクも楽しみ!」


 パンケーキを食べたことがないレンも目を輝かせている。

 イーシャに連れられて辿り着いたのは、中央通りから少し外れた場所にあるカフェだった。


「うわぁ、すごい行列ね」

「えぇ、入るにはかなり時間がかかりそうですね」


 そう、カフェには長蛇の列が出来ている。

 最後尾の看板には百二十分待ちと書かれていた。


「んー、パンケーキは食べたいけど、二時間は待つのはしんどいね」

「むぅ、いつもはもう少し空いているのですが……」


 残念そうに唇を尖らせるイーシャ。


「どうしましょう? ……皆さんは並ぶの、大丈夫ですか?」

「ここまで来たんだし、俺は食べたいな」


 俺が皆の方を向くと、三人とも頷いて返す。


「私はロイド様に従うのみです。個人的にレシピも気になりますし」

「こんなに待ってまで食べたい人がいるんだね。すっごく楽しみ!」

「いいじゃない。これだけ女の子がいるし、お喋りしてれば二時間くらいすぐに経つよ」

「オンッ!」


 どうやら全員賛成のようなので、俺たちは行列に並ぶことにした。


「……ん?」


 ふと、周りの人たちがこちらをチラチラ見ているのに気づく。

 一体どうしたのだろうか。何やらひそひそ話をしているようだ。


「ねぇねぇあれってもしかして、ロイド様じゃない?」

「ええっ!? 第二王子であるアルベルト様の懐刀、魔獣を従え、魔剣を鍛え、最近は領主の反乱を潰してそこの領地を与えられたあの、ロイド様っ!?」

「絶対そうよ! あのメイドさん見たことあるもの! ……ねぇ、列を譲った方が良くない?」

「そうよね、きっとこれからサルーム国を背負って立つ方ですもの。変に目を付けられたらよくないわよね」


 列に並んでいる人たちがブツブツ言っている。

 かと思えば彼女たちは乾いた笑みを浮かべながら列を離れ始めた。


「そ、そういえば用事があるんでしたわ」

「えぇ、えぇ、そうですとも。買い物に行ってからにいたしましょう」

「あっ! 私も用事が……」「私も」「私もです」


 まるで波が引いていくかのように、列に並んでいた人たちがどこかへ去ってしまった。

 一体どうしたのだろうか。


「おや、皆さん居なくなってしまいましたね。……という事は私たちが先頭、という事でいいのでしょうか……?」

「いいんじゃない? お腹も空いたし入っちゃおうよ」


 なんだかわからないが時間を無駄にしなくてよかったな。

 いきなり行列がなくなって店員さんが驚いていたが、おかげで俺たちは早く入れた。


 カランカランという鐘の音に歓迎され、中に入る。

 店内は木造だが所々にセンスのよい置物が設置されており、お洒落な雰囲気を醸し出していた。


「いい店だね」

「えぇ、パンケーキ楽しみですね。さてどこに座りましょうか……ってサリア!?」


 イーシャが視線を向けた先、パンケーキをもぐもぐと口に入れるサリアがいた。


「まめ、あんでいーひゃほほいどはひは?」

「……頬張ったまま喋らないで下さい。サリア」


 まるでリスのように頬をいっぱいに膨らませるサリアを見て、イーシャがため息を吐く。

 サリアはモゴモゴと口を動かした後、コーヒーをグイッと煽り飲み干した。

 ごくん、と喉を鳴らした後、口元をナプキンで拭う。


「――ふぅ。で、どうしたのよイーシャ。それにロイドたちもいるじゃない」

「じつは……」


 イーシャは事の顛末を語る。

 それをサリアは時折頷きながら聞いていた。


「……なるほど、教会に魔物が。そのお礼なのね」

「えぇ、皆さんには命を助けてもらいましたから。サリアは作曲ですか?」

「うん、やっぱり頭を使ったら甘いものを食べたくなるしね」


 見ればテーブルには書きかけの譜面が置かれており、脇に立つ黒服がその束を持っていた。

 サリアの護衛兼執事だ。サリアも一応王女だしな。外出時には流石に誰かを連れている。


「週末、また演奏会でしょ? 新曲作っておこうと思って。まぁでもちょっと疲れたし休憩するわ。あなたたちも座った座った。店員さん、椅子を用意してくれるかしら。五つ、よろしく」


 サリアは店員にテキパキと指示をして、椅子を用意させた。

 なんというか、慣れている。


「あんたたち、ここのパンケーキは初めて? ならまずはプレーンを食べるのをお勧めするわ。というわけで五つ追加でよろしく。一つはデラックスダイナマイトの山盛りフルーツ乗せ。……で、いいのよねイーシャ」

「サリアっっ!」


 真っ赤な顔で声を上げるイーシャ。

 色々勝手に注文されてしまったのだが……特にこだわりはないし別にいいか。


「ほらほらボーッとしてないで早く席に座りなさい。飲み物は各自注文する事。ここは紅茶かコーヒーがおすすめよ」


 有無を言わさない迫力に、俺たちは席に着く。

 かなりの仕切り屋である。

 しばらく待っていると、香ばしい匂いが漂ってきた。


「お待たせしました。プレーンを四つとデラックスダイナマイト山盛りフルーツ乗せを一つですね」

「……あの、山盛りは私で」


 イーシャがやや頬を赤らめながら控えめに手を上げる。

 その前にどかっと巨大パンケーキが置かれた。

 デカい。俺たちの三倍はあるぞ。


「うわぁー、美味しそうー♪」

「さぁ、熱々のうちに食べちゃいなさい。シルファにレンも私たちに遠慮する必要はないわよ。ロイドも構わないわよね?」

「もちろんです。二人共、一緒に食べよう」

「はい、それではいただきます!」


 パンケーキをフォークで一口大にカットし、口に入れる。

 その瞬間、ふわっとした食感が口に広がる。

 生地は信じられないくらい柔らかく、口の中で溶けていくようだ。


「ふわぁー! なにこれ! すっごく美味しいよ!」

「うん、こんな柔らかな点心おかし食べた事ないよ。新食感ね」

「一体どういう製法なのでしょう。パティシエに是非聞いてみたいですね」


 三人も目を輝かせてパンケーキに舌鼓を打っている。

 シロが尻尾をぶんぶん振って欲しがっているので、パンケーキを一枚食べさせた。


「オンッ!」

「よしよし、美味いか?」


 美味そうにガツガツ食べるシロ。

 こいつは魔獣だから何でも食べるのだ。


「ん~~~♪ やっぱりここのパンケーキは最高ですね~~~♪」


 すごく幸せそうな顔でパンケーキを頬張るイーシャ。


「もーめもみょう。まんまはもんももめがむみめー」


 サリアも口いっぱいになりながら何か言っている。

 何を言ってるかはわからないが、すごく幸せそうな顔だった。


「ぷはぁー! 食べた食べた!」


 結構ボリューミーで、パンケーキ一つでお腹いっぱいになってしまった。

 よくこの三倍を食べられたな……なんて少し呆れながらイーシャを見ていると、俺と目が合った後、恥ずかしそうに目を伏せた。


「そ、そういえばサリア、週末の演奏会はどこでやるんでしたっけ」

「ん、教会の本部でしょ。前の演奏会に来た時、教皇と話をしたじゃない」

「教皇……!」


 サリアの言葉に、全員が息を呑んだ。


「……教会や下水道に魔物を潜ませた黒幕は信徒か教会の関係者、でしたね。そしてこれだけ大掛かりな事が出来る人物、かなりの力を持っているのは間違いないでしょう。例えば教皇とか」

「しかしまさか教皇様が……? ありえません……その、はずです……」

「どちらにしろ、確認の必要はあるよ。演奏会に誰かがついていく、というのはどう?」

「じゃあ俺がついて行くよ」


 すかさず手を挙げる。

 教皇が黒幕だと仮定すると、引きこもられたら中々会う機会を得られないだろう。

 魔物が化けてたり、取り憑いてたりしてた場合でも、神聖魔術を当てれば何かしら反応するだろうからな。

 あと、教皇ってくらいだからすごい神聖魔術を使えるのかもしれないし、戦いになったらそれはそれでオイシイ。


「あら、ロイドも来るの? じゃあ私と一緒に演奏してみる?」

「あらあら! それはいい考えです! 私と一緒に歌いましょう!」


 サリアとイーシャが俺を見てにっこり笑う。


「え? いや俺は……」

「まぁまぁ、遠慮せず。そうだ。ロイドあなた私たちの前座をやりなさいな。うん、それがいいわ。ていうかねじ込んでおくね」

「えぇえぇ、それはいい考えです。大丈夫ですよ。ロイド君の才能には前々から目をつけていましたから。これを機にデビューと行きましょう! なーに心配はいりません。私たち二人で教えればきっと最高の演奏が出来るはずです!」


 なんだかわからないが二人の前座をやることになってしまった。

 異論をはさむ暇もなかった。何という勢い。


「さ、時間が惜しいわ。帰って特訓よ」

「お勘定、ここに置いておきまーす」


 そんなわけで二人に引っ張られながら、俺は店を後にするのだった。

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