第69話教会に向かいます

 話が付いたところで翌日、俺はサリアの元へ向かうことにした。

 なお俺の横にはレンとシロが付いてきている。


「ロイドのお姉さんに会うの、すごく楽しみ」

「オンッ!」


 シロはいつも通りとして、教会へ行く事をシルファに告げたところ、代わりにレンが付いてくることになったのだ。

 シルファも意外と忙しいからな。

 俺としても一度力を見せているレンなら気楽である。


「しかしそんなに楽しみにしなくてもいいだろ。もう俺の兄姉には何人かには会ったじゃないか。アルベルト兄さんとか」

「うん、あのすごくカッコいい人だよね」


 第二王子、アルベルト=ディ=サルーム。

 外見、性格ともに爽やかなイケメンで、色々と俺の面倒を見てくれている人だ。

 そういえばこの辺りがアルベルトの部屋だったな――なんて考えていた時である。


「おや、もしかして僕の話をしていたかい?」

「わっ!?」


 いきなり背後から声をかけられ、思わず声を上げてしまう。

 振り返るとそこにいたのは件の人物、アルベルトだった。

 アルベルトは驚く俺たちを見て悪戯っぽく笑う。


「やぁロイド、それにレンも」

「……驚かさないでくださいよアルベルト兄さん」

「こ、こんにちは!」


 慌てて頭を下げるレンに、アルベルトは笑顔を返す。


「はっはっは、そう畏まらないでくれ。ちょっと姿が見えたから声をかけただけだよ」


 だからといっていきなり声をかけられると困るんだが。

 一応王位継承候補なんだから、その自覚を持って欲しいものである。


「ところで二人してどこへ行くんだい?」

「サリア姉さんの所です。教会へ一緒に行くんですよ」

「教会だと!?」


 いきなり大きな声を上げるアルベルト。

 だから驚かせないでくれよ。


「ふむ……読めたぞロイドめ、教会へ行く理由は人脈作りの為だな。どのような形にしろ、王となるには出来るだけ多くの民の支持を得ねばならない。教会は多くの信徒を抱えているし、今から個人的な繋がりを得ておくのは悪い手ではない……ふっ、王への道など興味がないと言っておきながら、ちゃんと考えているようじゃないか。それでこそ僕の右腕……いや、うかうかしていると僕が右腕にされてしまうかもな」


 かと思えば何やらブツブツと独り言を言い始める。

 もう行っていいのかな。いいだろう。


「えーと、じゃあ急いでいるので……」

「ん、あぁ。気をつけて行っておいで。しっかり励んでくるんだよ!」


 そう言って笑顔で送り出される。

 何を励めというのやら。

 アルベルトは基本いい人なんだが、たまによくわからない時があるんだよな。


 待ち合わせ場所に行くと、サリアは既に身支度を終えて待っていた。


「やっと来たわね」

「お待たせ。サリア姉さん」

「オンッ!」

「あら可愛らしいわんこ」


 ひょいとシロを抱き上げるサリア。

 犬が好きなのだろうか、ちょっと嬉しそうだ。


「は、はじめまして。サリア様、少し前にロイド様の従者となりました、レンと申します。以後お見知り置きを」


 ぺこりと頭を下げるレンを、サリアは一瞥して言う。


「……あなた、得意な楽器は?」

「へ? い、いえ私は特に楽器は……」

「そう」


 一瞬にしてサリアはレンに興味を失ったようだ。

 シロとの激しい落差にレンはポカンとした顔をしている。

 ていうか何故楽器? 俺も得意楽器なんかないぞ。


「ロイドはいいのよ。そういう枠じゃないから。さ、行きましょう」


 無表情のままそう言って、行こうとするサリア。

 いや、どういう枠だよ。

 レンと顔を見合わせながらサリアと共に教会へ向かうのだった。


 教会は街の中央、城から徒歩で一時間ほど行ったところにある。

 のんびり歩いていると、冒険者ギルドが見えてきた。


「あ、やべ」


 しまったな。今更だが道を変えて行けばよかった。

 何せ俺は今、以前指名手配されていたレンを連れている。

 ギルドには俺が面倒を見るという条件で話はつけているが、他の冒険者たちがどう出るかまでは不明だ。

 いざとなったら何とでもするつもりだが、面倒は避けたいところだな。


 そんな事を考えていると、冒険者ギルドの扉が開いた。

 扉から出てきた人相の悪い男二人と目が合う。……嫌な予感。


「ちょっと待ちなよそこのお嬢さん方」


 レンがぴくんと肩を震わせる。

 はぁ、やっぱりか。説明が面倒臭いんだよなぁ。

 俺は歩み寄ってくる二人の前に立ちふさがる。


「あー、悪いがレンは……」

「へへへ、中々可愛いメイドちゃんじゃねーの」

「……は?」


 思わず間の抜けた声が出てしまう。何言ってんだこいつ。

 戸惑う俺に男たちは言葉を続ける。


「そっちの不愛想な姉ちゃんも、よく見りゃ悪くねぇ顔してるぜ」

「よかったら俺たちと遊びにいかねー? こんなガキの世話なんかほっといてよぉ」


 ……なんだ、ただ絡みに来ただけのチンピラか。

 下卑た笑いを浮かべながら、俺を押し退けようと肩を掴む男。

 瞬間――俺の背後で殺気が膨らむ。


「レン、やめとけ」


 俺は無表情のまま短剣を抜こうとするレンを諫める。


「でもロイドに危害を加えようとする者が現れた場合、殺害も視野に入れた上で何をしてもいいってシルファが……」

「だからって殺しはダメだろ」


 全く物騒な事である。

 大体こんな人通りでやり合えば、大事になるじゃないか。


「地味にやるならいいけどな。とにかく目立つのは良くない」

「はぁーい」

「何をごちゃごちゃと――」


 言いかけた男たちに向け、風系統魔術『風切』を発動させる。

 風の刃が男たちの腰元を吹き抜けた後、すとん、とズボンが落ちて下半身が露わになる。


「な、何ぃっ!?」


 慌ててズボンを上げようとするが、ベルトを切っているのでそれは無理だ。


「ねぇお兄さんたち、そんな恰好で女の子を誘うつもり?」

「ぐ……くそっ! 憶えてやがれ!」


 男たちは両手でズボンを持ち上げながら、安い捨て台詞を吐いて逃げるように去っていった。

 やれやれ。とりあえず追い払えたか。


「あはは、見事なものあるな!」


 安堵の息を吐く俺に、ぱちぱちと拍手が送られる。

 拍手の主は中華風の服を着た少女、タオであった。


「ハオ! 久しぶりねロイド。レンとシロも」


 笑顔で話しかけてきたタオに俺は手を振り、レンはぺこりと会釈をし、シロはオンと鳴いて答える。

 タオは以前知り合った冒険者で、異国の拳法で戦う武術家である。

 体内の『気』を操って戦うことで徒手空拳にも拘らず高い戦闘力を誇り、その腕前はシルファに匹敵する。


「人が悪いな。見てたなら助けてくれてもよかったのに」

「おや、助けが必要だったか?」


 俺は苦笑いを浮かべ、首を横に振る。

 タオはでしょう? と言って微笑を浮かべた。


「ところでロイド、そちらの人は?」

「サリアよ。ロイドの姉」

「ふむ、言われてみればロイドと雰囲気が似てるね。よろしくサリア。アタシはタオ、冒険者ある!」

「む……」


 タオは無理やりサリアの手を取ると、ぶんぶんと縦に振った。

 その距離の近さにサリアは少し戸惑っているようだ。

 冒険者ギルドは国とは無関係の機関、それ故かこちらが王族だからと言って遠慮などはしないのである。

 まぁ俺もサリアもそんなものを気にする程狭量ではないし、別に構わないけどな。


「それにしても珍しい組み合わせね。どこに行くある?」

「教会だよ。サリアの演奏会をやるんだ」

「へぇ! 楽しそうね! ついていきたいけど……うーん、アタシも用事があるよ。今依頼を受けたところね。グール退治なんだけど、ロイドもどう?」

「うっ、行きたい……でも先約があるから、また今度ってことで」

「よいよい、依頼はまだ残ってるから、機会があれば一緒に行くね。アタシも機会があれば教会に行ってみることにするよ。だから今日の所は再見マタネ


 タオはぱちんとウインクをすると、ひらひらと手を振り小走りに駆けていく。

 それを見送りながらサリアはぽつりとつぶやく。


「ロイド、さっきはありがとう。助けてくれて」

「ん? あぁ、大したことはしてないけどね」

「いいえ、大したものだわ。万が一の場合は姉として私が何とかしようと思ったけど……」


 サリアは自分の手持ち鞄を振り上げる。

 その鞄、やたら鋭利な角が付いているんですけど。

 下手なところに当たると死にそうなんですけど。

 物騒なんですけど。


「それにしても今のは風の魔術、というやつかしら。神聖魔術とは随分違うのね」

「! サリア姉さんは神聖魔術を見たことがあるの? どんなのだった!?」


 サリアの言葉に思わず食らいつく。


「私が知っているのは怪我人の治癒をしてる事だけれど、他にも色々あるみたいよ。教会には何人か使える人がいるし、通えば見る機会もあるんじゃない?」


 だが興味なさそうに言うサリア。

 むぅ、サリアはあまり魔術に興味がないのだろう。これ以上詳しい話は聞けなさそうだ。

 やはり自分で実際に見てみないとな。

 だがやはり教会には神聖魔術が使える人間はいるようだし、見る機会もあるだろう。

 ワクワク感に駆られながら、教会へ足を早めるのだった。

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