第68話第四王女は気難しい?
俺の次の目的、神聖魔術を学ぶには教会に赴かねばならない。
だが二年前とはいえ、一度出禁にされた俺が一人で行ってもそのまま追い返される可能性が高い。
こういう時は教会と繋がりのある誰かと一緒に行くのが一番だ。
幸いというか、その人物に心当たりがある。
――第四王女、サリア=ディ=サラーム。
王族の中で教会との親交が特に厚い人だ。
特別信心深い、というわけではないのだが、サリアは類稀なる楽器の腕を持っている。
フルートにハープ、トロンボーンにバイオリン、カスタネット……あらゆる楽器に精通し、特にピアノは天才的で幼い頃から教会で音楽を奏でてきた。
故に教会からは色々と頼られており、聖餐式ではサリアの演奏会が行われるのである。
そして都合の良い事に、丁度明日は教会の聖餐式だ。
その時サリアについて行けば、教会の人たちも俺を無下に追い払うことは出来ないだろう。
うむ、我ながら完璧な作戦である。
「……ただなぁ、サリア姉さんはちょっと気難しい性格なんだよなぁ」
「ほう、ロイド様が人の性格に言及するとは珍しいですな。どんな方なんですかい?」
「一言で言うと集中すると周りが見えなくなる性格でね。暇さえあれば楽器を引いてて、周りがうるさがっても気にしない。食事に呼んでも来ない。自分のやりたくない事は絶対やらない……とまぁそんな感じですごく自分勝手な人なんだよ」
「……ロイド様、それって自分の事を言ってやすかい?」
グリモが呆れたような声で言う。
一体何を言ってるのだろうか。
俺がそんな非常識な人間に見えると? 全く失礼な奴である。
ともあれ、神聖魔術を覚えるためには背に腹は代えられない。
俺はサリアに会いに行くことにした。
サリアは前述の通り演奏ばかりしているので顔を合わすことなど滅多にないが、居場所だけはすぐにわかる。
奏でられる音楽の聞こえる方、そこにサリアはいる。
「とはいえ城は広い。色んな音があるし、室内で演奏してたら聞こえませんぜ?」
「大丈夫、集中すれば聞こえるさ」
魔力集中、全身の魔力を遮断して身体の一部だけ魔力を開放すれば、その箇所はより強い魔力を発するようになる。
強い魔力で覆われた箇所はその働きも強くなる。
即ち、腕を覆えば腕力が、脚を覆えば脚力が、耳を覆えば聴力が、である。
耳のみに魔力を集め、意識を集中させていく。
すると風の吹く音や鳥のせせらぎのみならず、遠くで聞こえるメイドたちの声や、清掃の音なども聞こえてきた。
あ、向こうでレンがシルファに怒られてるな。
様々な音の溢れる中――ポロン♪
と、跳ねるような音色が聞こえた。
「――聞こえた。あっちだ」
「え? え? 何がですかい?」
グリモは聞こえなかったようだが、音の方角は間違いなく城の北にある棟だ。
真っ白な棟へと近づいていくにつれ、音ははっきりとしていく。
「おっ、ここまで来れば自分にも聞こえてきやしたぜ。ふむふむ、こりゃ素晴らしい音色ですな」
「へぇ、グリモは音楽の良さがわかるのか?」
「魔界にいた頃はそれなりに音楽も嗜んでいやしてね。まぁ音楽やってる奴は色々とモテるもんですから。げひひ」
「……意外と色々やってるな、お前」
しかも手を出してるのが全部魔人っぽくないんだよな。
意外と人間味があると言うか何と言うか……ともあれ俺は棟へ脚を踏み入れる。
中に入ると内壁には防音加工をしていたのだろう、かなり大きな音が鳴り響いていた。
「音は地下からですな」
「うむ、扉はあれか」
下を覗き込むと螺旋階段の下に巨大な鉄扉が見えた。
階段を降りて扉を開けると、ギィィ、と不気味な音と共に扉が開く。
楽器の散乱した部屋の中でピアノを奏でる女性がいた。
短い黒髪で無表情、黒縁の眼鏡に華奢な身体。
動きやすい丈の短いスカート、だぼっとした上着にはいつでも顔を隠せるようフードが付いている。
一見すると一般人にも見えるこの女性が第四王女、サリア=ディ=サルームだ。
サリアは俺に一瞥することもなく、ただひたすらにピアノを奏でていた。
「あれ、声をかけないんですかい?」
その様子をただじっと見ている俺に、グリモは言う。
「うん、集中しているのに声を掛けたら邪魔だろう」
俺だって魔術の研究をしている時に声をかけられたら嫌だしな。
勿論顔には出さないが。
こちらはお願いする立場だし、終わるまで大人しく待っているとしよう。
「幸いというか、やることはいくらでもあるしな」
魔力集中、これに関してはまだまだ修行が足りない。
早速目を閉じ、全身の魔力を遮断していく。
そして狭い範囲のみを開放すれば、さらなる高出力が出せるはず。
指先一本のみ、魔力を開放……くっ、かなり難しいな。
だが集中、集中だ。
人差し指の後は中指、薬指、出来るだけ早く、スムーズに……
没入していくにつれ、今まで聞こえていた音が一気に消え、静かになっていく。
そうしてしばらく、俺は修行にいそしむのだった。
「……さま、ロイド様!」
何か、声が聞こえる。
手のひらが蠢く感覚にゆっくりと目を開けると、グリモが声を上げていた。
「ロイド様! やっと目を開けてくれやしたね! 何度も呼んだのに!」
「……どうしたグリモ。人が集中してる時に」
「姉君がさっきからこっちを見てやすよ」
言われるがまま視線を上げると、ピアノに座ったサリアが俺をじっと見ていた。
あ、そういやサリアの演奏が終わるのを待っていたんだった。完全に忘れていたぜ。
「や、やぁサリア姉さん、久しぶりだね」
俺が声をかけると、サリアは少し考えるようなそぶりをして口を開く。
「……思い出した。あなた確かロデオね。私の弟の」
「ロイド、です」
「そうだったかしら」
サリアは俺の名を間違えたことを全く気にしてない様子だ。
「この人、弟の名前を覚えてないんですかい……」
「顔を合わせたのも数回だしなぁ」
俺も名前を覚えるのはあまり得意じゃないからな。
人のことを言うつもりはない。
「それで、私に何か用?」
じっと俺を見つめるサリア。
前述の通り、サリアは気難しく人に興味がない。
この手のタイプに言葉を増やして取り繕うのは逆効果。
ここは覚悟を決めて真っ直ぐいってみるか。
「サリア姉さん。明日教会へ演奏をしに行くんだよね。実はそれに俺も連れて行って欲しいんだ」
「いいわよ」
「……うん、そうだよね。いきなりすぎたよね。でもまずは理由を聞いて――って、え?」
「だから、いいわよ。ついてくれば?」
無表情のまま答えるサリア。
「あ、ありがとうサリア姉さん!」
「気にしなくていいわよ」
ぷいっとそっぽを向くサリア。
なるほど、興味がないし勝手にすれば? と言ったところか。
やや拍子抜けではあるが、こちらとしてはありがたい。
「ロイド、ね。ぼんやりとだけど思い出してきたわ。何年か前に図書室に楽譜を探しに行った時、一人でずっと魔術書を読んでたっけ。隣に行っても全く気づかない集中力、私よりも年下なのに大したものだと思った記憶がある。そしてそれは変わってない。それどころかもっと――うん、これはいい機会ね。ロイドも音楽に興味を持ったようだし、将来は音楽家になってもらいましょう。この子には才能がある。さっき指先から見えた微かな光、あれは超一流の楽曲家が稀に見せる『光の御手』だわ。音楽を始めるにはちょっと遅いけど、そのくらいのハンデは軽く乗り越えるでしょう。この界隈には私と肩を並べる音楽家は殆どいなくて退屈だったのよね。音楽家として力を付けたロイドと私が合奏すれば、今まで見た事ないような曲が生まれるはず……ふふ、楽しくなって来たかも」
ブツブツ言いながら不気味に口元を歪めるサリア。
何だかわからんが、ともあれ第一関門は突破したと言ったところか。
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