第66話新たなメイド、新たな――
「ふあああーーーーああ」
大欠伸をしながらベッドから起き上がる。
俺はロイド=ディ=サラーム、この国の第七王子だ。
前世は魔術大好きな貧乏魔術師だったが、転生した今ではその立場を十二分に利用させてもらい、満足いくまで魔術の研究をさせて貰っている。
「おはようございやす。よく眠ってやしたねぇロイド様」
俺の手のひらがぐぱっと口を開く。
そしてこいつは魔人、グリモワール。俺はグリモと呼んでいる。
色々あって俺の使い魔になり、今は手のひらにいる。
「ったく機会があればいつでも身体を乗っ取ろうと思ってるのに、寝てる時だろうが何だろうがこいつの異常な魔力密度には付け込む隙がありゃしねぇ。常に纏った強固な魔力障壁はまさに鎧。だがいつか必ずその身体、俺様のモノにしてやるからなぁ。げひひひひ」
何かブツブツ言いながら笑っているが、小さすぎてよく聞こえない。
魔人ということで色々な事を知ってて役に立つのだが、ちょいちょい下品な笑い声を上げるのがたまに傷だ。
ベッドから起き上がりもそもそと着替えていると、扉をノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
俺が入るよう促すと、静かに扉開けて入ってくるメイド姿の少女。
紫色の髪と瞳、褐色の肌を持つ少女が節目がちな目が俺をじっと見る。
この子はレン、『ノロワレ』と呼ばれる生まれつきの能力者で、一時期は暗殺者ギルドに所属していた。
だが俺は成り行きで彼らを助けた事からギルドのボスに祭り上げられ、その経緯でレンには特に懐かれてしまった。
以来、他の暗殺者たちは他の所で働いているが、彼女だけはメイドとして俺の傍にいるのである。
「ロ……ご主人様、来た……ました」
「俺と二人の時は普通に話せばいいよ」
「本当……ですか?」
俺が頷くと、レンはキョロキョロと辺りを見渡し、部屋に入ってきた。
そしてぷはっと深呼吸をする。
「はぁー、ありがとロイド。慣れない喋り方で何だか肩が凝っちゃうよ」
ぐぐぐっと大きく伸びをするレン。
どうやらまだメイドとしての立ち振る舞いには慣れないようだ。
「それより暗殺者の技を教えてくれ」
早朝、レンに一人で来てもらったのは他でもない。
暗殺者の技を教えてもらう為である。
彼女たち能力者の魔力の使い方は独特で、そこから学ぶところが多いのだ。
「うん、わかった。えーと昨日は魔力遮断を教えたよね。どう? コツは掴めた」
「あぁ、大体な」
そう言って俺は目を閉じ、意識を集中させる。
魔力遮断とは全身にある魔力孔から漏れ出る魔力を遮断し、気配を完全に消すという技だ。
ちなみに寝不足の理由はそれである。
夜遅くまで魔力遮断の練習をしていたのだ。
レンに見せるべく、全身の魔力孔を閉じていき、断った。
「す、すごいよロイド! もう出来るようになったの!?」
「まだまだ完全じゃないよ。身体の至る所からどうしても魔力が漏れてしまうな。レンには敵わないよ」
「いや、まだ教えて一晩しか経ってないからね!? ボクはこれが出来るようになるまでひと月くらいかかったからね!? ……はぁ、やっぱりロイドは魔術師だから魔力の使い方が上手いのかも。へこんじゃうなぁ。その調子だとボクなんかすぐ追い越されちゃうよ」
ため息を吐くレン。
とはいえ学ぶ事はたくさんある。
立ち止まっている暇はないのだ。
「で、今日は何を教えてくれるんだ?」
「ん、そうだね。じゃあ今日は魔力遮断の発展系の技を教えます」
レンは気を取り直して咳払いすると、手を広げ俺の前に差し出した。
一瞬にしてレンを纏う魔力が完全に消えたのがわかる。
「今、魔力を遮断しているのはわかるよね?」
「あぁ、見事なもんだ」
俺のと違い、僅かな魔力も漏れない完全なる魔力遮断。
しかも素早く、澱みない手馴れた感じだ。
俺にはまだ無理だな。
「ここから一部分だけ、魔力を放出する……!」
レンはそう言って、手のひらだけ魔力孔を開く。
へぇ、器用なものだ。……手のひらの部分だけ妙に魔力が高く感じる。
「ふふふ、気づいた? そう、身体の魔力を閉ざした状態で一部を解放し魔力を放出すると、普通より多くの魔力が生み出せるんだ。魔術が使えないボクたちにはいまいち使い道がないけど、ロイドなら使いこなせるんじゃない?」
そう言って得意げに鼻を鳴らすレン。
なるほど、つまり水の出口を絞れば勢いが強くなるのと理屈は同じか。
確かに俺は普段、魔力を使う時は手のひらに大量の集めて放つだけだった。
だが放出箇所を小さくして出力を上げれば、より効率よく魔力を運用出来そうだ。
「どう? いい情報でしょ?」
「うん! これは色々と使えそうだ! ありがとう!」
レンの手を取り、大きく頷く。
これを使えば単純な攻撃魔術の破壊力なんかは跳ね上がるし、凄まじい量の魔力を要する大規模魔術なんかにも使えるだろう。
うんうん、いいことを教えてくれたな。
体内の魔力を一点に集中させる技……魔力集中とでも言ったところか。
ずっと手を握っていると、レンは何故か顔を赤らめている。
「あ、あの……」
「あぁ悪い。つい嬉しくなってさ」
「ううん、嫌だったわけじゃないの。ただ少し、あ、頭を撫でてくれると嬉しい、とか言ったりして。……えへへ」
「別に構わないが」
「じゃあ、その……」
レンが差し出した頭に手を載せ、ポンポンと撫でてやる。
すると嬉しそうに顔をにやけさせていた。
嬉しいのだろうか。よくわからん。
「やっぱりロイドはすごいや。ボクたち暗殺者の技もすぐに覚えちゃうなんて。でもこのままじゃボクが教えられることはすぐになくなってしまう……そうならない為にも一生懸命修行しなきゃ! よぉし、頑張るぞ! ロイドにとって有益な人間で居続けられれば、ずっと傍にいられるもんね! そうすればそのうちロイドもボクの事を少しは見てくれるようになるかも……えへへ」
何故か腰をくねらせながらブツブツと独り言を言うレン。
「げへへ、ロイド様も中々隅に置けませんなぁ」
それを見てグリモが何やら下衆な声で笑っている。
何だお前ら。
「ロイド様、起きてらっしゃるのですか?」
「ひゃあっ!」
外からの声にレンはぴょんと飛び跳ね、慌てて俺から離れる。
「失礼致します。……あら、レンも来ていたのですね。私より先に来るなんて、殊勝な心がけです」
入って来たのは銀髪のメイド、シルファだ。
俺の護衛件世話役で、剣術の腕はかなりのものである。
「シルファ、さん……」
ちなみにレンの先輩だ。
レンの反応を見るに結構怖いらしい。まぁシルファはスパルタだからな。
俺も剣術の稽古では随分絞られたものである。
「お食事の準備が出来ましたので、直ぐにいらしてください。レンも行くわよ」
「は、はい。……じゃあまた、ロイド……じゃなくてご主人様」
レンはシルファに小走りに駆けていく。
今日もこうして一日が始まるのだった。
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