第57話小休憩します
というわけで俺たちはロードスト領主邸へと向かう事にした。
目立たないように夜のうちに隠れ家を出立、街の外へ出る。
「さて、ロードストまではそれなりに距離がある。歩いても間に合うとは思うが、途中誰かに見つかったら厄介だな」
「ロイド様の話じゃあ俺たちは手配をかけられる一歩手前なんだろう? いつ捕まってもおかしくはないぜ」
「目立つ真似は避けたいところだねぇ。ネズミのようにコソコソと行くべきだ。クク」
「どうする? ……ロイド」
レンが上目遣いにこちらを見る。
歩いて行くのは面倒だし、もう彼らには俺の魔術を隠す必要はない。
移動なら魔術を使えばどうとでもなる。
「飛んで行こう」
「はぁ?」
全員の声がハモる。
「『飛翔』を使う。見たことくらいはあるだろ? あっという間に到着するぞ」
俺の言葉にガリレアがぶんぶんと手を振る。
「いやいやいやいや、あれは自分を飛ばす魔術なんだろう? 俺たちの事を忘れてもらっちゃ困るぜ」
「『飛翔』は使い手の少ない上位魔術と聞くわ。速度もそこまで速くないそうだけど?」
「安心してくれ。俺のならまとめてぶっ飛ばせるからさ。とりあえずそこに立っていな。あ、動いたらダメだぞ。下手したら衝撃で首がへし折れるかもしれないから」
「ひっ!?」
俺の声に彼らは悲鳴をあげた。
「まぁ折れても治癒魔術で治せるから安心してくれ。でもどうせなら折れない方がいいだろ?」
「お、おう……」
全員、こくこくと頷きながら俺が指差した場所でピタリと固まる。
とりあえず今ので少しは安心しただろうか。
シルファ曰く――新しく加わった部下というのはいつも不安なもの。上に立つ者はそんな彼らにある程度気も使うものです。彼らの安全を保障し、何かをする場合はきちんと説明をする。そうして不安を排除してあげなければ部下との信頼関係は生まれませんよ――との事だからな。
うん、我ながら上手く出来たと思う。
「言っときますがロイド様、そいつはただの恐怖支配ってやつですぜ」
「え? そうなのか?」
恐怖を与えたつもりはないのだが……言われて彼らをちらっと見ると、顔が引きつっているように見える。
うーん、相変わらずいまいち普通の感覚がわからん。
「まぁいいか、よーし行くぞ!」
空間系統魔術『領域拡大』。
これは術式の効果範囲を広くする魔術で、様々な魔術との連携が出来る。
他にも鞄などにかけて荷物の入る容量を増やしたり出来る便利な魔術だ。
それを『飛翔』と術式で連結し、発動させる。
彼らと共に、俺の身体がふわりと宙に浮いた。
「あわわわわっ!? う、浮いてる!?」
「喋ったら舌を噛むぞ」
「むぐっ」
慌てて口を抑えるレン、その他。
俺が念じると、全員まとめてロードスト領へ飛んで行くのだった。
――飛行開始から10分ほど経っただろうか、
「ち、ちょ……ま、待ってくれ……死ぬ……」
「え? なんだって」
振り向くと、ガリレアが何やら苦しそうな顔をしている。
「恐らくロイド様の『飛翔』の速度に耐えられないんでしょう。高高度では呼吸がしにくいもんですし、それにこれだけの速度で飛んでるんだ、身体への負担も相当なもんでさ。休憩を挟んだ方がいいんじゃないですかね」
「一応魔力障壁は張ってるんだがなぁ……」
グリモに言われて見てみれば、確かに全員辛そうにしている。
今にもゲロ吐きそうだし仕方ない、一度降りるとするか。
俺は『飛翔』を解き、降下させる。
「ぜぇ、ぜぇ……ひぃー……」
着陸すると、全員その場に座り込み息を荒らげていた。
ただ一人、レンを除いては。
「みんな、大丈夫?」
「お、おう……あんまり大丈夫じゃ、ねぇ……」
レンは弱った皆に心配そうに声をかける。
他の連中があれだけぐったりしているのに、レンは平気そうである。
「……ボクは毒を体内に宿す『ノロワレ』。今までの人生は常に毒と共にあった。だからかわからないけど、今まで一度も身体が不調になった事はないんだよ」
「へぇ、そういう利点もあるんだな」
彼らは言わば生まれつき身体に魔力が混じり、分離できなくなった状態。
その特異体質には不利益な点もあれば利点もある。
毒を生み出し巻き散らす体質のレンには、体内の毒を無効化する性質があるのだろう。
毒、ひいては身体を弱らせる様々な要因にも強いのかもしれない。
「利点……そんな事、初めていわれた」
「何事も表裏一体、悪い部分もあればいい部分もあるさ。というか自分で『ノロワレ』なんていうもんじゃないぞ」
俺から見ればレンたちは呪われているというよりは、ただの特異体質。
それを自ら卑下しているようで、聞いてるこっちはあまり気分が良くない。
レンはしばし考えた後、頷いた。
「……うん、わかった」
うんうん、わかればよろしい。
ところで何故顔が少し赤いのだろう。
体調不良にはならないんじゃなかったのか。まぁいいや。
「それより聞きたいんだが、さっきの話だとレンには毒が効かないのか? どんな猛毒でも?」
「そ、そんな目を輝かせられても困るけど……うん、毒に関しては野草やキノコなんかはなんでも食べられたかな。おかげで森の動植物なんかは何が美味しく食べられるか、わかるようになったよ。そうだ! ここらで食事休憩にしない? お腹すいたでしょう?」
「言われてみれば……」
深夜、起きてからずっと動き通しだったな。
もう昼前だし、思い出したら腹が減ってきた。
俺の腹がぐぅぅ、と腹が鳴るのを聞いて、レンは嬉しそうに微笑んだ。
「決まりだね! 食事の用意はボクに任せて、皆は休んでおいてよ」
言うが早いか、レンは山の中へと駆け出した。
すごいな。あっという間に見えなくなったぞ。
それから待つことしばし、食材を採って戻ってきたレンは早速調理を始めた。
鍋を火でぐつぐつ煮ていると、辺りにいい匂いが立ち込め始める。
「はいっ! 出来たよ! 即席鍋っ!」
鍋の中には見たこともない物体がプカプカと浮かんでいる。
「ほう、なんだいこりゃあ? あまり見た事ない食材だが……」
「採ってきた野草やキノコ、そして蛇と野ネズミだよ」
「な……っ!?」
それを聞いたガリレアたちが顔を顰める。
「こいつは中々毒々しいですな……見た目もそうだが、あの娘っ子が作ったものだ。マジで毒が入ってる可能性もありやすぜ」
グリモも鍋を見て苦笑している。
しーんと静まり返る中、グツグツと泡立つ音だけが聞こえていた。
「あ……そ、そうだよね。ごめん。こんなの料理じゃないよね。その、無理して食べなくても大丈夫だよ。ボクが一人で食べるから……」
しょんぼりした顔で手をつけようとするレン。
俺はそれに先んじて鍋へと手を伸ばす。
そしてひょいぱく、と口に入れた。
「むぐむぐ……うん、結構美味いな」
皆が驚愕の視線を送る中、俺は鍋のものを勢いよく食べ始めた。
前世では金がない時はクズ野菜や野草、動物の死体なんかを鍋にぶち込み食べたものである。
何回か腹も壊したし、食えないほどまずいものもあった。
それに比べればレンの採ってきた具材は味に関してはまともだ。
「……俺も、いただコウ」
次に手を伸ばしたのがクロウだ。
もぐもぐと美味そうに食べるのを見て、他の者たちも手を伸ばす。
「おおっ! 確かに美味いじゃねぇか!」
「本当だよ。見た目にはよらないもんだねぇ」
「……へへっ、でしょう? 選りすぐってきたからね!」
先刻まで落ち込んでいたのはどこへやら、レンは得意げに笑う。
「相手の差し出してきたものを美味しく食べるのは信頼を得る為に有効な行為の一つ。だが貧民街育ちの俺たちですら躊躇するアレを躊躇せず食べるとは……ロイド様は本当に王族なのか?」
「だが効果は抜群だったようだねぇ……レンの奴、さっきからずっと視線でロイド様を追っているよ。頬を赤らめて、初々しいねぇ」
「クク、想像以上に大した器ですねぇ」
「俺もロイド、好きになっタ」
皆、口々にブツブツ言っている。
食事中は黙って食べるのがマナーだぞ。
「もぐもぐ、おかわり」
「はいっ!」
俺が差し出した器に、レンは笑顔で大盛りに注いだ。
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