第53話暗殺者たちとバトルします。前編
「おいおいこいつは……もしかしなくてもあの第七王子じゃあねーか!」
禿頭の大男が俺を見て目を丸くする。
「俺の事を知ってるの?」
「知ってるも何も、レンが城に忍び込んだ理由は坊やなのよ。最近派手にやってるらしいわね?」
白装束の女が微笑を浮かべる。
「魔獣の育成、魔剣の量産……実際行っているのは他の王子たちだけど、それらの中心にはいつも第七王子である君がいる。凡庸を装っているが実際はかなりの力と野心を持つとか……君、この界隈ではかなりの有名人だよ? クク」
人形のタワーを崩し、糸目の男は立ち上がる。
「…………」
嘴マスクの男は無言のまま首だけこちらを向けた。
「一体どこと戦争をするつもり?」
そしてレンが俺を睨みつける。
むぅ、どうやら色々と誤解を受けているようだ。
「なんだかわからんが俺は戦争なんかするつもりは全くないぞ。ただ魔術の研究をしていただけだ」
「嘘、魔術の研究に魔獣や魔剣は関係ないでしょう」
「それが普通にあるんだが……」
世の中の大抵の事象には魔力、ひいては魔術との繋がりがある。
とはいえそれを魔術師でもない者には説明してもわかるわけないか。
「それにしてもこんな連中まで俺の事を知っているとは驚きだ。俺としては地味にやっているつもりなんだけどな……」
「ロイド様、それマジで言ってやす?」
グリモが何故かドン引きしている。
何故だ。不条理だ。
「なんであれ、この場所を知られたからにはタダじゃ帰せねーな」
「そうね、人の家に勝手に侵入する悪い子にはおしおきをしないといけないわ」
「第七とはいえ一応王子様だし、身代金なんか要求できるかもねぇ。クク」
「油断しないで。ボクの毒が通用しなかった相手だよ」
「…………!」
五人が口々に言いながら、俺を取り囲む。
まぁいいさ。バトルはむしろ歓迎する所だ。戦いの中で彼らの技を見せてもらうとしよう。
「グリモ、手出しは無用だぞ」
「へいへい、わかってますぜ」
彼らの技はいわば生まれ持った特異体質の産物。
魔術として制御しているわけではないので、普通の魔術師のように魔力障壁などは使えないと思った方がいいだろう。
そんな中、グリモが手を出したら防御できずに一撃で殺してしまいかねないからな。
「何をごちゃごちゃ言ってやがるッ!」
そうこう言っているうちに、禿頭の男が殴りかかってきた。
暗殺者と言うだけあって姿に見合わぬ機敏な動きだ。
避けようとした俺の鳩尾目がけ、拳が突き刺さる。
が、自動発動した魔力障壁がそれを防いだ。
「ほう、魔力障壁か。だが」
男はニヤリと笑うと、思い切り腕を引いた。
それと同時に発動した魔力障壁が引っ張られる。
見れば打撃箇所には何かネバネバしたものがくっついている。
「俺は『糸蜘蛛のガリレア』って呼ばれていてな、身体から超強力な粘液を生み出せるのよ! こんな風にな!」
ガリレアと名乗った男の放った糸を再度生み出した魔力障壁で防ぐが、それもまた引っ張り飛ばされてしまう。
座標固定した魔力障壁を動かすとは、レンと似たような技だが、毒がない分こちらの方が圧倒的に強度が上だな。――面白い。
「な、なんで笑ってるんだお前! 引くわ!」
思わずにやける俺を見て、ガリレアが目を丸くしている。
別に引かなくてもいいだろう。
「『沈め』!」
なんて考えていると、俺の身体がいきなり重くなった。
声の方を見れば嘴マスクがそれを外し、素顔を晒している。
思ったより好青年って感じだ。
男の口元には術式の刺青が刻まれていた。
あれは……魔力に指向性を持たせるものか。
「『闇烏のクロウ』言葉に魔力が乗る体質でね。普段は暴発を防ぐ為、発言を自ら縛ってるんだよ」
ガリレアの言葉に、クロウと呼ばれた男が頷く。
俺の身体に重くなってるわけではない。
空間に対する効果か。言葉に直接魔力が乗るタイプ……呪文ではなく呪言とでも言ったところかな。
呪文の始祖とでも言うべきものなのかもしれない。
ぶしゅ! と突如俺の右手首が出血する。
何も前触れもなかったにも関わらず、だ。
見れば俺の目の前にいた白装束の女の右手首からも出血している。
「『百傷のタリア』ふふ、私が相手を見つめながら自傷すると、同じ箇所に傷を負わせる事が出来るの」
おおっ! すごい能力だ! どんな理屈なんだろう。テンション上がるぜ。
集中して見ると、タリアと名乗った女の視線から、俺へ向かって魔力の帯が伸びているのがわかる。
魔力越しに自分と俺の身体とリンクさせたのだろうか。
制御系統魔術で相手の動きをコピーするのと、少し似ているな。
だが傷を負わせるとなるとより深く結びつける必要がある。一体どんな理屈なのだろう。
「な、何でこの坊や、腕から血を流しながらも私にキラキラした目を向けてくるのかしら……? 普通なら不気味がって恐れるところでしょうに……」
何故かタリアは俺を見てドン引きしている。
それよりどうやら自傷により俺へダメージを与えているようだが、俺の方からダメージを与えたらどうなるのだろうか。
よし、やってみよう。
土系統魔術『土球』をタリアに向けて放つ。
「クク……」
糸目の男が含み笑いをしながら、タリアの手を引いた。
タリアに命中するはずだった『土球』は糸目の男へと肉薄する――が、すんでのところで身を躱した。
……いや、躱したと言っていいのだろうか。
当たるはずだった『土球』は男の身体をすり抜けるように飛んでいき壁に命中する。
男はまるで関節の壊れた人形のような体勢で躱していた。
「『巨鼠のバビロン』私は生まれつき関節がとても緩くてね。全身の関節を外してまるで鼠のように小さな隙間でも出入りすることが出来るんだよ」
首を縦に180度曲げながらもバビロンと名乗った男は余裕の笑みを浮かべている。
魔力が肉体に及ぼす力の大きさは理解しているつもりだったが……人体があぁまで曲がるのか。
身体を魔力で纏い姿を変える変化系統魔術とはまた別方向の技だな。
関節を魔力で麻痺させている? いや、関節を覆っている液体の代わりに魔力が満ちていて、それを動かし身体を異常に柔らかくしているのかも。
特異体質ここに極まれりだな。……ちょっと解剖してみたい。いや、流石にやらないけどね。
「……ッ!? 寒気が……キミ、もしかしてちょっとヤバい人だったりするのかな?」
バビロンも何故かドン引きしている。
「心の声が漏れてましたぜ、ロイド様」
「あちゃ」
ドンマイ俺。夢中になると独り言が多くなるのは悪い癖である。
ともあれ面白い連中だ。せいぜい楽しませてもらうとしよう。
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