第24話まさかの再会です

 移動は順調、もうすぐ例の湖に辿り着こうかという時である。

 俺はふと、何かの気配を感じ取った。

 なんだろう……敵意ではないが、確実にこちらを見ている感覚。

 気配を隠しているようにも感じないが、他の者たちは誰も気づいていないようだ。


「シルファ、何か感じない?」

「……? どういうことでしょう」


 きょとんと首を傾げるシルファ。

 むぅ、シルファですら気づいていないのか。

 おかしいな。絶対いるはずなんだが……

 仕方ない。向こうから出て来てもらうか。


 俺は風系統魔術『風切』を最弱で気配の方に向け放つ。

 俺の指先から放たれた小さな風の刃が。誰にも気づかれることなく草むらへと消えていく。


「ぎゃーーーっ!」


 怪鳥かと聞き違うような声が辺りに響いた。

 近衛たちはすぐに武器を構える。

 やはりいたか。……それにしても今の悲鳴、何処かで聞いた声な気がするのだが。


「何者だ! 姿を見せろ!」


 アルベルトが声を上げると、悲鳴の主はゆっくりとこちらに近づいてくる。


「あたたた……いきなり何かの虫に噛まれたよ」


 少し腫れた手をさすりながら草むらの中から出てきたのは、以前会った拳法少女――タオであった。


「タ――」


 言いかけて思わず口を噤む。

 危ない危ない、声を出すところだったぜ。

 ちゃんと知らんぷりしないとな。


「ロイド様、あの娘っ子、お知り合いですかい?」

「ばば、バカ言うな。知るわけないだろ」


 いきなりグリモに突っ込まれ、驚きで声が少し震える。


「……へぇー、もしかしてですけど、以前外出した時に会ったんですかい?」

「な、何故わかるんだ……?」

「最近気づいたんすけど、ロイド様って嘘が下手なんすねぇ……」


 何だか生暖かい視線を向けられた気がする。

 くっ、使い魔に手を噛まれるとはこのことだ。


「私は冒険者のタオというね。怪しい者じゃないよ」


 そんな事をやっている間にも、タオはアルベルトに声をかけている。


「ふむ、僕はアルベルト=ディ=サルーム。この国の第二王子だよ」

「お、王子様っ!? ……これはとんだご無礼を……! 許してください、あるよ」

「いいさ。知らなかったのだろう? 僕は気にしていないよ」

「ありがとうございます、ね」


 たどたどしい口調で頭を下げるタオ。

 他の国ならともかく、比較的平和なサルームでは王族に少々無礼な口を利いたからといって即、刑罰。……なんてことはあり得ない。

 俺たち自身、国の方針で王侯貴族だからとあまり尊大な態度は取らぬように言われているのだ。

 おかげでうちの王族はフレンドリーというか民衆たちからも慕われており、魔獣狩りなどで外へ赴いたときなどは平民たちの家で食事を振舞われる、なんてこともそう珍しくはないのである。


「それより冒険者がこんなところで何をしていたんだい?」

「この先の湖で祠の修繕依頼を受けて、それに向かう途中よ。その道中、チラと見えたアナタの顔が少し知り合いに似ていてね。つい追ってしまったよ」


 ぺこりと頭を下げるタオ。

 だが上目遣いでアルベルトを見る目はどこか邪に見える。……怪しい。

 シルファが無表情のまま馬から降り、タオの前に立ち塞がる。


「……怪しいですね、この女。気になったなら堂々と声をかければいいのに何故、気配を消して近づくのです? そもそも喋り方からして怪しいではありませんか」

「んなっ! こ、この喋り方は単なる訛りある! 気配だって別に消したわけじゃなく、そういう呼吸が癖になってるだけよ!」


 あぁなるほど、みんながタオの気配を感じなかったのは『気』の呼吸のおかげか。

 俺だけが感じ取れたのは、同じく『気』が使えるからだろう。

 近づいた今ならわかる。『気』の呼吸を行うタオは体内の『気』を散らさず循環させている為、あまり外へ漏れ出ていないのだ。


「ほう、では先刻からアルベルト様に邪な視線を向けているのは?」

「た、ただイケメンだなーと思っているだけよ! 邪な視線なんてとんでもないある!」


 わかりやすく動揺するタオに、シルファはずいと詰め寄る。


「ないのかあるのかはっきりしなさい」

「――シルファ、その辺にしてあげなさい。えーと、タオ? 君も楽にするといい」


 アルベルトが声をかけると、シルファは一瞬タオを睨んだ後、すぐに後ろへ下がった。

 それでもいつでも動けるよう、柄に指先を当てている。

 タオは緊張が切れたのか、大きく息を吐いて腰を下ろした。


「ふぃー。ありがとねアルベルト様。助かったよ。この人、美人だけどとんでもなく怖いね……」

「ところでタオ。僕が知り合いに似ているらしいが、僕は君を見たことがないんだ。人違いではないのかい?」

「……ふむ、確かにアタシが探しているのはロベルト。名前違うよ。それにアルベルト様とは少し雰囲気も異なるね」


 げっ、タオの奴、俺の事を探してたのかよ。

 いきなり飛んで逃げたからなぁ。探していてもおかしくはないか。

 ま、まぁ姿を変えてたし、気づく事はないだろう。

 ちらりと視線を向けると、タオが俺をガン見していた。


「むむむ、あの子どこかロベルトと『気』の雰囲気が似てるよ……でも明らかに姿が違うね。思い過ごし……? いやでも……」


 タオは俺を見ながらウンウン唸っている。

 流石にわかりはしないだろうが……心臓に悪いな。

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